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二度と無い夜の話

これはある晩の出来事の話。

可能な限りぼかして書くが、俺の生活圏なんぞたかが知れていので、わかる人にはわかる内容になってしまっているはず。

が、それでもいいか、物を書くのが好きな人間の業と思っていただければ幸いである。

ただ、一言言えることがあるとすれば、これは自筆の日記を見ながら書いているということで、まぁそういうことである。お察しください。

リスクはあるが、良いネタは書かねばならないのです。

切腹覚悟の読み切りでございます。



その日は学生時代の友人にお呼ばれし、友人宅に懐かしい顔が揃って酒を酌み交わし、近況等を語り合った。

柄にもなく懐かしい気持ちになり、ある事無い事を話し合った。

23時頃に一人、友人宅を後にして、終電近い帰りの電車に乗った。酒臭い社内で今日の余韻に揺られていた。

そして、真っ直ぐ帰ればいいものを、やっぱり最寄り駅の手前で降りてしまった。

飲み足りなかったわけではない。せっかく良い気分なのだから、好きな店でシメたい、それくらいの考えだった。

某駅で降り、やっぱり〆に相応しい店をということで、とある店へ足が伸びた。

そこは、かれこれ5年は通っている木造りのカウンターだけで、カラオケが付いているスナックと飲み屋の中間のような店である。

入ってすぐ、客は俺一人だけだった。

とりあえず生ビールを飲みながら、ぼんやりとしていた。

時間とともに段々客が入ってきて、店のカラオケのデンモクも少しずつ仕事をし始めた。

にわかに店が盛り上がってきて、俺は帰り時を逃してしまった。ここで酒を長丁場に備えてホッピーセットに切り替えた。



後からやってきた女性2人組が居て、カウンターの俺の隣に座った。

そのうちの一人が俺の好きなバンドの曲をカラオケに入れた。

「そのバンド好きなの?」
「そう!一緒に歌う?」
「いいねー」

と、そんな会話があったような、無かったような。

ともあれ、あとは一瀉千里、盛り上がりに任せてそのバンドの曲を二人して歌いまくった。

それこそ、激烈にハードな曲から長尺のバラード曲まで、歌い終わる度にハイタッチするような、ハイテンションな席になった。

その女性と何かあったのか、とも思われるだろうが、実は違うのである。

簡単に当時の事を思い出してみよう。


テ   カウンター
レーーーーーーーーーーーーー
ビ   〇〇

左から、某バンドの曲を一緒に歌った女性、連れの女性、俺

という並びであった。

つまり、盛り上がりは席をひとつ飛ばして起こっていたわけである。

隣の女性が可哀想だろう、お前それでも漢か、と思われる御仁もいらっしゃると思う。

しかし、隣の女性とは、違った意味で盛り上がりがあったのです。

事件はいつも意外な場所で起きているのです。



俺とカラオケで盛り上がっていた女性を挟んで座っていた隣の女性、あまりカラオケも歌わず、じっとテレビに映るカラオケ映像を眺めていて、時折連れの女性と喋る、それくらいの大人しい感じの女性だった。

目が大きくてやや離れている感じで、黒いロングヘアー、確かセーターを着ていた。

時々こちらをチラッと見てくる。酒のせいなのかわからないが、段々とその目が「いいなぁ」と思い始め、少し話をしてみることにした。

「何か歌わないの?」
「私はいいかな」
「そうかい、そりゃ残念」

そんな会話があったような、なかったような。

そんな盛り上がるわけでもなく。

でも、時折こちらを見て薄く笑っているのはわかった。その目付きが段々変わっているのに俺は全く気付いていなかった。

そして、こちらはこちらで一席飛ばした女性とカラオケで盛り上がってしまったものだから、特にアクションも起こさずにいた。


しばらく経って、俺がカラオケに夢中になっていると、女性の方から、カラオケを歌っている俺の空いた手をカウンターの下から握ってきた。

「へっ⁉」と驚く。

ふと、横を見ると、男を弄ぶような、流し目というのだろうか、そんな目付きでこちらを見ていた。

千鳥の番組なら、こんな時は「ちょっと待てぃ!」が入るだろう。

「展開急じゃない⁉」

そりゃそうだ、俺も驚いたもの。

違うな、俺が鈍感過ぎて気が付いていなかっただけだろうと思う。



それからしばらくは片手がカウンターの下から色んな意味で出せなくなってしまった。

その後、だいぶ酔いも回ってきて、周りがどうでもよくなってきたので、緊張の後に緩和がやってくるように、その女性とソフトタッチでスキンシップを取るようになった。

お互いにビビッと来てしまった、という感じだった。

完全に気が合ってしまった。

「気が合ってしまった」と書くのは、俺には当時付き合っていた彼女が居たためである。

理性がギリギリのところでストップをかけていた。

理性:「ダメだぞ、不貞行為だぞ」
俺:「でもよぉ、こんなのめったにないよ、頼むよぉ」

俺は理性に泣きを入れていた。

思えば、お互いに一目惚れに近い感じだったのだろうと思う。

しばらくして気付くと、一席向こうの、先ほどまでカラオケで一緒に歌い狂っていた女性が居なくなっている。

隣の異様な雰囲気を女の勘で察したのだろうか。

ともかく、店には意気投合した二人が残されてしまったわけである。

気付けば、店の外が明るくなりかけている。夜が明けてしまったのだ。



「そろそろ帰る?」
「そうしよっか」

お決まりのコースである。

そして、女性を、始発が動き始めようとしている駅まで送っていった。限りない葛藤が渦巻いていた。

正直、俺はその女性を帰したくなかった。

どうしても、連れて帰りたいと思った。

理性は道端に唾と一緒に吐き捨てた。

そして。



「うちに来る?」

「いや、それなら私の家に来てよ」


ここで、まさかの持ち帰り選択イベントである。

どちらがどちらの家に持ち帰るか、男からしたらボーナスステージのようなイベントが発生した。

駅の前で手を握りあって、「離れたくないね」と言い合ったが、始発の時間が迫ってきた。

向こうも同じような心境だったのだろうと思うが、俺は酒でスポンジになった頭でしばらく悩んだ。

知らない人の家に行くのがリスクやな、と思ってしまったのである。

自宅に帰れば、勝手がわかっているから何とかなるが、他人の家というのは使い勝手もわからない。女性が言っていた最寄り駅が思いの外遠かった、というのもある。

おまけにこのままだと明日は二日酔いで相手の家で粗相をして、迷惑をかけるかもしれないし、俺は睡眠導入剤が無いと眠れないポンコツだ。

色んなリスク項目が頭に押し寄せてきて、一瞬酔いが覚めた。

やっと、理性くんが道端から追い付いてきた。

そして、俺の最後の理性が働いた。



ここは身を引こう。

普通に考えたらダメだろう。急に理性くんが全力を出してきた。


「じゃあ今日は帰るよ」

言ってから俺は泣きそうになった。もうこれで終わりなんだな、と思った。

女性は「そっか。たぶん、もう会わないね」と言った。

その女性から発せられた今日一番痺れる一言だった。

俺は手を振って、彼女を見送った。隣で理性が男泣きで肩を叩いている、気がした。

「それでええんや」と。


こんなに切ない気持ちになったのは何年もないことだった。

外は晴れていたが、頭の中が土砂降りになった。

一人残された俺は、近くの道でタクシーを拾い、ヨレヨレの身体を引きずって帰宅した。

そして、今日のことはきっと夢だったのだろう、と思いつつ泥のように眠った。

きっと、こんな夜は二度と無いだろうと思った。



というわけで、酒が全部の記憶を持っていってくれればよかったのだが、そんなに都合の良いことが起こるはずも無く、翌日はハートブレイクと二日酔いが全力で襲ってきて、色んな意味で俺は死んだ。吐き過ぎて胃がひっくり返るかと思った。

これを元カノが見ていないことを祈るとして、その時の女性に言えることがあるとすれば、俺今フリーだよ~ということくらいである。



皆さん、いい週末をお過ごしください。

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