見出し画像

「ファン化」か「無意識化」か -お客さまのロイヤル化の2つの到達点-

ファネルというロイヤル化への道程

冒頭から脱線しますが、私はいわゆる「ファネル」という概念や、それを構築できるとする戦略論があまり好きではありません。

一般的にファネル(“漏斗”の意)は、下図のように認知から関心、検討を経て購入に至る過程、あるいはリピート購入、アップセル・クロスセルからロイヤル化していく過程まで含めたデュアルファネル(ダブルファネル)という形で表現されます。

ただ、このファネルの概念や、それを構築する戦略論については、以下の理由でしっくりきません。

  1. お客さまをファネルに沿って濾し取ろうという企業・ブランド視点(エゴ)が強い

  2. ファネル内での可逆性やファネル内外の行き来を無視している

  3. ファネルの外の消費者への意識が希薄

要は、この「ファネル」という概念やそのための戦略は、企業・ブランド側が規定した(ファネルの中の)状態やステージにお客さまを在り続けさせられる、また、次の状態やステージに必然的に移行させることが可能であるという傲慢さが透けて見えると感じています。また、ファネルの中ばかりに目を向けていると、ファネル外の大きなビジネス機会を見落とす危険性もあります。
もちろん、お客さまにファネルに沿って態度変容していただくための戦略・戦術を考えることは大事ですが、上記の1~3の視点に陥ってしまうと、有効な戦略・戦術を選択することすらできなくなってしまいます。

本当のファネルの姿は、下図のようにスカスカだと思います。一度認知した人も忘れたりするし、興味・関心を持った人も興味を失って認知に戻ったり、リピートしたりロイヤル化してもお客さまは突然何の前触れもなく「なんとなく」という理由で無関心になったりするものです。
逆に、無関心の状態から一気に検討・購入段階に移行してもらえることだってあります。


「ファン化」ではない、ロイヤル化の到達点

閑話休題、本noteタイトルの話に戻ります。

ファネルの最後のフェーズ、「ロイヤル化」については、商材やビジネスモデル、ブランド・メーカーの考え方によって、様々な定義がされています。
シンプルに継続購入/利用期間の長さや累計購入金額のみによる定義から、NPS(Net Promoter Score:顧客推奨意向度)のような特定の意識・行動に特化したKPIを用いているケース、あるいはより定性的なエンゲージメントの程度も踏まえた独自の指標を設定しているケースもあります。

このうち、NPSや定性的なエンゲージメントの程度も踏まえて定義される「ロイヤル化」の状態を、昨今は「ファン化」と表現するブランドも多く、ファンを増やすための「ファンマーケティング」や「コミュニティマーケティング」と呼ばれる取り組みも様々なブランドで展開されています。

この「ファン化」という状態は、ブランドにとって理想的なお客さまの到達点ではあると思います。自分に翻っても、「このブランドのファンだ!」と明言できるブランドがどのくらいあるでしょうか?一つも思い浮かばない人も多いでしょうし、あっても1個~数個程度だと思います。
一人のお客さまにとって、そんな「特別な存在」になれれば、たしかにブランドにとってはゴールかもしれません。

しかし、すべての会社やブランドにとって、「ファン化」が「ロイヤル化」の到達点なのでしょうか。

一般に「ファン化」というと、どのようなお客さまを想像するでしょうか?
その会社・ブランドの製品やサービスが「推し」というくらいに好きで、ファンであることを公言し、家族や友人にお勧めし、SNSで言及・拡散し、ファン同士で共有しあい、もちろんしっかりと課金もする。
これは確実に「ファン化」した状態と言って良いと思います。
昨今のファンマーケティングやコミュニティマーケティングと言われる手法が目指す状態は、その会社・ブランドのお客さまが、このような「ファン化」した状態を目指していると思います。

しかし、このような「熱狂したファン」ではなくても、会社やブランドにとって最高にロイヤル化した状態は存在します。

例えば、私には6年半、定期便で使い続けているシャンプーがあります。
しかし私は、このシャンプーやその会社に対して「好きだ!」と言えるほどの感情があるかというとそうではありません。友人に勧めたことも、SNSで言及・拡散したこともありません。同じシャンプーを使っている仲間と繋がりたいと思ったこともありません。
それでも、このシャンプーの品質を「信頼」し、長年にわたって課金し続けています。
一度もストックを切らしたことはありませんし、他の製品を使おうと思ったこともありません。
もはや、“無意識”にこのシャンプーを選び続けている状態です。

これは、前述したような「熱狂したファン」ではないですが、「熱狂なきファン」と言っても良い状態なのではないかと考えています。

「熱狂したファン」が、その会社やブランドに持つ感情が「愛着」「共感」といった類のものだとすると、「熱狂なきファン」が抱く感情は「信頼」「安心」といったものが近いかもしれません。それどころか、明確にこれらの感情を持っているでもなく「無意識化」して選び続けている状態、それこそが「熱狂なきファン」の境地です。

つまり、ファネルの「ロイヤル化」の到達点は、「ファン化」と「無意識化」なのではないかと考えます。

会社やブランドの製品・サービス、あるいはそれを通じたコミュニケーションや体験、提供価値が、お客さまとの間に「愛情」「共感」を生むような会社・ブランドであれば、「ファン化」を目指すべきです。
一方、製品・サービスの選択の拠り所が「信頼」「安心」であり、それに基づく「無意識化」を目指すべき会社・ブランドもあります。

この2つのロイヤル化の形は、どちらが良い悪いではなく、どちらも究極の形であり、どちらも“尊い”のです。


ファン化のジレンマ

繰り返し言いますが、「無意識化」はロイヤル化の到達点の一つであり、“尊い”のです。
それにも関わらず、「無意識化」を目指すべき会社・ブランドが、「ファン化」を目指そうとする現象をしばしば見かけます。
その理由を“ファン化のジレンマ”と呼ぶことにしますが、ジレンマには3つのパターンがあります。

ジレンマ1:ファン化が“うらやましい”

前述の通り、ファン化は「愛情」「共感」に基づき、ファンが自発的に人に勧め、SNSで言及・拡散し、ファン同士での交流まで生まれます。この会社・ブランドとお客さまの関係性は、無条件にうらやましい。
そのため、無意識化を目指すべき会社・ブランドの人は、ファン化を目指したくなってしまいます。また、ファン化を実現できていない自社の状況を「うちはファン化が進まなくて・・・」と卑下してしまいます。
これらの気持ちはわからないではないですが、目指すべき方向性が違うし、無意識化もまた“尊い”ので卑下する必要はないのです。

ジレンマ2:信頼・安心はファン化の十分条件ではない

「無意識化」を目指して取り組んでいる会社・ブランドのお客さまの間には、「信頼」「安心」という感情が芽生えています。すると、会社・ブランドの担当者や経営層は「うちはお客さまに信頼されているのだから、ファンになってSNSで言及・拡散したり、ファン同士で共有しあったりしたいのではないか?」と期待してしまいます。
しかし、なにしろお客さまは「無意識」にその会社・ブランドの製品を信頼して選んでいる状態なので、会社・ブランドから突然、「愛情」「共感」をもって家族や友人にお勧めし、SNSで言及・拡散しましょうとか、ファン同士で共有しあいましょうと言われても、違和感とストレスしかありません。むしろ、「信頼」「安心」を培った関係性が崩れてしまうでしょう。

ジレンマ3:社員ファンの“愛情・共感の押し付け”

お客さまだけが「ファン」になるわけではありません。社員自身が会社・ブランドに「愛情」「共感」をもってファンになれることは、本当に素晴らしいと思います。むしろ、社員すらファンになれない会社が、お客さまの「ファン化」や「無意識化」を推進できるはずがありません。
ただ、社員や経営者のファンとしての感情は、時として「私が大好きなこの会社・ブランドの良さを伝えて、お客さまにも(同じくらい)ファンになってほしい」と、求めるようになってしまいます。これは“愛情・共感の押し付け”です。
この状況も、ジレンマ2と同じく、「無意識化」したお客さまにとっては、違和感とストレスしかありません。

お客さまの愛情・共感が生まれる「ファン化」は、本当に素晴らしい状態です。ですが、「無意識化」もまた、ロイヤル化の到達点の一つです。信頼・安心を旨とする「無意識化」を目指すべき会社・ブランドが、 “ファン化のジレンマ”に陥ってしまうことは、本来、より磨きこむべき「無意識化」への取り組みを阻害してしまうため、注意が必要です。


「ファン化」と「無意識化」のKPI

「ファン化」も「無意識化」も、到達点(ゴール)として目指すからには、その達成状況を計測するためのKPIが必要です。しかし、この2つの状態は、お客さまの感情や、それに基づく態度も異なるので、当然、KPIも異なります。
一般的に「ファン化」のKPIとしては、NPS(Net Promoter Score:顧客推奨意向度)が用いられることが多くあります。なぜなら前述のように、お客さまが愛情・共感をもってファン化すると、ファンであることを周囲に公言し、家族や友人にお勧めし、SNSで言及・拡散する傾向にあるためです。このファンとして顕著な“他者に推奨する意向度”をKPIとすることは、「ファン化」の状態を図る上では理にかなっています。
一方、「無意識化」の状態は、なにしろ無意識ですので、他社への推奨意向はおろか、家族・友人との会話やSNSで言及すらしない可能性が高く、NPS調査をしても、中庸な回答が集まることになります。やっかいなことに、このロイヤル化したお客さまからの中庸なNPSは、「無意識化」のKPIにならないだけでなく、社員のモチベーションを下げることになりますので、「無意識化」を目指す会社・ブランドはNPSの調査すらすべきではないと私は考えます。
では、「無意識化」には何をKPIとして設定すべきなのか?私はNRS(Net Repeater Score:顧客継続意向度)がKPIになり得ると考えます。お客さまが無意識であっても製品・サービスを選択している状態にあれば、“対象の製品・サービスの継続意向”を問われた際に、続けることを当然として回答するはずです

もちろん、事業として運営する以上、「ファン化」も「無意識化」も、どちらも多くの課金を伴う状態を目指したいものです。そのため、NPS・NRSといった定性的な調査に基づくKPIだけでなく、継続購入/利用期間の長さや累計購入金額、製品であれば出荷頻度・購入単価など、定量的なKPIも組み合わせて達成状況を定義・計測することになります。


「ファン化」と「無意識化」を作り・維持するための活動

「ファン化」と「無意識化」は、その状態を作り・維持するために必要な活動も異なります。また、製品・サービスの特性や、お客さまが感じている価値によっても、どのような活動が必要になるのかは、会社・ブランドによって当然異なります。
そのため、ここでは「ファン化」と「無意識化」に必要な活動の概念的な類型のみの言及に留めます。

愛情・共感に基づく「ファン化」の状態を作り・維持するためには、感動を生む“体験の一貫性”と、ファンが体験に伴う感情を発露する“機会”が必要です。
例えば、その会社・ブランドの愛情・共感の源泉となっているものが製品のデザイン性なのであれば、そのデザイン性が感じられる製品自体やライフスタイルの提案、開発背景のコンテンツ発信などが“体験の一貫性”になり得ます。そして、これらの体験に伴う感情を発露するために、コミュニティサイトやファンミーティングといった“機会”が必要になります。

一方、信頼・安心に基づく「無意識化」の状態を作り・維持するためには、違和感を生まない“体験の一貫性”と、ストレスなく選択を続けられるための“仕組み”が必要です。
例えば、どこでも・いつでも買えることや遅れずに届くこと、コミュニケーションの温度感が保たれていることなども、信頼・安心を形作る立派な“体験の一貫性”になり得ます。そしてそれを実現するためには、システムやサービス、制度などの“仕組み”が必要になります。

このように、「ファン化」は“機会”、「無意識化」は“仕組み”という異なる活動の開発と磨きこみが必要になりますが、双方に求められるのは“体験の一貫性”であり、結局はその会社・ブランドにお客さまが求める体験とは何かということをどれだけ高い解像度で理解し、実践できるかということに尽きると考えます。


「無意識化」への長く孤独な道のり

ここまで、ロイヤル化の異なる到達点としての「ファン化」と「無意識化」について論じてきましたが、私がこのnoteを書こうと思ったきっかけは、昨今、広告環境の競争激化や製品・サービスの飽和等により、よりLTVを高めるためにファンマーケティングやコミュニティマーケティングによる「ファン化」が注目される機会が増え、相対的に「無意識化」が語られることが少なくなっているように感じたためです。
(念のため再度強調しますが、「ファン化」も「無意識化」もどちらもロイヤル化の到達点であり、どちらも尊い状態です。決して「ファン化」が注目されることも、それを目指すことも否定するものではありません。)
また、その要因は「無意識化」という状態の地味さや、それを作り出す活動の地道さにもあると思います。
それゆえに、“ファン化のジレンマ”に陥ってしまいそうになることも多く、「無意識化」に挑む会社・ブランドは、悶々としながらも、長く孤独な道のりを進まなくてはいけない状況です。

冒頭のファネルの話をすると、「無関心」というファネル外の状態からお客さまの態度変容を促して行き着く先が「無意識」という、哲学的な問いのような取り組みが「無意識化」には求められるのです。

かく言う私自身、現在従事しているスキンケアブランドで目指しているものも、信頼・安心に基づく「無意識化」に近いと考えています。(”習慣化”と表現していますが。)

このnoteを読んでいただいた「無意識化」に挑む方が少しでも自分たちが向かっている方向性に自信をもって、より高いレベルの活動を共に目指していけたなら幸いです。

おわり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?