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広告デザインに隠されたセクシュアリティ、そして多様性について - 映画「Coded」を見た話

アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門のショートリストより映画「Coded: The Hidden Love of J.C. Leyendecker」を見た。


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J.C.ライエンデッカーは20世紀初頭に活躍したアメリカを代表するイラストレーターだった。同時代で言うとアメリカの古き良き中流階級の生活を描いたノーマン・ロックウェルの方が日本では認知度が高い気もするが、ロックウェルより先に「サタデー・イブニング・ポスト」の表紙のイラストレーションを描いていたのがライエンデッカーであり、事実ロックウェルはライエンデッカーを真似ていたと言われている。

今誰もがサンタクロースとして思い浮かべる赤い衣装をきた小太りで髭を蓄えた男のイメージは、実はライエンデッカーが描いたイラストの影響によるものであり、その他にも母の日に花束を渡すという伝統が今も息付いているのも、元を正せば彼が描いた「サタデー・イブニング・ポスト」向けのイラストから始まったことである。


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本作は、そんな稀有な才能を持ったライエンデッカーのイラストにも隠された、彼のセクシャリティーに焦点を当てたドキュメンタリーである。広告デザインにおけるInclusion & Diversityの動きは、ここ数年かなり発展しているし、受け入れられている。それでは過去はどうだったか。

全然知らなかったが、実は1920年代のニューヨークはLGBTQにもっとも寛容な時代とも言え、ライエンデッカーはキャリアのピークをこの時に迎えていた。そして多くのイラストレーションに(とは言え不寛容な大衆の目を一方で欺きながら)、その世界の人だけに通じる共通言語を盛り込んだ多くの作品を残していた。

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ただ1930年に入ると大恐慌をきっかけに保守的な風潮に逆戻りし、彼のセクシュアリティが理由なのか、徐々に仕事が減っていってしまう。そしてマッカーシズムの影響から逃れるために隠遁生活を送っていたライエンデッカーは、心臓発作で亡くなってしまうのだった。

彼のイラストのモデルを長年に渡ってつとめ、彼の生涯のパートナーでもあったチャールズ・ビーチは、ライエンデッカーの遺言に従い、彼が残した作品、そしてビーチとの"関係"を示すものを全て燃やしてしまうのである。

ライエンデッカーは、多様性が永遠に認められない自分の死後の世界を想像して、そんな世界で自分の作品が評価されるのを嫌がっていたのだった。そうして彼の死と共に、彼の存在は永遠に忘れ去られようしていたのであった。

しかしライエンデッカーの予想に反して、LGBTQの権利獲得運動は、ゆっくりだが、しかし確実に動き出す。1960年代の米国における公民権運動は、黒人を中心とするマイノリティへの差別撤廃や権利獲得だけでなく、ゲイ解放運動にも波及していく。

そして1969年の「ストーンウォール暴動 / The Stonewall Riot」が転換点となり、70年代に入ると米国で初めて同性愛者であることを公表した上で公職に就いた政治家ハーヴェイ・ミルク(Harvey Milk)が誕生する。


その後も「普通であること」を認められるまでに短くない時間を要しながらも、ついに2004年にはマサチューセッツ州が初めて同性婚を認められるまでになったのであった。

そして辛うじて残された痕跡を掘り起こして、アメリカのイメージを作り上げたJ.C.ライエンデッカーの功績を、本作を通じて今この時代に再び取り上げることができることは、米国の多様性にとっての救いでもあるが、それは決して軽いものではない。




140文字の文章ばかり書いていると長い文章を書くのが実に億劫で、どうもまとめる力が衰えてきた気がしてなりません。日々のことはTwitterの方に書いてますので、よろしければ→@hideaki