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「動かないゴールキーパー」の誤謬

「アクション・バイアス」についてのお話です。
Action Bias・・・ 何それ? と思うのも無理ありません。
HBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)に載った小論文から色々考えたことをお話していきたいと思います。

アクション・バイアスとは?

少々昔の話になりますが、2015年4月のHBRにThe Remedy for Unproductive Busyness(非生産的な忙しさへの解決策)という論文が掲載されました。
フランチェスカ・ジーノとブラッドレイ・スターツという2人の教授の執筆によるものです。

短いながらも論文ですから、その内容は論文たる構成を持っています。
仮説に基づくリサーチとデータがあり、その結果からの考察が述べられています。

アクションバイアスとは、
直訳すると、「行動への偏見、先入観」ですが、ここでは「行動ありきの姿勢」と表現するのが適切でしょう。

人は何もしていない状態を嫌う。
私たちが選んでいる行動の多くは、自分自身を暇にさせないための手段にすぎない、という論です。

つまり、私たちは不確実性の高い状況や問題に直面すると、何か行動を起こそうとし、たとえそれが逆効果であり、
何もしないことが最善の策であったとしても、とにかく行動を起こしたがる。この呪縛から解き放たれない限り、生産性の向上は成し得ない。
・・・というのが、この論文の要旨です。

アクションバイアス(先ず行動ありき)を持っていると、問題について十分に理解することなく、解決策を即求めることになり、実験における被験者たちは、課題に対して「計画」しているときよりも「実行」している時の方が
生産的であると感じたという結果が引用されています。

アクション・バイアスの実証研究

「忙しくしていること」を選ぶのはた易いが、実際に生産的になることは難しいこと。その解決方法の一例として、
「振り返りの時間を持つ」ことの効果を、インドのコールセンターでの
実験で実証しています。

研修の最後の15分間、振り返りの時間を設けたグループと、時間一杯まで研修を続けたグループの、一ヶ月後のテストでは、前者のグループの方が平均で22.8%良い成績の結果を出したそうです。

また、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの研究チームは、
インドの上場製造企業のCEO354人を対象に、事前に計画を立て、直属の部下たちと多くの時間接するCEOグループと、事前に計画していない行動を多くとり、自社の従業員よりも社外の人と1対1で会う時間が多いCEOのグループの2つを分析したところ、前者のCEOグループの方がより高い生産性と収益性をもたらしている、という結果が出たそうです。

確かに、「行動している」「忙しくしている」時の方が、仕事に対する満足感、充実感を覚える経験は多く、夜を徹して行った提案書作成や、プレゼンテーション準備などは典型例です。
そして、そこに苦労を共にした仲間がいれば、チームとしての連帯感や親近感も生まれ、「あの時は燃え尽きたよなぁ」なんて話題は、後日の最高の酒の肴です。

しかし、一方で「さぁ、やるぞ!」とねじり鉢巻きで行動を始める前に、
全体を俯瞰し、スケジュールやリソースの妥当性、実現性、優先順位、リスク、代替案(プランB)、等々に思いを巡らせることの重要性は、経験を積んだビジネスパーソンであれば理解していると思います。

昔、血気盛んな営業マンだったころ、見込み客からRFP(提案依頼書:Request For Proposal)を受けとると、即チームを招集し、全員に読み込ませ、
「さぁ、忙しくなるぞ~。徹夜仕事も覚悟しとけよ~。」と檄を飛ばすこともありました。

やるべきことの雛形が頭にあると、「即行動」という発想は基本動作となりますね。しかし、当時の課長がよく言ってました。

「私の役割はね、安藤さん。そのヒートアップしたチームに
横からバケツで水を浴びせることなんだよ。」と。

上手い喩えです。

全員がイケイケで前進していると、どこかに落とし穴があっても見えない。
適宜、アドバイスや指示をもって、冷静になって考える、全体を俯瞰してみる、それを促す役割がマネージャーだということです。

ちなみに、横から水を浴びせる際にも、相手のコミュニケーションスタイル(2022年5月24日の note 記事参照)に注意を払うことは大切ですね。

「行動はもちろん大事だけど、考え無しに起こす行動は、結果的に生産性に寄与しないよ」という、正にこの論文に記されている内容と同義です。
そういう意味で、この論文が主張するところは大いに同意できました。

しかし、私としていただけないのは、引用されたプロサッカーのゴールキーパーの話です。

動かないゴールキーパーの誤謬

論文ですから、リサーチにおいて収集されたデータによって、説得力を増したいという意図はよくわかります。
そこで、プロサッカーのゴールキーパーの「行動」が引き合いに出されます。
それは、世界のトップリーグに所属するキーパーを対象に286本のPK(ペナルティキック)を分析し、PKでボールを止めるのに、キーパーにとって
最も効果的な選択肢(=行動)は何だろう?と考察した内容です。

結論は以下の通りです。

  • 最善の策は、多くの人が考える、右か左にジャンプすることではなく、
    「中央に留まること」である。

  • 分析結果は、右に飛んだキーパーがボールを止める確率は12.6%

  • 左に飛んだ場合は14.2%。

  • 一方、中央にいたキーパーがボールを止める確率は最も高く、33.3%。

  • にもかかわらず、キーパーが中央に留まる頻度は6.3%である。

中央に留まらない理由は、中央位置から動かずに、ボールがゴールラインを通過するのを見る屈辱に比べたら、左右どちらかにダイブ(行動)をして
ボールを止められなかったほうが、格好がつくし、気持ちも楽だからである、と。

そして、このPKにおけるゴールキーパーの例から、アクション・バイアスはたいていの場合「何をすべきかわかっていなくても、何か行動すべきだ」という感覚に基づく感情面の反応である。しかし行動を控え、観察し、
状況を見極めるほうが良い選択となることは多い、と結論付けています。

果たしてそうかなぁ~?

PKのボールがどこに飛んだかというデータ分析から、もし、その位置にキーパーがいたなら止められたはず、という結果から導かれた確率の数字を用いているだけであって、ゴールキーパーがどの様な根拠でその行動をとったのか?をインタビューして追求したわけではないと思います。

キーパーはプロです。
PKを蹴り込んでくる相手選手の動き、癖、視線、など、を瞬時に意識、無意識、経験が判断し、行動を決めているのだと思います。

時には「一か八か、右へ飛んでみるか」と決め打ちもあるかと思いますが、行動の直前まで全神経を研ぎ澄ませて、ボールの動きを予測しているはずです。ですから頭をフル回転させているはず。
アクション・バイアスとは言えないと思うのです。

「動かない」、すなわちPKのボールの方向から確率的に高い選択をするのが優秀な選手というのであれば、
例えばゴルフでは・・・・、
私の様なボールの細かいコントロールができない
アマチュアゴルファーにとって、先ずはグリーンの真ん中を
狙ってボールを運ぶのが、ツーパットで上がるための常套手段です。
しかし、プロは違います。グリーンの端に切ってあるカップ。
下手に外れたら、グリーンをこぼれて横のバンカーに吸い込まれるかもしれない。しかし、全神経を集中させ、そこを狙っていくわけです。
また、理想のショットにならなかった場合でも最悪の状態になることを避けて「保険」をかけたショットを考えるわけです。
「成功確率が高い、とりあえずグリーンの真ん中へ」などという発想は微塵も無いはずです。

例えばプロ野球では・・・・、
ノーアウト、ランナー一塁で、4番バッターがですよ・・
得点するために最も確率が高く、最も併殺のリスクが低い、と言う理由で、送りバントを選択するでしょうか?
プロですからね。
観客は、自分の送りバントを観るために、お金を払って球場に足を運んでくれたわけではないことを百も承知なわけです。
ですから、球種を見極め、守備シフトを観察し、安打、長打を打つために、全神経を集中させ、考えるわけです。

ですから、
プロのゴールキーパーを「考えずに行動」している喩えに引用するは適切ではないし、33.3%の確率でボールは中央にくるのだから、動かないのは合理的と論ずるのは、常にグリーン真ん中を狙うプロゴルファーや、送りバントをする4番バッターを是としているのと同じかな?と、強い違和感を感じます。

繰り返しになりますが、
人はアクション・バイアス(行動ありきの姿勢)を持っている。
故に、状況を俯瞰したり、振返ることは大切。
これには大いに同意します。

しかし、プロのゴールキーパーのPKへの反応もアクション・バイアスで、「何をすべきかわかっていなくても、何か行動すべきだ」という感覚に基づく感情面の反応である、と論じられてしまうのは、ゴールキーパーの皆さんが気の毒だと思うのです。

日本代表の対クロアチア戦、PK戦の相手キーパーは見事でした~ (涙)

安藤秀樹
株式会社ドリームパイプライン代表

公式ホームページ: https://dreampipeline.com
お問い合わせ先: hideki.ando@dreampl.com

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