BS1スペシャル「欲望の時代の哲学~マルクス・ガブリエル 日本を行く~」内でのマルクス・ガブリエル氏の発言

BS1スペシャル「欲望の時代の哲学~マルクス・ガブリエル 日本を行く~」の中でのマルクス・ガブリエル氏の発言をまとめます.

もちろん21世紀ではアイデアは経済システムに取り込まれます.
この時代において何かを表現したいならば,たとえば哲学を生き残らせたいならば時代にあった表現を見つけなければなりません.それが21世紀のゲームです.そこで戦わなければ考えを人に伝えることはできません

大阪大学・石黒浩教授との対話

ドイツ憲法の最初の1文にはカントによる人間の解釈があります.
「人間の尊厳を不可侵である」とね. 
「人間の尊厳」はカントが与えてくれたコンセプトです.
ドイツなら「人間の定義」こそが基本.
ドイツの第一次・第二次世界大戦の失敗は「非人間化」のせいだったという見方が定着しています.
強制収容所は非人間化の果てです.
だから確固たる人間の概念が必要なのです.
人間の概念が揺らげば次に待ってるのは強制収容所だからです.
絶対に「人間とは何か」に疑いを持ってはならないのです.
「決して繰り返すな」と思ってます.

石黒浩教授「ドイツ人はみんな基本的なドイツ哲学を共有しているということでしょうか?」

全くその通りです.ドイツ人は観念論で統一されているのです.
私たちには「見えない皇帝」がいます.
哲学がドイツの「見えない皇帝」なのです.

(撮影スタッフ?)「技術の進歩が人間性を損なうのですか?」

いいえ.全くそうではないと思います.
人間性はその度合いが減ったりするようなものではありません.
人間性とは すなわち動物であることです.
人間という種は本質的に10万年間は変わっていないのです.
だが技術によって我々の自己像は変わる.
動物であることは変わらなくとも技術の進歩への適応は自己認識を変えてしまうのです.
つまりロボットを通して自分たちを理解するようになりました.
それが私たちの倫理と行動様式を変えてしまうのです.
それは民主主義の土台が揺らぐということです.
コンピューターによる社会の支配につながりかねません.
それが気がかりです.
今のところ日本社会はまだ民主的ですがしかし民主主義は脅かされている.
「動物としての自己像」が脅かされているからです.
正しいかはわかりませんがこのような見方があることを伝えておきます.

nyx『ポストモダン以降の思想』取材

千葉雅也「あなたの議論はある種,ヒューマニティーを擁護する議論というふうに見えるのですがそのことについてはどう思いますか?」

私は一貫して自然主義に反対しています.
自然科学は最高の知識の1つですがあくまでも1つの知識に過ぎません.
自然主義は気象変動と同じくらい危ない.
つまり自然主義は私たちの時代の1番の知的な病.
「存在」と「真実」は区別すべき.
現代の情報社会を表すならば「ポスト真実」ではなく「モア真実」だと思います.
残念ながら「モア真実」における真実の多くは間違っています.
人々は間違った信念を持つようになっている.
ネットでは誤った信念をもとにした情報が増殖しています.

千葉「本当に「多元的な」状況において共同体を作ることや合意形成はどのように可能か?もし世界が存在しないのならば」

まさに「全体」がないからこそ重なり合いが成立する.
全ての構造はローカルなもの.
だから重なり合うことができる.
何も問題ない.
私の考えは西田幾多郎に近いと そういう印象を受ける人もいるようです.

M.Gabriel at KYOTO U マルクス・ガブリエル氏 京都大学講演2018

なぜ私たちは文字が読めるのに哲学的には考えなくなっているのでしょうか.
答えは簡単です.
私たちは過ちを犯しています.

番組の最後に

日本に張り巡らされた社会の網の目は窮屈かもしれない.
だがそこにある見えない壁(ファイアウォール)を乗り越えないといけない.
日々 家族でも友人でも冷笑的で反民主的な態度に出会ったらノーと言おう.
みんなと違っても言おう.
「自由」に考えることに最上の価値を置くべきです.

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親の介護など様々な理由で経済状況が厳しい学生達におごります.もし良かったらサポートしていただけると嬉しいです.

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h@philo

哲学カフェのファシリテーター,研究室で哲学をしております.BFGU
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