フォーカシング的傾聴と「肯定的関心」

「フォーカシングは、クライエント中心療法(あるいはパーソンセンタード・アプローチ)の発展形の一つなのか? 別物なのか?」 洋の東西を問わず、話題となります。こうした時、よく話題となるのは、フォーカシングは「指示的 (directive) ではないか」ということです。この話題も大切かもしれないですが、私自身は、それとは別の話題を挙げてみたいと思います。それは、ロジャーズが挙げたカウンセラーの態度条件「無条件の肯定的的関心」にまつわることです。

何年か前、病院臨床を行っている心理士である、加藤敬介さんの講演 「フォーカシングとクライエント中心療法の間」を聴きに行きました。講演をお聴きして思ったのは、フォーカシング的傾聴は、時に「条件つきの」肯定的関心しか持たないという印象をクライエントに与えてしまう危険性があるのではないかと言うことです。

肯定的関心の例を挙げましょう。「いい子にしてお留守番していたら、おもちゃを買ってきてあげる」。子供の頃、このように言われた人は多いと思います。しかし、治療の場面で、「もしあなたがこれこれでありさえすれば、私はあなたを受容する」という態度で話を聞かれると、クライエントは自由に話すことができません。カール・ロジャーズが必要十分条件の一つとして、「もしあなたがこれこれでありさえすれば」ではなく、「無条件の」肯定的配慮を挙げたのはこのためだと思います:

無条件の肯定的関心…の意味は、受容についてなんの条件もついていないということである。「もしあなたがこれこれでありさえすれば、あなたが好きです」という感じをもっていないということである。…それは、「あなたはこんなときにはよいが、こんなときには悪い」というように選択的に評価する態度とは正反対のものである。その人の「よい」、肯定的な、成熟した、信頼できる、社会的な感情の表現に対するのと同じくらいに、クライエントの「悪い」、苦痛にみちた、恐れている、防衛的な、異常な感情の表現を受容するという感じをふくむものである。 (ロジャーズ, 2001, p. 272)

ロジャーズのお弟子さんであるジェンドリンが、肯定的関心といった用語を用いることなく、自ら提唱したフォーカシングが抱えがちな問題点を指摘しているのが、以下の文面だと思うのです。

…セラピストがいったんフォーカシングを知ると、クライエントが同じところで堂々めぐりをしているのを聞き続けるのは難しくなる。暗にそこにあるフェルトセンスにちょっと注目しさえすれば、問題の糸口がつかめて次に進めるのにと思ってしまうからである。いつもこの誘惑のままに動いてしまうと、セラピストはフォーカシング以外には興味も示さないし歓迎してくれないとクライエントは感じてしまう。 (ジェンドリン, 1998, p. 187)

こういう状態になっているかどうかはクライエントの発言から察しがつく。たとえば、クライエントはこの1週間にあったことを話しながら、「もう一つだけあるんです。話していいですか」と尋ねる。まるで、「話すのを止めて、何かの端の方にある曖昧なところに行ってほしいとあなたが待っているのはわかるんですけど」というように。あるいは、「これだけは言っておきたいんです、どうしても」とすすめる場合もある。 (ジェンドリン, 1998, p. 187)


上記文面は、『フォーカシング指向心理療法』の「第9章 セラピーの中でフォーカシングを教える際の問題点」で「セラピストが焦っているように見える」という節からの引用です。このジェンドリンの文面をロジャーズの考え方に置き換えてみましょう。セラピストが焦っているとき、「フェルトセンスに注目した話し方をしたときだけ、もしくは、体験過程尺度(Klein et al., 1969; 1986)で高く評定されるような発言をしたときだけ、先生は私に関心を持ってくれる」という印象をクライエントに与えてしまう危険性がある、ということなのだと私は読んでいます。つまり、これはフォーカシング的傾聴が「条件つき」の肯定的関心の罠に陥っていないかどうかを考える必要があるという警鐘だと思います。なぜなら、セラピストの「選択的に評価する態度」が、クライエントの「他者から取り入れられた価値のシステム」 (ロジャーズ, 2005) や「価値の条件」(ロジャーズ, 1967, pp. 205–6) を強化する可能性があるからです。


文献

ユージン・T・ジェンドリン 村瀬孝雄・池見陽・日笠摩子 (監訳) (1998). フォーカシング指向心理療法・上巻 金剛出版.

Klein, M.H., Mathieu, P.L., Gendlin, E.T. & Kicsler, D.J. (1969). The experiencing scale: a research and training manual, 1, Wisconsin Psychiatric Institute.

Klein, M.H., Mathieu-Coughlan, P.L. & Kiesler, D.J. (1986). The experiencing scales. In Greenberg. L. & Pinsof, W. (Eds.), The therapeutic process: a research handbook (pp. 21-71). Guilford Press.

カール・R・ロジャーズ 畠瀬稔 [ほか] (訳) (1967). クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パースナリティおよび対人関係の理論 伊東博 (編) ロージァズ全集 第8巻 パースナリティ理論 (pp. 165–270). 岩崎学術出版社.

カール・R・ロジャーズ 伊東博 (訳) (2001). セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件. H. カーシェンバウム, V. L. ヘンダーソン (編) ロジャーズ選集:カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文, 上 (pp. 265–85). 誠信書房.

カール・R・ロジャーズ 保坂亨・諸富祥彦・末武康弘 (訳) (2005). クライアント中心療法 岩崎学術出版社.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?