見出し画像

「素晴らしき哉、人生!」の感想

タイトルが良すぎる。映画のタイトルで1番好き。

原題の"It's a Wonderful Life"よりも、「素晴らしき哉、人生!」の方が勢いがあって良い。邦題を再翻訳するなら、"What a Wonderful Life!"とかがしっくりくる。

見る前は、苦しい生活を強いられる市井の人々が、「それでも人生は素晴らしい!」と叫ぶ。
みたいな話だと思ってたけど、実際見てみたら、素晴らしい人生の持ち主が、「俺の人生って素晴らしい!」って叫ぶ話だった。

アメコミヒーロー映画。

大学に行きたかったのに、社長にされちゃった主人公。可哀想に。(可哀想か?)
学問を志したかったのに、有能すぎて社長、ひいては町の代表を任されるって人生は、伊能忠敬のそれと完全に一致してて笑った。

そして、MCUファンとしては、主人公のこの自己犠牲と人々への奉仕に、どうしてもアメコミヒーロー映画を重ねて見てしまう。
みんなのために生きるべきか、自分の人生を生きるべきか。ヒーローが抱えるこのジレンマを、ここでのベイリーも抱えている。半分アメコミ映画を見てる感覚だった。

そしてこの映画は、主人公が助けてきた人に助けられて終わる。
素朴な性善説。皆んながみんなを思えば世界は良くなるよね。
この解決法って最近じゃなかなか見られないな。
最近のアメコミでは、皆んながみんなを思っても解決不能なほど事態を過激化させたり、思考を進めて、「そもそも皆んながみんなを思うなんて不可能じゃん?」もしくは、「誰かを思うが故に不幸が生まれることだってあるじゃん?」みたいなところを描くようになってるから。
この映画と似たような展開を持つヒーローもので、パッと思いつくのは、スパイダーマン2くらいか?
ここまで素朴なものを見せられると、面食らって感動しちゃう。

1番好きなシーン。

個人的に好きなのは、後半で、主人公が追い詰められて周囲に当たり散らすシーン。
あんなに人々に好かれていた主人公の荒れっぷりが半端じゃない。
キャラクター商売でもあるヒーローものでは絶対にありえないレベルの容赦なさで主人公の株が下げられていて興奮した。
「何で4人も子供を作った!」
なんて妻に怒鳴るヒーロー、他じゃ絶対見れない。

この辺りのバランスは、登場人物の魅力よりも教訓を映画の中心に据えているからこそ、という感じがする。

終盤の展開について。

作中でモチーフとして出てきたトムソーヤの冒険において、トム達は、自分らが死んだ後の世界に残された人々の悲しみを覗き見て、おちおち死んじゃいられないとみんなのいる世界に戻ってくる。
しかしこの映画で主人公が覗き見るのは、自分が死ぬどころか、生まれてきてすらいない世界だ。

自分がそもそも存在していなかった世界ではみんなが悲惨な人生を送ってる、ってのはちょっと自信過剰じゃない?と思う。
いなかったらいなかったで、みんなそれなりに楽しく暮らしてたと思うけどな。ヒロインだって、主人公がいなかったらいなかったで、序盤のダンスパーティーでは別の男と楽しく踊ってたでしょ。(実際主人公はそいつからヒロインを奪い取った訳だし)

それに、自分が居ればみんなのためになるから、自分は居てもいい、というこの自己肯定の仕方はちょっと受け入れ難い。
自分がいてもいなくても世界は変わんないけど、それでも自信満々で生きてて良いじゃん。それでこそという感じはする。

とまあ受け入れ難い論理ではあるんだけど、これを残された側の視点で考えるとちょっと話が変わってくる。
俺たちの苦しみや悲しみは全て、居たはずの誰かが居ないことが原因?このアイデアは面白いかも。
妖怪のせいではなく、不在のせい!

ここにいない誰かを産み出すことで、世界が少し幸せになる。
これは「産めよ増やせよ」というキリスト教的な価値観として捉えるのが自然なんだろうけど、一番最初に思い浮かんだのは創作のことだった。
そもそも存在していないキャラクターを生み出すことで苦しみを紛らわせる。と、この部分は、物語が何のためにあるのかについて言及する、物語讃歌として受け取りたい。自らを、世界を外側から見つめるただの視点として、世界の中を歩き回ってみるなんていう主人公の行動はいかにも物語的じゃないか。

クリスマスキャロルといい、自分が死んだ後の世界、自分が居ない世界を覗かせるのはキリスト教的な啓蒙のスタンダードなんだろうか。

その他、細かな感想。

・この喋る星や星雲、銀河達はまじめにやってるの?どういう天使像?あと下っ端天使の人間味が強くて笑える。

・ガウアーさん酷すぎだろ笑。この時代って乱暴で嫌。耳ぶつなよ。かわいそうだろ。血でてるし。

・成長した主人公が存外オラオラ系で面白い、いい感じの女を冴えない男から奪って一緒に踊ってる。野心家で、周りの人のことなんてどうでもいい感じか。

・と思ったらなんかすげーいいこと言ってて笑える。人々に家を建ててあげたいけど、窓ガラスは割る。二面性だね。

・「このお屋敷の窓を破ったのを覚えてる?願ったのはこれなの」
若かった頃の恥ずべきやんちゃ。とかじゃないんだ。こいつら今後もどっかの家の窓を割りかねんぞ。

・「あんたは、世界は自分を中心に回ってると思ってるんだろうけど、そんなのは大きな間違いだ!」
主人公君のこのいいセリフも、最後まで観ると違う意味で響いてくるな。みんな違ってみんないい、みたいな感じではなくて、宇宙の中心は主人公のもの、その他の人間はみんなその背景に過ぎない。という残酷な作劇的真実を調子に乗った脇役に突きつけている。

内容は何ひとつ被ってないくせにほぼ同じタイトルを付けられた、下品な邦題の映画。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?