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死刑遊戯【小説/シリアス/フィクション】

-1- ある動画

「坂下さん、これ、見てください!!」

「どうした? 何か手がかりでもみ……」

坂下昇(さかした のぼる)は、一瞬言葉を失った。
警視庁捜査一課の部屋は、一週間前から緊張が続いている。いや、凶悪犯罪と対峙するこの部署は、いつでも緊迫した空気があると言いたいところだが、今はスパイスを入れすぎたカレーのようにピリピリしていて、家にもろくに帰れていない坂下の顔には、苛立ちと疲労だけが広がっている。

「これ、なんだ……」

部下の刑事に見せられたスマホには、ある動画が映し出されている。そしてそこには、坂下が探している行方不明者たちの姿があった。さらに、目だけが見えている黒いマスクをした、犯人と思しき人間たちが、銃のようなものを持って、行方不明者たちを包囲するように立っている。

「昨日公開された動画らしいんですが、作り物にしては妙に生々しくて、ネット上で話題になってます。たぶん明日には、地上波でもネットでも、メディアが取り上げると思います」

「そんなことはどうでもいい。この動画の配信元は特定できたか?」

「今、動画の運営会社に問い合わせています。場所はどこかの建物の中だと思いますが、特徴的なものが何もないので、難航しています……」

「急いで特定しろ。人質は今のところ全員無事みたいだが、この動画を撮った時点では、だろうからな……」

「どうしましょう……?」

「まずは配信元や撮影場所の特定を急げ。この犯人らしい連中については、何か分かったか?」

「いえ、そっちもまだ……調べてはいますが、声も微妙に変えられているみたいで……」

「そうか……そっちも急げ。俺はこの動画の中身を確認する」

「承知しました」

坂下は、外部のネットに接続可能なPCで動画を検索すると、最初から再生した。

「全員いるな。同じ場所に集められていたわけか……」

坂下は、一週間前から突然始まった失踪事件を捜査していた。誘拐だと思われたが、犯人からの要求はなく、まだ犯人に繋がるものを掴めずにいた。身代金の要求もなく、犯人の動機も特定できずにいたが、今、その行方不明者たちが、モニターに映し出された動画の中にいる。

失踪したのは、全部で六人。
フリーライターの財津高徳(ざいつ たかのり)。
NPO法人、青少年育成コンサル代表の、細田穣(ほそだ みのる)。
犯罪ジャーナリストの枝野勝俊(えだの かつとし)。
人権派弁護士として知られる、玉木明臣(たまき あきおみ)。
人権団体、自由と弱者を守る会の代表、石破喜英(いしば よしひで)。
テレビのコメンテーターとして知られる、三谷深雪(みたに みゆき)。

六人は、プライベートでの交友はないらしく、職業も全員バラバラ。だが、共通点もある。それは、全員が死刑反対派であり、それを声高に主張しているということ。

「死刑肯定の過激派か何かなのか……?」

動画は10分ほどの長さで、主犯と思しき男が、失踪者とカメラのほうを交互に見ながら、動画の主旨を説明している。失踪者たちは、戸惑いと怯えの表情を浮かべているが、怪我をしていたり、やつれていたりといった様子は見られない。

「……」

動画が終わると、坂下はそこから分かったことを手帳に書き出した。

・犯人は一人ではなく、複数。画面で確認できたのは四人で、全員がマシンガンのようなものを持っている。
・失踪者は、六人全員揃っている。外傷なし。椅子に座らされて縛られている。
・場所は不明。広い部屋の一室で、何も置かれていない。壁はすべて真っ白。
・主犯と思しき男は、日本語で話しているが、英語の字幕もついている。
・主犯の男が話した動画の主旨は、以下の通り。
 ・この動画は、死刑制度について問うものである。
 ・私は死刑賛成派だが、反対派の意見を封殺するつもりはない。
 ・彼ら六人には、反対派の代表として自分たちの主張を自ら証明してもらう。
 ・彼ら六人に危害を加えるつもりはない。

具体的に何をするつもりかは分からなかったが、説明が終わったところで、動画も終わっていた。

「失踪者たちとグルになってやってる感じではないな。しかしまさか、拉致して討論会ってこともないだろうし……」

いずれにしても、この動画がメディアに取り上げられる前に、上に報告しておいたほうがいいだろう。動画の分析はその後でいい……

坂下はそう決めると、席を立った。

犯人は、自分たちの主張を広く伝えるために、わざわざあの六人を拉致したのだろうか? 意見を主張するだけなら、そんなことをしなくても、注目させる方法はあるはず。にもかかわらず、わざわざ危険を犯して6人を拉致し、そして、動画を公開した……

「……」

考えたが、現時点で答えは出ない。

上にいろいろ言われるだろうが、ひとまず失踪者たちが生きていることを良しとするべきだろう。あの感じでは、犯人たちは、現時点では失踪者たちを殺すつもりはなさそうだし、動画には続きがある。最後の動画が公開される前に、犯人たちを捕まえれば……

報告の内容を頭の中で整理すると、坂下は上司の部屋をノックした。


-2- 疑念

北沢悠真(きたざわ ゆうま)は、画面を見ながら、体の内側がざわついているのを感じた。ネット上で拡散され、メディアでも取り上げられ、どんなものか見てみようという好奇心だけが、この動画を再生した理由だった。それなのに、内容ではない一点に、意識が向いている。

会ったことがある……

動画に映っている、犯人グループのリーダーと思われる男……
その男に、見覚えがあるような気がした。

何か機械を使って声を変えているようだし、マスクをしているから、断定はできない。しかし、話し方や佇まい……それらを見ていると、知っている人のような気がしてくる。

「……」

だが、もう何年も会っていない。
そう、あの事件があってから、一度も。

いや、気のせいだ……
こんなことをする人間じゃない……

そんなことを考えているうちに、1本目の動画は終わっていた。内容はまったく頭に入っておらず、1本目を見直して、その流れで2本目も見た。

1本目には、動画の主旨。
2本目には、誘拐された人たちの紹介。
紹介が終わると、主犯の男はさらに言葉を続けた。

『彼らは、それぞれが違う立場から、死刑制度の反対を主張している。犯人にも人権がある、死刑など野蛮な後進国の制度、人権を侵害する行為、国家による殺人、死刑は報復的措置で、報復は犯罪抑止にはならず、場合によってはさらに暴力を助長する……言うことも様々だが、加害者を守ろうとする主張は同じだ。
 
私は、多様な意見があるのは良いことだと思う。だが、自分たちの主張を理由に、死刑制度を廃止させようとする行動には同意できない。無期懲役や終身刑では、結局生きながらえることに変わりはないし、仮釈放もある。にもかかわらず、彼らはそれに変わる刑罰も提案しない。それなのに、彼らはなぜ死刑制度を廃止しようとするのか?
 
私はこう考える。

彼らは人間の善意を、性善説を信じているのだと。

たとえば外交において、抑止力があるからこそ平和であることや、外交交渉とは、軍事力を背景に置いた話し合いであること、そういった"現実"を無視した理想論を言うのと同じであると。だから、詐欺師だと分かっている相手を信じたり手を差し伸べたりと、信じ難いことをする。

面白いことに、死刑制度を廃止しようとする人たちと、話し合えば……たとえば、戦う意志を持たなければ攻撃を受けない、平和でいられるという人たちは、同一人物であることが多い。

もちろん、外交に対する考え方がまともでも、死刑制度に反対の人もいるだろう。だが傾向としてはそうで、今私の前にいる彼らは、死刑制度に反対で、外交についても、戦力を放棄すれば平和だと言う人たちだ。

まったく違う話のようだが、相手の善意を信じるという考え方としては同じ。そこに、彼ら以外の第三者の意図があるのか、彼ら自身の信念なのかは分からないが、そういう考え方であるということだ。

対して私は、人間の善意など信じていない。思いやりに溢れる人間がいる一方で、何の罪悪感も持たずに人を傷つける人間もいる。外交においてはさらに顕著で、抑止力を持つことは相手を刺激するのではなく、痛い目をみるから止めようと、思い留まらせることに繋がる。
 
これは外交だけの話ではない。

たとえば以前、都内の駅で、女性が男に肩をぶつけられるという奇妙な事件が頻発したことがあった。おそらくは、仕事のストレスか何かを解消するためにやったのだろうが、肩をぶつけてきた男は、一人で歩いている女性にしかぶつからなかった。二人以上で歩いていたり、男と一緒に歩いている女性は避けた。

なぜか? 理由は簡単だ。女性二人でもそうだが、男と一緒にいる女性にそんなことをすれば、男からの反撃を受ける可能性が高い。ストレスを解消するという目的を達成するどころか、自分が痛い目に遭ってストレスを高めてしまう可能性がある。しかも、自分から仕掛けているのだから、弁解も難しい。

だから、避けたのだ。
別の言い方をすれば、一人で歩いている女性を狙った。

つまり、男という抑止力があるからこそ、それがない女性一人を狙った、ということだ。抑止力が必要というのは、それぐらい単純な話だ。

死刑制度においても、死刑にしてほしいから人を殺したというような、一部の例外を除けば、捕まれば死刑になるというのは恐怖だろう。恐怖は人の行動を抑制する。たとえ未成年でも、殺人を犯せば死刑になると分かっていたら、思い留まる理由になる。未成年だから許されるという犯罪者思考にも歯止めがかかるだろう。

正当防衛などの特殊な場合を除けば、殺意を抱いたとき、それを行動に変えるかどうかは、家族や友人、恋人の存在などが、抑止力になる。人を殺せば、大切な人に迷惑がかかる、悲しませる……そういった理由だ。

だが、不幸にもそういう抑止力が周りに存在しない人間もいる。そのとき、人を殺せば、たとえ未成年でも死刑だと知っていれば、その恐怖は思い留まる抑止力になる。自暴自棄になっていても、死ぬことは本能的な恐怖だ。こめかみに銃口を突きつけて、もし目の前の人を殺せば撃つと言えば、大概は思いとどまる。そういうことだ。

大まかだが、私はそう考えている。
そして、彼らは私と対極の考え方だ。
それが悪いとは思わない。

さっきも言ったとおり、意見は多様なほうがいいからだ。しかし、凶悪犯罪を抑止する代案を出さずに、ただ死刑反対を主張する彼らのそれは、信念なのか、それとも別の何かなのか……そして、死刑制度の継続と廃止、どちらが妥当なのか……ここで、その道筋をつけよう。

一応言っておくが、私や彼らの言うことが100%正しいなどということはない。完璧な意見などないからだ。だが、ここで示されるであろう道筋をキッカケに、"現実"を理解し、議論が活性化することを望む。

以上だ。

我々と彼らの討論会は、日本時間の明日、9月30日の20時に公開する』

2本目の動画は、そこで終わった。

主犯の男の主張、話し方……
やはり、気のせいだったかもしれない。
そうだ、気のせいに決まっている……

青峰豪紀(あおみね ひでとし)。

悠真が学生のとき、青峰は大学で心理学の講義をしていた。学業に熱心だった悠真は、青峰の家に呼んでもらったりして、個別に教えてもらったりもしていた。あのときは、他にもそういう学生がいた。青峰は、たくさんの学生に慕われる教授だった。

悠真が現在の職業……従業員のメンタルケアを行う社内カウンセラーをしているのも、仕事のストレスでおかしな方向に行かないように、話し合いを重ね、前向きにやっていけるように、働く人たちの手助けをしたいと思ったからで、それは、青峰からの指導の影響が大きい。

彼は、いくつかの理由から死刑制度に反対だったし、犯罪者たちと向き合い、彼らが社会復帰する支援もしてきた。人を拉致するなんて、そんなことをする人間でもなかった。

“あの事件”があってから、思い悩んではいても、信念は変わっていなかった。だから、この主犯の男が青峰であるはずはない。

悠真は、自分にそう言い聞かせ、納得させようとしたが、ある種の確信を拭うことはできなかった。

「確かめよう……!」

悠真はそう呟くと、出かける準備を始めた。青峰の家に行き、彼がいれば、主犯の男は青峰ではない。
でももし、いなかったら、そのときは……

悠真は、自分の確信が間違っていることに期待しながら、家を出た。


-3- 前夜

「ここまでは順調だ。残すは明日だけ……」

主犯の男は、満足そうにそう言った。

「何が討論会だ……」

細田が睨む。

「おや、細田さん、何か不満でも?」

「不満も何も……我々を拉致しておいて、何が討論会だっ!! 討論を望むなら、出るところに出てやればいいだろう!!」

「最初はそれも考えましたよ。しかし、あなた方は呼びかけても応じないでしょう? 凶悪な事件を起こしたテロリストの死刑が執行されたときも、覚悟を持って指示した法務大臣、政府、死刑制度を批判して、それを正とするメディアにしか出なかった。
 
ただの罵声や批判なら、無視しても構わないと、私も思う。だが、あなた方はそれなりに発言力がある人達であるにもかかわらず、まっとうな議論の場にも出てこない。議論せず、自分の立場を絶対と正義として、相手を叩くという手段に出る。まるで芸能人の不倫を叩く人たちのようにね。だからやむを得ず、こうして来てもらったわけですよ」

「ふざけるな!! 私がいつ議論から逃げた!!」

「いつもですよ、細田さん」

「なにを……! だいたい、椅子に縛り付けられて銃を突きつけられた状態で、まともな議論などできるものか……!!」
「私はあなた方に危害を加えるつもりはない。動画が最後まで終われば、家に帰ってもらって問題ないですよ。拘束も、あなた方が大人しく討論に応じるというなら、解いてもいい。殺す気があるなら、とっくに殺していますよ」

「そんな話が信用できるかっ!!」

「まあまあ細田さん、落ち着いて」

玉木は、丸い顔に少し汗をかいているが、落ち着いた口調で言った。

「玉木さん……何を悠長なことを言ってるんだ……!! 私達は、殺されるのかもしれないんだぞ!!」

「いや、おそらく大丈夫でしょう。彼は、そんなことをするようには見えない」

「この男を知っているのか……?」

「いえ、知りません。ただ、彼は終始、落ち着いている。部下らしい人間たちは、確かに銃を持っていますが、本気で撃つ気があるようにも見えない。本気で殺す気がある人間は、それと分かる雰囲気をもっているものですよ」

「そういえば、あんたは以前にも同じような経験をしてるんだったな……」

「ええ、まあ……とにかく、ここは落ち着いて、彼らの要求に応じましょう。実際の犯罪現場にいたとなれば、話題性もあるし、弁護士として今後の仕事にプラスになりそうですからね……」

「ふん、変態め……」

主犯の男は、彼らを見ながら、この勢いがどこまで続くか考えていた。テレビのようにCMもなく、討論から逃げられる状況にもない。そんな中で、彼らが質問に対して、どう対応するのか……

「さて、では今日はもう休むとしよう。明日が楽しみだ」

「まて貴様!! 私達を部屋に戻せ!!」

「ご心配なく。部下たちが対応しますよ。部屋に戻ったら夕食を用意させますので、食べたら、明日に備えてゆっくり休んでください。この一週間と同じようにね」

「……!」

「いったい何を考えているんでしょうねぇ、あの男は」

主犯の男が部屋から出ていくと、枝野がいった。枝野は犯罪ジャーナリストで、主に死刑囚を取材し、普通はあまり見ることができない、死刑囚の背景や素顔を記事にすることを得意としている。

「あんたも落ち着いているな、枝野さん……」

「犯罪者に接する機会が多いですからねぇ、僕は。あの男が何者か知りませんが、死刑囚と接することに慣れてる僕からすると、あの男はまったく危ない気配がない。

さっき玉木弁護士も言ってたとおり、殺意のようなものは感じられないし、僕たちを騙そうとしているわけでも、何か要求があるわけでもなさそうです。本当に、純粋に討論をしたいのかも……」

「そんなバカな……!!」

「推測ですよ。まあ、今は抵抗してもどうにもならないわけだし、落ち着いて対応しましょう。討論がしたいなら応じればいい」

「あんたたちには危機感がないのか……?」

「そういう細田さんは、ちょっと興奮しすぎじゃないかしら?」

三谷深雪が、鼻で笑うように言った。三谷は、女性の権利や人権について、よくテレビで発言しているコメンテーターで、何が専門なのかよく分からないが、いろいろなワイドショーに出てコメントをしている。年齢不詳で、見栄えはわりとよく、どんな話題についても口を挟みたがる。

しかし、よく喋るわりには中身がなく、自身の考えや信念など、実はないのだという噂もあり、本人はそれを、名誉毀損だなどと騒いでいるが、騒ぐだけで、まともな反論はしていない。

「犯人たちの要求は、討論に応じること。素直に応じてあげればいいじゃない?」

「ふん、ここはテレビ局じゃないんだぞ。台本なしで討論なんかできるのか? あんたに」

「失礼ねっ!! そんなものなくても話ぐらいできるわよっ!!」

「どうだかな」

「なんですってっ!!」

「まぁまぁ二人とも、落ち着きましょう。僕たちは今、置かれている状況は同じ、仲間です。仲間内で言い争いせずに、明日に備えましょう」

「枝野さん……分かったわ。確かに、ここで細田さんと言い争ってもしょうがないわね」

六人が部屋に戻され、夕食を食べ終わり、眠りについたころ、主犯の男は、自分の部屋で一人、ワインを飲んでいた。

これが人生最後のワインになるのか、
それとも……

すべては明日、決まる。

自分が決めたことをやり終えたとき、何が起こるのか分からない。
何も起こらない可能性もある。
それならそれで構わない。
やらなければ、結果は出ない。
結果が出なければ、次に進めない。

「私に次を考える必要はないか……」

男は自嘲気味に呟くと、空になったグラスにワインを注いだ。


-4- 理由

「いないか……」

悠真は、青峰の家を訪ねたが、何度呼び鈴を押しても反応はなく、近所の人に聞いてみても、ここ一ヶ月ほど見ていないとのことだった。

ということは、やっぱりあの動画の男は……
しかし、仕草や話し方が似ているというだけで、あの男が青峰だと決めつけ、警察に言うわけにはいかない。

それに……
青峰先生が、あんな事件を起こすと信じたくない……

どんな凶悪犯であっても、彼らの中に良心がないわけじゃなく、埋もれているだけ。だから、それを掘り返せば分かってくれる……それは綺麗事のようにも思えたが、本気でそれを信じて、実践する青峰の姿は、信念に従って生きる、理想の生き方のように見えた。その姿に、姿勢に、憧れていた。

もし、本当に青峰が誘拐事件の首謀者なら、止めなければならない……
だけど、どうやって……?
いや、そもそも青峰先生だという確証も……

悠真は、自分の中で答えを出せないまま、しかたなく、家に帰ることにした。あれが青峰先生じゃないなら、警察に任せればいいし、もし青峰先生なら、誘拐した人たちを殺すような真似はしないはずだ。

何か考えがあるはず……
そしてそれは、動画を見れば分かる……

悠真はそう結論付けると、帰路に着いた。

「まだ場所は特定できないのか?」

坂下は、イラだちを隠さずに言った。

「すみません……」

「危害を加えるつもりはないと言っていたが、信用できるものじゃない。とにかく、早く見つけるんだ」

だが、結局犯人たちの居場所を特定できないまま、3回目の動画の放送時間を迎えた。

「くそ……! 動画の中で場所を特定できるヒントがないか探せ。それと、見つけたらすぐに動ける準備もしておけ」

「承知しました」

なぜこんなことをする……?
なぜこんなやり方を選んだ……?
本気で討論をするつもりなのか……?

坂下は、頭の中に浮かぶいくつもの疑問を消しながら、画面の中に意識を集中した。


-5- 討論の行方

「時間だ。始めよう」

主犯の男は、椅子から立ち上がると、彼らが座っている向かい側の椅子に座った。テーブルはなく、拉致された六人は、それぞれ椅子に座っており、集団面接で面接官と応募者の間にテーブルがないような状態になっている。

相変わらず、椅子に後ろ手を縛られているが、銃を持った男たちは少し離れた場所に立っていて、六人を威圧するような雰囲気はない。

「どういうつもりだ……?」

細田は、下から睨むように言った。

「討論をしたいと、そう言ったでしょう? 終わるまで逃げることはできないし、縛ったままで申し訳ないですが、何を話しても、どんな意見を言っても構わないのですよ」

「私の言ったとおりだったわね、細田さん。やっぱり、あなたはビクビクしすぎなのよ」

「うるさいっ! 厚化粧女めっ!!」

「なんですって!!」

「まあ落ち着こう。彼がせっかく話し合いのしやすい場を作ってくれたんだから、みなさん、それぞれの意見を戦わせればいい。大事なのは話し合いだ」

枝野は、鼻を鳴らすように言った。

「みなさん、始めますよ」

主犯の男はそう言うと、画面に向かって話しだした。

「さて、昨日告知したとおり、これから彼ら六人と、死刑制度の是非について話したいと思う。まず、私から一人ひとりに質問し、それぞれの考え方を語ってもらう。
では、細田さん」

「最初は私か」

「あなたは、NPO法人、青少年育成コンサルの代表をしていますね。具体的にどんなことをされてるんですか?」

「グレたり、心に問題がある子どもたちの話を聞き、子供自身はもちろん、親にも協力してもらい、学校や社会に復帰する支援をしている」

「なるほど。あなたの考え方は、どんな凶悪犯罪であっても、未成年である以上、まだ心が未熟であることを考慮するべきで、しっかりと罪と向き合ってもらい、社会復帰して貢献してもらうほうがいい、というものでしたね」

「そうだ。子供は自分から凶悪犯になるわけじゃない。環境に問題があるのだ。それを正せば、彼らは普通の子供になれる」

「環境が大事という点については、私もそう思います。しかし、自分から凶悪犯になるわけじゃないというのは、どうでしょうか。先天的な凶悪さを持っている人間もいます。そういう人間は、環境をどう整えようと、抑止するものがなければ、また犯罪を犯すもの……それに、たとえ環境に問題があったとしても、未成年だからというのは、殺人や強姦などの凶悪犯罪に関していえばまったく意味がないと思いますが?」

「被害者にとっては気の毒だが……社会復帰させて貢献させたほうが、世のためになる」

「世のためになる……ですか。それはどうでしょうかね」

「反論があるのかね?」

「あなたは昔、ある凶悪犯罪を起こした主犯の少年四人に、少年法を適応するかどうかの議論があったとき、未成年なのだから適応するのが当然で、凶悪犯罪を起こしたからこそ、私たち大人はそれが起こった背景を知り、彼らを教育し、更生させ、社会貢献させるようにしなければいけない、そう言っていました。

結果はあなたの希望通り、四人は少年法が適応され、すでに釈放されている。しかし、その四人がその後どんな生き方をしていったか、知っていますか?」

「何が言いたい……?」

「言葉にするのも苦しいほどの残虐な事件を起こした四人は、悪いことをしたから、これからは社会に貢献しようとは思わなかった。あれだけのことをしても社会復帰できる、死刑にならない、そう思った。

大人になれば、未成年のときのようにはいかない。それでも死刑になることは滅多にありません。そう考えた結果、彼らは今に至るまで、判明しているだけで、一人平均五件以上の傷害事件を起こしています。うち一人は、殺人未遂で警察に捕まった。

そして、それは予想外ではありません。四人が起こした事件の残虐性を見れば、容易に想像できたことです。あなたは、それを未成年だからという理由だけで許した。その結果、起こらなくていい事件が起こってしまったということです」

「そんなこと……!! 私が少年法の適応を決定したわけじゃない! 私は自分の意見を言っただけで、そうしろと命令したわけでもないし、そんな権限もない!!」

「ええ、そのとおりです。しかし、あなたが一番、いろいろなメディアに出て主張してしていました。加害者である少年たちも、きっと自分がしたことを後悔している、だから、彼らにチャンスを与えるべきだと」

「それがなんだ!! 自分の意見を言うことがダメだというのか!!」

「そうではありません。ただ、あなたのような人は一般人とは違う。もっと発言に責任を持つべきだし、もっと想像力を働かせる必要があるということです。

細田さん、あなたの言ってることが、すべて間違っているわけじゃない。しかし、それはどんな未成年にも適応できるわけじゃないし、凶悪犯に適応していい考え方ではない。それに、あなたの考えには被害者側の視点が決定的に欠けているんですよ」

「それは……被害者は確かに気の毒だが……だからといって、加害者を死刑にすればいいというものではないだろう。罪を償うために生きるということも……」

「償うために生きる……いったい、誰に対して償うんです?」

「それは……!! 被害者に対して……」

「償うべき被害者がこの世にいないのに、どうやって償うんです?」

「償いは被害者に対してではなく、犯した罪に対してするもので……」

「それでは、被害者の立場はどうなります? 細田さん、人殺しは罪を償うことなどできないんですよ。できることは、自分がした罪に対して、相応の裁きを受けるだけです。償うのではなく、裁かれる。罪を償うなどということ自体が、おこがましい」

「おこがましいだって……?」

「再犯リスクが明らかな殺人犯に関しては、刑期を終えたから釈放するなど、新たな犠牲者を作れと言っているようなものです。
 
どうしても釈放したいなら、もう殺しなどできないほどヨボヨボになってから、時代の流れによって変化した、自分が知っている世界とはまったく違う世界に放り出すことですね。誰にも手を差し伸べられず、絶望の中で死んでいくなら、それもいいかもしれない。しかしそのためには、刑務所にいる間は税金で生かさなければならない。無駄な支出だと思いませんか? 犯罪者の心理を知るために、話を聞いたりして研究に役立てるのはいいが、平均寿命まで生かす理由はないはずです」

「加害者にも人権があるんだぞ!! そんなこと……!!」

「先に人権を侵害したのは誰ですか? 加害者ですよね? 被害者の人権を侵害し、人生を破壊し、二度とやり直しができないようにしておいて、自分は人権を主張する? 何様のつもりなんですか?」

「……!!」

「そして、そうやって加害者の人権を主張し、未成年だからという理由で釈放した結果が、新たな傷害事件であり、殺人未遂なんですよ、細田さん」

「私は……」

「加害者の人権を無くせとまでは言いません。でも、しっかりと事件を調べ、言い逃れできない証拠があり、人殺しだと確定してもなお人権を盾にして死刑を反対するのは、滑稽です。まして、あれだけの事件を起こしておきながら釈放を要求するのも、それを支持するのも、正気の沙汰ではない。現実を理解していないとしか思えませんね」

「しかし……再犯のリスクがあるかどうかなんて、その時点では分からないだろ……!!」

「もちろん、完璧には分かりません。しかし、殺人までの経緯や行動、心理を見ていけば、見抜くのはそれほど難しくはないですよ。

でもそれ以上の、そして根本的な間違いは、あなた方には、この世には良心など持ち合わせていない人間もいるという事実を理解していないことです。あえて無視しているのか、どんな人間にも一片の良心ぐらいあると、本気で信じているのか知りませんけどね。

良心がない人間に、良心に訴えかけるようなことをしても意味はありません。ないものには響かないし、麻痺した良心を治すことはできても、ない人間から生まれてくることはない。良心のない人間に、良心に訴えかけるようなことを言えば、反省したフリをしてそれを利用し、言った人間を利用しようとするだけです」

「それは違う」

「何が違うのですか? 石破さん」

「良心がないのではない。そう見えるのは、話し合いが足りないからだ」

「話し合い?」

「そうだ。どんな場合でも、強硬な手段はいい結果を生まない。たとえば立てこもり事件でも、犯人を射殺するより、粘り強く犯人と話し合いをして人質を解放させるほうが、うまくいく可能性は高いというデータもある」

「その話は、私も存じてますよ。話し合いをするなとも思いませんが……石破さん、そういえばあなたは、某国との交渉も一貫して話し合いが大事だと言っていますね」

「そうだ。相手を脅すようなことをしても、相手の態度を硬直させるだけで、うまくいくものもいかなくなる。まずは与えて、そこから譲歩を引き出せばいい」

「まず与えるというのは、間違ってはいないと思います。人間関係やビジネスの場においては。もちろん、その後の利益を考えてのことですけどね。ただ与えるだけでは、幸福にはなれません。しかし、立てこもりの犯人やならず者国家相手に、武力を背景にしない交渉など話になりません。

相手は銃を持っている、緊張を作り出しているのは犯人であり、某国です。話し合いをするにしても、無防備では危険すぎる。立てこもり事件なら、相手に良心があり、落ち着かせれば投降するような人間なら、話し合いで解決できるかもしれない。そのためのテクニックもちゃんとあります。話を聞いて、銃を降ろさせるテクニックが。

しかし、犯人がそれに応じなかったら? 相手の要求が、とても飲めないものだったら? 当然、射殺も選択肢にいれなければなりません。話し合いは大切ですが、世の中には話し合いなど通用しない相手もいるという現実を無視することは、尊いのではなく、愚かなだけです」

「それは違う。
君が相手を信用しないから、相手も君を信用しないし、頑なになるのだ。たとえ相手がどんな人間でも、誠意を持って接すれば必ず通じる。犯罪者、極悪人……そんなふうに決めつけて接するから反発を招くのだ。一人の人間として接し、相手の心を解せば、そこから良心が顔を出すものなのだよ」

「どんな人間でも、ですか?」

「そうだよ」

「石破さん、あなたは本物の凶悪犯というものに会ったことがありますか? どんなに人を傷つけても、人を殺しても、笑っているような人間に」

「それは精神に問題があるのだ。しっかりと、適切な治療を受ければ改善される」

「甘い方ですね、あなたは……世の中には、人が拷問されているのを見ながらワイン片手にディナーを楽しめるような人間もいる。

人の弱みや罪悪感につけ込み、誠意を利用し、相手の人生を破壊しても何も感じない……そういう人間にとって、話し合いというのは自身を有利な方向に持っていくための手段でしかなく、自己を改善するためのものではありません」

「……君は可愛そうな人だな。君自身の心が歪んでしまっている。だからそんな考えになるし、こんなことをするのだ。今からでも遅くない。こんなことは止めて我々を解放すれば、私は警察に悪くは言わない。
どうかね?」

「あなたの言う適切な治療を否定するつもりはありません。確かにそれも必要なことです。しかし私には必要ないし、凶悪犯を信じるあなたは、立派というより甘いという他ありません」

「君は、もっと人間の善意を信じるべきだ。この世界は、善意のほうが勝っているから成り立っている。もっと人を信用して……」

「善意を否定するつもりもありませんよ。しかし、善意を信用しきれないから、様々な決まりがあり、刑罰があります。それがなければ、世の中はもっと殺伐としているでしょう。

品性は、誰も見ていないと思ったときに現れると言いますが、たとえば性犯罪にしても、バレなければいいと思って開き直るような人間も珍しくありません。殺人であれば、死体の始末という手間もありますが、性犯罪は、被害者が様々な理由から泣き寝入りすることが多い。そこにつけ込み、開き直るクズは、反省などしません。
 
話し合えば、表面上、その場は悪かったと言うかもしれませんが、許されればまた繰り返す。そこにあるのは、善意を利用する悪意です」

「だったら君は、性犯罪者も死刑にすればいいというのかね?」

「内容にもよりますが、よほどでなければ死刑にはしなくていいと思います」

「当然だろう。だいたい……」

「そのかわり」

「……?」

「強姦犯のような者は、去勢すればいいでしょう。二度と妙な気が起こせないようにね」

「な……そんなことは……」

「やりすぎですか? それともお得意の人権の侵害ですか? さっきも言いましたが、先に人権を侵害したのは加害者です。性犯罪の被害者は、その場だけ、体だけではなく、心にもその後の人生を暗くする傷を負います。ならば当然加害者も、相応の罰を受けるべきでしょう。去勢されたくなければ、性犯罪などしなければいいだけのことです」

「めちゃくちゃだ……過ちを犯した人間に更生の機会すら与えないなんて……」
 
「たとえば、一度の痴漢で去勢しろとは言いません。どんな場合でも、冤罪の可能性も考慮し、事件の真相解明は慎重にやらなければならないですからね。ですが、痴漢も繰り返すようならダメだし、強姦であれば、一回で十分です」

「君の意見は乱暴すぎる。ちゃんと話し合って、適切に治療し、反省、更生すれば、人は変われる。それに、たとえば痴漢は、性的な欲求というより……」

「依存症に近い、ですよね?」

「……!」

「痴漢の49%は、非日常的なスリルを求めてやってしまう。そうであれば、依存症の治療が必要で、あなたの言う適切な治療に、それは含まれていますか?」

「私は医者ではない。そんなこと……」

「そうでしょうね」

「……」

「痴漢を軽く見てるわけではないですが、一度、二度であれば、改善の余地はあると思います。世間に知られたら人生崩壊の可能性もありますけどね。反省して二度としないのであれば、やり直すこともできるでしょう。

しかし、強姦は別です。一度やったら手遅れなんですよ。事実確認は厳密にされるべきですが、事実だった場合、反省や更生は意味をなさない。被害者は一生ものの傷を負い、その後の人生に大きなハンデを負うことになる。立ち直るには時間がかかるし、悪夢に魘されることもある。

反省してます、といって、数年刑務所に入って出てくるぐらいでは、足りないのですよ。そして殺人ともなれば、被害者は傷を負うどころか、人生そのものを奪われる。加害者が人生をやり直すだの更生だのというのは、偽善者の詭弁ですよ、石破さん」

「私が偽善者だというのかね!!? 君はいったい何様のつもり……!!」

「石破さん、偽善者と言われて取り乱したら、そうだと言っているようなものよ?」

「なんだと!? 三谷さん、あなたまで私が偽善者だと言うのかね!!?」

「そうは言ってないわ。そう見えてしまうっていうことよ。私はあなたの信念を立派だと思ってるわ。裏表の激しい細田さんより、よっぽどね」

「私を引き合いに出すな!! 厚化粧女め!!」

「ほらね? あれも図星だからこその反応よ」

「なるほど……確かに、あなたの言うとおりかもしれない。お恥ずかしい限りだ」

「気にすることないわ」

「そういうあなたは、何も痛いところはないんですか? 三谷さん」

「ないわね。
そうだ、犯人さん、さっきあなたが言った、性犯罪者に対する考え方、あれは中々面白かったわ。悪くないわね」

「女性が加害者側なら、話はまた違ってきますがね。性犯罪は男が加害者の場合が多いので」

「性犯罪は、男が女を見下して、支配できると思っているからやるのよ。カウンセラーなんかに言わせると、性欲だけの問題ではなく、そういう根源的なものがあると言うわ。私もそう思うわよ。だから、男に性犯罪に対しての反省を促しても無駄。
 
だけど、死刑についてはどうかしらね。たとえば、殺人がすべて死刑となったら、女が身を護るために、結果的に相手を殺してしまったら、それも死刑だと言うの?」

「なぜ殺したかということについては、十分に考慮されるべきだと思いますよ。たとえば強盗が入ってきて、自分や家族の身に危険が及んだ。その場合、強盗を殺してしまっても、正当防衛でしょう。

殺してしまうのは過剰防衛だという人もいますが、生きるか死ぬかの状況で、殺さない程度の手加減ができる余裕など、一般人にはありません。強盗に入るほうが悪いわけで、返り討ちにされて文句を言うのもおかしな話です。変な言い方に聞こえるかもしれませんが、反撃にあって殺されるリスクも考えずに強盗に入ったのか? という話ですね。 だから、そういった状況であれば、殺人という結果は同じでも死刑にする必要はないと思います」

「なんでもかんでも死刑にってわけじゃないのね」

「もちろんですよ。私は、身勝手な理由で殺人を犯した人間を死刑にするべきと言っているだけで、殺人という結果だけを指して、死刑だと言っているわけではないので。

たとえば、モデルガンや刃物を持って交番に行き、モデルガンを警官に向け、警告したにも関わらずモデルガンを降ろさず、やむを得ず撃った警官については、罪がないのは当然、職務上の問題もありません。

モデルガンであっても、それを人に向け、警告されたにも関わらず従わないなら、撃たれて当然、撃たれた人間の認識が甘いだけの話です。その行為が冗談では済まないということが分かっていないことが問題ですからね」

「思ったよりまともなことを言うのね、っていうのが、今の私の感想だけど……それでも、やっぱり死刑はよくないわ」

「それはなぜですか?」

「日本は先進国よ。法律もまともに機能していない発展途上国とは違う。先進国は死刑制度を廃止すべきだという方向に行っているのに、日本はその流れに逆らっている。先進国の姿勢として、どうなのかしら?」

「三谷さん、あなたのいう先進国がどこのことなのか分かりませんが……まあ、イメージ的にはヨーロッパやアメリカになりますか。
確かに彼らの中で、死刑制度を廃止する動きはあります。しかし全員がそう思っているわけではない。それに、たとえ死刑がなかったとしても、テロリストはその場で射殺ですし、凶悪犯を取り囲むときも、犯人に銃口を向けるのが普通です。そして、必要とあれば撃ち殺す。

制度として死刑がなかったとしても、裁判を受ける資格を得ることもなく、その場で、問答無用で死刑を執行しているとも言えると思います。
たとえば、銃を乱射して何十人もの人を殺傷した男がいて、制止しても聞かなかったら、当然撃ち殺されます。さらなる犠牲者を出さないために、現場判断で対応するわけで、それが許されているわけです。
もし犯人が投降して裁判を行っても、どんな理由があれ、精神が不安定になったら銃を乱射するような人間を野放しにできないし、何十人も殺しておいて、社会復帰というほうが不適切だと思いますよ」

「それでも、話は聞くべきだわ。なぜその犯人が銃の乱射という凶行に及んだのか。徹底的に調べるべきでしょ」

「調べることについては、私も否定しません。しかし、調べ尽くした後はどうします? 調べ尽くしたから、刑務所に何十年もいたから、罪を償えるわけではありません。殺された何十人もの人たちは戻ってきません。被害者の人生は、ある日突然、強制的に終わりにされてしまったんですからね」

「生きて罪を感じながら生きていくほうが辛いはずよ……死刑にしたらそれで……」

「確かに、いま先進国が行う死刑は安楽死だから、楽になる、というのは一理あると思います。日本は絞首刑ですが、それでも理不尽に殺される被害者に比べればどうということはない。

しかし、生きて罪を感じて、というのは、罪を背負って生きている、取り返しのつかないことをしたと、そう思う心がある人間に限ります。そういう心を持った人間なら、生きる中で後悔もするでしょう。しかし……その後悔の中身についてはどうです?」

「中身って、どういうこと……?」

「被害者を手に掛けたことに対する後悔とは限らないということです。ミスをして捕まり、自分の人生が傷物になってしまったことに対する後悔だとしたら、生きて苦しんだとしてもなんの意味もない」

「殺人までして、そんなふうに思う人間なんて……」

「いない、と思いますか?」

「……」

「世の中には、何をしようと、悪いのは自分ではなく世の中だ、世の中が悪いから自分はこんなことをしたんだ、という人もいますが、だから殺人が正当化できるわけではないですよね? もし犯人が罪悪感をもっていたとしても、手遅れなんですよ、殺人をやってしまったら。そんな人間に、人生をやり直す権利など与える必要はありません」

「加害者にだって人権はあるのよ!! そんな……」

「三谷さん、あなたのような人は、人権という言葉をよく使いますね。いわゆる先進国のメンバーが中心になって運営している人権委員会みたいなものも、よく人権を主張する。

確かに人権は大事です。しかし彼らは、被害者の人権については触れません。自分たちはテロリストを射殺するのに、何十年も裁判をやって調べ尽くしたテロリストを死刑すると、それは良くないという。

そしてどういうわけか、特定の国だけを批判し、もっと非人道的なことをやっている国については批判しない。たとえそれが、民族浄化であっても……なぜだと思います?」

「……」

「まず一つは、彼らはやり返してこない相手にしかモノを言わないということです。攻撃すれば反撃されて怪我をする相手には攻撃しません。イジメと同じですよ。やり返されるリスクがない相手を狙う。

もう一つは、自分たちに利益があるか、弱みを握られている相手には言わないということです。弱みを握られれば言動は制限されます。それを分かっている某国は、たとえば自分は能力があるのに認められていない……そんなふうに考えている人間に近づき、自分たちの手駒に仕立て上げる。一度”優遇”を受けたら、抜け出すのは困難です。

そう考えていくと、あなた方の行動にも疑問符がつきます。
純粋に、たとえ殺人犯であっても人権は大切にすべきだとして死刑制度に反対しているのか、それとも、死刑制度廃止を利用して日本を貶め、某国に利するように動いているのか。もちろん後者の場合は、死刑制度だけではないですよ。あらゆる方法で日本を貶めようと行動することになります。言論人なら、どんなメディアで、どんな発言をするかも関係してくる。あなたはどっちですかね、三谷さん」

「なんて失礼なことを言うのっ!! 私は変な団体や特定の国からお金なんてもらってない!! 何の便宜も図ってもらってない!!」

「それが本当なら、テレビでよく見かけるあなたの言葉は、どう解釈すればいいんですか? 本気で犯罪者の善意を信じているんですか?」

「テレビでは、私の意見など反映されない……私だけじゃない……コメンテーターや他の出演者も、自分たちの意見など言っていない。製作者サイドが作った台本通りにやっているだけ……評論家の人たちは、元々台本通りの考えを持っている人が多いけど、コメンテーターやタレントは、必ずしもそうじゃない……けど、それでも、そうしないと仕事がなくなる……

分かる?
もし彼らの意向に反することを言えば、二度と呼んでもらえなくなる……そうなったら、私は一瞬にして無職なのよ……!!」

「なるほど、やっぱり台本通りか。あんたはそんなもんだよな、三谷さん」

「うるさいわね!! 胡散臭いNPO法人をやって政治利用して金儲けしてるあなたのような下衆な男に、私の気持ちなんて分からないわ!!」

「胡散臭いとはなんだ!!」

「細田さん、今、三谷さんと話しているので、ちょっと黙ってもらえますか?」

「なんだ!! 命令する気か? 何様のつもり……」

「黙れ、と言ったんですがね」

「ちっ……」

「三谷さん、あなたの事情はお察しします。ですが、もし本当に、あなたがテレビで言っていることと反する意見をお持ちなら、ネットを使って自分の意見を主張してみる、という選択肢もあります。うまくいく保証はありませんが、支持する人もいるはずですよ。あなたが本当はどんな意見を持っているのかは、分かりませんけどね」

「……」

「では次は、枝野さん、あなたの意見を伺いましょうか」

「ようやく僕の出番ですか。いやぁ、犯人さん、僕はあなたの意見は、意見としていいと思いますよ。けど、凶悪犯と呼ばれる人たちを取材してきた僕から言わせるとねぇ、一つ抜けている視点があるんですよ」

「どんなことでしょう?」

「凶悪犯ってのぁ、仮に刑期を終えて外に出ても、今の時代、ネットで叩かれ、法律的には償ったことを蒸し返され、普通の人生など送れないんですよ。

彼らだって人間ですよ? 長い時間刑務所で過ごして、それでようやく外に出ても、噂はすぐに広がり、白い目で見られる。繰り返しますが、法的には罪は償っているのに、ですよ?
 
あんたは人殺しは罪を償えないと言ったが、刑期を終えたあとに待っているのは、死んだほうがマシだと思えるような残りの人生……そこを考えれば、あんたらみたいな人間にイジメられる被害者と言えなくもないですよぉ」

「人間の感情は、法的に罪を償ったからといって、もう大丈夫だと思えるほど簡単ではありません。それに、再犯のリスクは常に伴います。

ネット上でやたらと騒ぎ、関係のない家族や友人まで責められるのは、確かに行き過ぎだと思うことはあります。しかしそれは、メディアが率先してやってることもありますね。加害者の家族は何も関係ないのに、職場にまで押しかけ、人生を破壊する。メディアに罪の意識はないでしょうけど、やってることは犯罪みたいなものです。

ですが、凶悪犯本人についていえば、それだけのことをしたということだから、しかたないと思います。誰だって、自分の欲望を満たすために人を殺したり、強姦したりする人間が近くにいるのは嫌なものですよ。過去のことだといっても、またやらないと誰が言い切れます?
 
凶悪犯罪を犯した人間は、被害者ではありません。被害者や遺族の感情からすれば、自分たちの人生は壊れて二度と戻らないのに、殺した犯人は、苦難はあるとはいえ人生をやり直すことができる、それ自体がふざけている、ということになります。

それを、白い目で見られたり、ネットで騒がれたりしたことで被害者面するのも、納得はいかないでしょうね。なにより周囲の人間は、凶悪な事件を起こした人間が近くにいるのを知っておく必要があります。自分たちが被害者にならないように、用心するためにも」

「そうやって、白い目で見るようなことをするから、せっかく更生して、これからは世の中に少しでも貢献しようとする思いが踏みにじられて、また犯罪の道に引き戻されてしまうんですよ。周りの助けがあれば、もっと違う人間にだってなれるのに」

「凶悪犯に対して、更生というもの自体が無意味なんですよ。更生したから、なんだと言うんです? ごめんなさい、反省してます、それが心からの言葉だったとして、それがなんだというんです?
 
たとえば、仕事でストレスが、人間関係が……そういった、誰にでもあるものが積もり積もって爆発して、大量殺人を起こすような人間も稀にいますが、それを起こした犯人が反省したから、次回から気をつけてね、で済むと思いますか? 動機を聞き出して、世の中を今より良くするための、考える材料にするのはいいと思います。ですが、被害に遭った人たちはどうなります?

殺人であれば、殺された人たちは、やむを得ない事情でもなければ、大きな目的のために死んだわけでも、不慮の事故に遭ったわけでも、病気で死んだわけでもない。犯人の身勝手な行動によって命を奪われたんです。運が悪かったで片付けられる話ではないんですよ。

加害者の更生、反省、謝罪……それで済むと思いますか?
死刑になっても被害者は生き返りませんが、加害者にやり直す権利などないんですよ」

「自分の誤ちに気づき、やり直そう、今度は人のために全力で生きようとする、そういう考えに至ったとしても、やり直す権利はないというのかい?」

「ないですね。
凶悪犯が身を削ってがんばれば、被害者が生き返るというなら、やり直す権利に意味はあります。でも残念ながら、生き返ることはありません。被害者や遺族の中には、できるなら自分たちの手で殺してやりたいと思う人もいるでしょう。

しかし、もしそれが許されても、感情でどう思おうと、拷問したり、実際に殺すことには抵抗があるのが普通の人間です。たとえ相手が憎い敵であっても。だからといって、犯人が生きていることも許せるものでもない。
だから死刑がある。
死刑は、そういったことも考えた上での、譲歩なんですよ」

「譲歩……だって……? 法で人を殺すことが、譲歩だというのかい……?」

「普通の人は、人を殺すことに抵抗があると言いましたが、憎い相手、自分の大切な人を殺した人間なら、自分の手で殺す……本気でそう考え、実行できる人もいるでしょう。でも個人に復讐権を与えたら、世の中の秩序が乱れる可能性もあります。

そういった人間の感情を押さえ、納得させるためでもあるし、被害者が返ってこない以上、犯人も自身の人生を終わらせる以外に償う方法はありません。死刑以上がない、だからやむを得ず死刑、ということです。

そして、被害者は死ぬ時、恐怖と理不尽さと無念と痛みと……様々な感情の中で死んでいったのに対して、死刑は安楽死です。死刑が実行されるときに犯人が感じる恐怖など、同情に値しません」
 
「あんたは狂ってるよ……僕は、凶悪犯がなぜ恐ろしい事件を起こしたのか、徹底的に解明して、そういった事件を起こした人間が適切な環境の中に置かれた時どう変わるのか、それを調べることのほうが大事だと思う。

あんたの言う通り、再犯のリスクが0というわけではないから、監視員みたいな人が必要かもしれないけど、やり直す権利はある……」

「なるほど、その言葉、覚えておきますよ。
ところで玉木さん、あなたが所属する弁護士会は、凶悪な事件を起こしたテロリストたちが死刑になったとき、それに反対する声明を出していましたね? あなたもそれに賛成なのですか?」

「賛成だよ。君のように、人を拉致して討論だなどと、野蛮なことしかできない人間と違って、我々弁護士は考え方に知性があるからね」

「同じ弁護士会に所属していても、違う意見の方もいるのに、あんな声明を発表するんですか?」

「そりゃあ君、たくさんいるからね。違う意見の人間がいても何もおかしくはない。だが多数決ってやつで、死刑に反対という人間が多かったからそうなった、というだけだよ」

「多数決、ですか、なるほど」

「なんだ、何か言いたそうじゃないか」

「いえ別に。
それはそうと、あなたはなぜ、テロリストの死刑に反対したんですか?」

「まずね、君らのテロリストという言い方が問題なのだよ。やったことは確かに恐ろしいことだが、それをテロリストの一言で片付けてしまっては、何にもならんのだ。

幹部だった人間には、エリートが多かった。そういった優秀な人達が、なぜあんな恐ろしいことをしたのか。マインドコントロールを解明するためにも、もっと調べなければいけなかったのだよ」

「マインドコントロールの手法なら、もう充分解明されていますし、20年以上調べて、これからさらに何か出ると思いますか?

エリートの彼らがなぜあんな恐ろしいことをしたか? 雑な言い方をするなら、ナイーブだからですね。彼らは頭は良かったのでしょう。勉強もできて、人が羨むような仕事にも就けた。しかし現実の社会は学校とは違う。何が正解か分からないことと向き合い、考え、悩み、答えを出していかなければならない。

頭のいい彼らは、自分は社会に出てもうまくできると考えていた。しかし社会に出てみれば、自分より学歴もないのに金を稼いでいる人、問題が起こっても解決できる、本当の頭の良さをもった人がいる。一方で、国を動かすような立場になって、世の中を良くしようという情熱をもっていたが、変えることができない現実を前に絶望した。

生まれて初めて無力さを感じて、打ちし枯れている心には、カルトやインチキ占い師、詐欺師が付け込む隙間がたくさんあります。カルトは、最初は思いやりをもって近づき、ターゲットの信頼を得てから、徐々に外との関係を断ち切らせて取り込んでいく。そして気づいたときには、抜け出せなくなっています。

彼らはそうやって、隔離された世界に置かれ、カルトお得意の終末論から、世界を変えるためには自分たちが立ち上がるしかない、と思い込んだ。加えて、君たちはエリートなのだから……と、エリート意識に働きかけられた、といったところでしょうか。

まあ実際は、そう単純なやり方ではないと思いますが、自分が心酔する相手の言っていることがおかしいと思えるほど、賢明な判断力はなかったということでしょう」

「君の言う通りなら、悪いはカルトであって信者ではないだろう!」

「そうでしょうか? 心が弱っているところを突かれたのかもしれませんが、自分のやっていることを吟味する時間はあったはずです。頭がいいのであればなおさら、洗脳を施される前にね。にもかかわらず、冷静に考えることができなかった。

あの事件を起こしたあと、もしかしたら何人かは、とんでもないことをしてしまったと思ったかもしれません。でも、いまさら引けなかったでしょう。もし裏切るようなことがあれば、殺されるという恐怖もあったでしょう。実際、粛清も行われていたわけですからね」

「だったらそれは……!」

「でもそれだけではありません。いわゆる認知的不協和というやつで、自分が正しいと思ったことが間違っていたと分かっても、家族や仕事、財産……犠牲にしたものが多すぎて、いまさら間違っていたとは言えなかったでしょう。さらに、自分がエリートだという”プライド”もある。

どんな有能な人間でも、間違いや失敗はするものですが、そこに変なプライドを持っている彼らは、自らが間違っていたとは思いたくない。失敗を認められないのです。失敗は無能の証明だと、そういう考え方だからです。

そんな彼らだから、人を大量に殺してしまったあとで、間違っていたとは言えなかったんでしょう。言ったところで手遅れですけどね。あれだけの事件を起こしておいて、ごめんなさい、間違っていましたと言われても、罪が軽くなる理由としては弱すぎます。それにあなたは、そのカルトの教祖の死刑にも反対してたじゃないですか、玉木さん」

「そんな単純な話ではない!! もっと複雑な理由があるんだ。心理的なこと、環境、あらゆる……」

「いや、単純な話ですよ。あなたのような人が複雑にして、そこにまだ何かあるように見せているだけです。

終末論を解き、日本の転覆を目論んだテロリストの親玉に心酔した、現実と向き合えなかった一部のエリートが、文字通りのテロ行為や、自分たちに都合の悪い人間を殺害した凶悪事件。あれをテロリストではなく宗教団体と認識しているのは、あなたのような人ぐらいですよ、玉木さん」

「バカが!! 実際に複雑なんだ!!
どうやって、あんな凶悪な事件を起こせるほどの洗脳をしたのか。指示した人間たち、実行した人間たち、彼らがなぜそんなことをしなければならなかったのか……それをすべて解明することこそ、これからの日本のためになるのに、死刑にしてしまっては何にもならんだろうが!!」

「第二次世界大戦のとき、ナチスによるホロコーストに関わり、後にアルゼンチンで捕まって裁判を受けたアドルフ・アイヒマンは、自分は命令に従っただけで無罪だと、最後まで主張しました。異常者とだと言う人もいるし、彼が異常者であったほうが分かりやすくもあります。しかし彼は、テッド・バンディのような快楽殺人犯ではない。組織に従順な、真面目な人間でしょう、ハンナ・アーレントが言ったようにね。だからこそ、命令によってホロコーストに加担した。

後にミルグラム実験でも証明されたように、人間は環境によって残酷になれます。すべての人がそうだ、とは言いませんが、カルトの中にいれば、条件は揃っていると言えるでしょう」

「君の言う通りだとしたら、環境が変わればそれこそ改善されるじゃないか!! それを君は……」

「手遅れだと、そう言ってるんですよ、玉木さん」

「……!」

「なんの罪もない人を、ある日突然、理不尽に大量に殺しておいて、環境を変えてやり直すなど、許されると思いますか? 事件の全貌はすでに解明されていて、何を言っても手遅れの状況の中で、あなたの主張は死刑囚の延命措置にしか聞こえませんよ、玉木さん。

死刑になった幹部がいつまでもそうやって生きている限り、遺族は整理がつきません。死刑になって、ようやく一つの区切りが生まれる。事件の解明は終わり、そして死刑になった。それだけのことです」

「君は分かっていない……遺族もそうだ。死刑にして、自己の欲求を満たしているだけ……野蛮人め……!!」

「自己の欲求を満たしているだけ、ですか。死刑には、同じ犯人による新たな犠牲者を出さないため、ということも含まれますが、玉木さん、あなたはそこは見ないんですね」

「刑務所内でしっかりと教育すれば、二度と同じ犯罪を起こさないようにできる。私もそういった取り組みに、微力ながら協力している。君のように、死刑死刑言うだけじゃなくね」

「なるほど。そういった取り組みを否定する気はありませんが、どんな状況に置かれても、あなたはその姿勢を貫けますか?」

「何……? どういう意味だ……?」

「あの~、ちょっといいですか?」

「なんですか? 財津さん」

「あなたのいうテロリストの人たちは、もしかしたら、精神に問題があった可能性もあります。いや、彼らだけじゃなく、凶悪犯と呼ばれる人間には、子供の頃の環境に問題があったりして、精神に問題を抱えている例が少なくありません。」

「確かに、子供のころの環境に問題があったという話はよくありますが、死刑になったテロリストたちには、そんな問題はなかったはずですが?」

「ああ、すみません。言葉足らずだったかもしれませんね、申し訳ない……
でもその……あなたはさっきから、凶悪犯罪を犯した人間は死刑にすべきだと言ってますが、精神に問題があって、自分の意志とは関係なくというか、コントロールできなくて、それでという場合もあります。つまり、いわゆる責任能力がないというやつです。そういう人は、そういったことも考慮してあげないといけないと思うんですが……」

「責任能力の有無が、殺された人に何か関係があるんですか?」

「え……?」

「責任能力があろうがなかろうが、未成年だろうが酔っ払っていようが、被害者が人生を奪われたという事実には変わりはありません。もし責任能力がなく、人を殺してしまう危険があるなら、そこが解消されない限り、たとえ殺人未遂だったとしても、外に出てきてもらっては困るんですよ。それとも、殺された人は運が悪かった、しかたがないとでも言うつもりですか?」

「いや、そんなつもりは……しかし、精神に問題がある場合、それは本人のせいではない。それなのに、結果をすべて本人に背負わせるのは……」

「精神に問題があるなら、誰もが犯罪を犯すわけでも、殺人をするわけでもありません。ダークトライアドに含まれるサイコパスやサディストと呼ばれる人間であっても、誰もが殺人鬼になるわけではありません。

もし仮に、殺人を犯した人間が責任能力無とされ、”適切な”治療することで二度とこんなことは起こらないといって無罪になり、もしまた人を殺したら? そのときは、一体誰が責任を取るんです?」

「もし二度目となれば、それは本人に……いやしかし、それでも死刑にするんじゃなく、なぜそうなったのか、それを明らかにしていくことが大切で……」

「あなた方は、なぜを明らかにするのが好きですね。それは確かに大切なことではあります。しかし、精神疾患を理由に罪を免れるだけでも、被害者にとっては許せないことなのに、それがもう一度人を殺したら、二重の意味で許せないだろうし、二度目の被害者は、偽善者の自己満足と甘さに殺された、ということになります」
 
「偽善ではない……いや、そういう人間もいるだろうけど……そうじゃなく、純粋に、加害者と向き合い、彼らを助け、社会に貢献することの大切さを伝えたくて、懸命にやっている人だっているんだ……!」

「身勝手な理由で人を殺した時点で、手遅れなんですよ、何度も言うようにね。凶悪犯罪にも関わらず、たとえば未成年を理由に大人と同じ責任を負わせないなら、不足分は親に負ってもらうしかありません。未成年でまだ未熟だと言うなら、育てた親が責任を取る。それが嫌なら、本人の人生で責任をとってもらう他ありません」

「いや、それでは解決にならない……未成年はとくに、そのときの環境に問題があるなら、適切な環境に保護して、教育すれば、変わっていくものなんだ。未成年を死刑にするなんて、絶対にあってはならないんだ……!」
 
「財津さん、あなたも性善説を信じているようですね。それはあなたの自由だし、とやかく言うつもりはありません。しかし、それを凶悪犯罪者に適応するのは間違っています。あなたの周りの人間は、話せば分かるのかもしれないが、話し合いなど通じない人間も、世の中にはいるのですよ。
それと……未成年を死刑にしてはならないと言いましたね?」

「ああ、そのとおりだ……」

「私の隣に立っているこの男は、高校生の娘を六人の男子高校生に強姦された挙げ句、顔の形が分からなくなるまで暴行を受け、殺されました。あまりにも凶悪な事件であったにも関わらず、犯人たちは未成年を理由に死刑を免れた。成人なら、間違いなく死刑なっていたでしょう。
 
それから十年以上経ち、主犯だった男子生徒たちは再び犯罪を犯した。殺人こそないが、それに近いことはやってるし、強姦事件も起こしています。未成年を理由にせず、死刑にしておけば、その後の被害者はゼロで済んだ。分かりますか? ゼロです。ゼロで済んだんですよ。

彼の向こうにいる男も、21歳になったばかりの娘さんが拉致され、強姦され、ビデオに撮られ、何度も脅迫され、事件から三ヶ月後に自殺しました。犯人は捕まりましたが、余罪が合ったにも関わらず、懲役は10年にも満たない。裁判でも、まったく反省の色はなかったそうです」

「それは、その……」

「あなたは環境で変わると言いました。確かに、環境は人の行動や思考に影響します。しかし、自分から変わろうとしない人間は変わらないし、生粋の凶悪犯がそんなことで変わるはずがない……!」

「やり方が……更生プログラムや、その後の環境が悪かったんですよ……人は変われます……いい方に、変われるんです……」

「変わったところで、なんの意味もないんですよ。変わったところで、無残に殺された被害者、自殺に追い込まれた被害者、その遺族にはなんの関係もないし、何も変わらない。加害者が反省しようがしまいが、何も変わらないんですよ」

「それでも……私は犯人を恨むべきじゃないと思う……私は、そう思う……」

「なるほど、ご立派なことですね」

主犯の男は、そう言って六人の顔に視線を走らせた。

「さて、これであなた方全員の話しは聞けました。三谷さんはいろいろと思うところがあるようですが、他のみなさんはそうではないようだ。あくまでも死刑は反対、というわけですね」

「ふん、死刑など、野蛮な国のすることだ」

玉木は吐き捨てるように言った。

「ところでみなさん、この放送は、生放送として世界に流れています。つまり、生で自分たちの意見をぶつけあったわけです。やればできる、ということですね。

それなのに、なぜあなた方は議論を避けるんですか? それぞれがそれなりの影響力を持ち、メディアにも出られるのだから、対立する意見を持つ、同じように影響力がある人を集めて、議論すればいいのに、なぜかあなた方はそれをしない。

理由は?

おそらく、あなた方はネットが出てくる前の時代に戻したいのでしょう。オールドメディアだけが、一般人にとっての情報源で、それを盲目的に信じていた時代に。

ネットで様々な情報を取得し、自分で考えることができる、この時代において、まるで某国のように、情報統制をしようとしている。議論はせず、対立する意見は歪めて報道し、封殺する。火のないところに煙を立てるのが大好きな方々だ。

ずっと、自分たちの都合のいい情報だけを流し、国民を誘導してきたから、時代の変化による現実を受け入れられないのでしょうね。たまにまともなことをいう言論人がいても、ネットがなかった時代なら、自分たちが情報を流さなければ、広がることもなかった。一部の人間が本などでそれを知り、声をあげても、今のように広がることもなかった。

今は違います。

いくら情報を歪めて流そうと、コントロールしようとしても、一瞬でバレて、拡散されてしまう。時代の流れは早い。あなたがたはそれについていけず、自分たちがひた隠しにしてきたことや嘘が、白日の下に晒されたことに焦り、戸惑い、対立する意見を封殺しようと躍起になっている。だからリベラルを気取りながら、行動としては多様性を否定し、共産主義社会と同じというような状態になる。実に興味深い思考ですね」
 
「黙れ貴様!! この犯罪者め!! もうおまえの言う討論は終わりだ!! さっさと我々を解放しろ!!」

「細田さん、何を言っているんですか? これはテレビ番組の収録でも、普通の生討論番組でもない。本番は、これからなんですよ」

「何をする気……?」

「あなた方は、まるで信念のように死刑反対を口にする。それが信念なのか、それとも口だけなのかどうか、試してみましょう」

「え……」

「連れてこい」

主犯の男がそう言うと、一部を残して、部下たちが部屋から消えた。

「何をするつもりだ!!」

「すぐに分かりますよ」

「ふざけるなっ!! これ以上付き合ってられ……」

細田だけではない。
拉致され、さっきまで討論をしていた六人全員が、目の前の光景に言葉を失い、青ざめた。

「そんな、なんで……」

銃を突きつけられ、怯えている自分たちの家族……
六人は、自分たちが銃を持った人間に拉致され、いつ殺されてもおかしくない状況にいることを思い出した。そして、呆然とする彼らは、動けないように椅子に縛り付けられたが、自分の状況よりも、目の前に家族がいて、銃を突きつけられているという現実を前に、次に自分がどうするべきか、分からなくなっていた。

「なんで……」

「な……」

「あんたら何を……いったい何をする気だ……?」

「さて……ではもう一度聞きましょう」

主犯の男は、そう言って六人を見た。

「あなた方は、死刑に反対だと言いました。たとえどんな凶悪犯であっても死刑にせず、更生とやり直しの機会を与えるべきだと。そして、事件について徹底的に調べるべきだと。それは今も変わりませんか?」

「何を言ってるんだ……おい貴様!! これを解け! 妻に銃を向けるな!!」

「こんなことが許されると思うのか!!」

「私の質問に答えてください。信念は変わりませんか?」

「変わらないよ……だから、止めるんだ……」

「今やめれば、私は君らに不利な裁判にはしない。だから……」

「どうも、質問に答えたくない人が多いようですね。答えたのは石破さんだけ……まあいいでしょう」

主犯の男は、3秒ほど黙った後、部下たちのほうを向いた。

「やれ」

ダァンッ!!

言葉を合図に、銃声が鳴り響いた。
同時に血しぶきが飛び、細田の妻が倒れた。
確認するまでもなく、誰が見ても即死と分かる。

「慶子!!!」

「さて、細田さん。もう一度聞きましょう。人殺しであっても、死刑反対という信念に変わりはありませんか?」

「貴様……貴様らぁ!! 殺してやる!! 殺してる!!!」

「おやおや……殺してやるとは、死刑より乱暴ですね、細田さん。それに、あなたはさっきまで、犯人にもやり直しの機会を与えるべきだと言っていたし、加害者にも人権があるとも言っていました。あれは嘘だったんですか?」

「うるさい!! 自分の家族が目の前で殺されて……黙っていられるわけないだろうが!!!!」

「そうですよね。よく分かりますよ、その気持ち。ようやく分かったんですね。それが、被害者や遺族の声ですよ」

「……!!」

「次だ。やれ」

ダァンッ!!

「あ……ああ……」

「玉木さん、どうですか? 大切なお子さんを殺された気分は? あのテロリストたちが起こした事件でも、犠牲者の中に子供がいました。朝、いってらっしゃいと見送って、行ってきますと笑顔で手を振っていた我が子が、その日の夜に死体で帰宅する。これで、被害者側と同じ立場ですね。

ぜひ、あなたがさっき言ったとおり、私たちがなぜこんな事件を起こしたのか、長い年月をかけて解明してください。すべてが明らかになるまでね」

「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁっ!!!! 許さん……必ず死刑にしてやる……殺してやる……!!」

「あなたも変節ですか。まあ意見が変わることはある。立場や状況が変われば、見え方も変わりますからね。

さて、石破さん。
あなたは、相手に高圧的な態度を取るから反発を招く、というようなことを言っていましたね。なら、今この状況、私を説得して止めさせてみてください」

「馬鹿な真似はやめろっ!! こんなことをして……警察は必ず君らを捕まえるぞ!! そうなれば死刑は免れない!!」

「話し合いが大事だというから、もっと交渉人のような言葉を期待したんですが、やはり無理でしたか。あなたも財津さんと同じように、性善説を信じているようだから、一つ、どこまでそれを突き通せるかやってみましょうか」

「な、何を……よせ……!」

「あそこにいる、あなたの娘さん。高校3年生でしたね……自分の娘を強姦して殺した男を、あなたは許せますか? 話し合いをしようと言えますか?」

「おい……!! よせ……やめろ……! やめてくれ!!」

「やめろと言われても止めず、むしろやりたくなるのが凶悪犯なんですよ」

「やめろぉぉぉっ!!」

「しかしさすがに、これだけ人がいる中でやるのは、その子が可愛そうだ。奥でやれ」

主犯の男の言葉で、部下の一人が娘を連れて奥へ行き、しばらく悲鳴が続いた後、銃声が響いた。部下の男が、ズボンのベルトを締め直しながら戻ってくると、石破は目を血走らせ、顔は紅潮させて男を見た。

「どうですか? 石破さん」

「貴様ら……絶対に許さん……必ず私が殺してやる……この手で殺してやる!!!」

「ようやく真っ当な反応をしてくれましたね。
さて、ここでもう一度、あなた方に聞きましょう」

主犯の男は、六人一人ひとりをの目を見てから続けた。

「たとえば、生後10ヶ月の赤ちゃんを、泣きわめいてうるさいからという理由で殺し、母親を殺し、屍姦し、金銭を奪った強盗強姦殺人犯。
たとえば、人を騙し、金を巻き上げ、拷問し、子供でも容赦なく殺す人間。
たとえば、女子高生を拉致監禁し、集団で強姦し、殺す人間。

そんな人間に、更生して人生をやり直す資格があると思いますか? そもそもそんな人間が、そういう機会を与えられたからといって更生すると思いますか? 未成年だから、精神に問題があったから……そんな理由で釈放し、その人間がまた誰かの人生を壊したら、あなた方は責任を取れるんですか?
 
もし、本気で更生できるとか、やり直しをさせるべきだというなら、あなた方はよほど幸せな環境で生きてきたのでしょう。救いようのない人間の悪意を見ることなく……

それは運が良いことだったかもしれない。でも、これで分かったでしょう?
自分の大切な人が殺される恐怖と痛み……凶悪犯に良心などないということが」

「もうやめろ……これ以上、罪を重ねるな……」

「なんですか、その刑事ドラマのようなセリフは……まだ、そんな言葉が通じる相手に見えるんですか?」

「やめ……」

「やれ」

ダァンッ!!

再び銃声が響き、枝野の妻が倒れた。
枝野は発狂し、涙を流しながら叫び続けたが、しばらくすると、宙を見ながらブツブツと呟き出した。

「さて、次はあなたの番です、財津さん」

こめかみに銃口を突きつけられた財津の妻は、怯えきった表情で涙を流している。

「止めてくれ、頼む……君らだって、本当はこんなことしたくないんだろ……? こんなことをしても、誰も幸せになれない……私達の信念を試したところで、どうなるっていうんだ……お願いだから止めてくれ……妻を、解放してくれ……」

「意味はありますよ。現実を見せつけることで、考える人間が増える。編集なしの、生の現実を見ることで」

ダァンッ!!

「さて、財津さん。目の前で奥さんを殺されたこの状況で、あなたの信念に変わりはありませんか?」

「変わらない……」

「ほう」

「私は、あんたらみたいな卑劣な人間には屈しない……こんなやり方しかできない、あんたのような人間に絶対に屈したりはしない……私は妻と約束した……もし、私や妻に何があっても、犯人を許すと……だから、私はあんたらを恨まない……お願いだ、自首してくれ……私は君らを死刑にしろとは言わない。罪を償い、出所したら、今度は人のためになるように生きてくれ……」

「なるほど、財津さん、どうやらあなただけは、それが本当に信念のようですね」

「そうだ……言っただろう、私は許すと……」

「大したものだと言いたいところですが、それは……」

「どういうこと?」

「え……? な……おまえ、なんで……」

突然、財津の妻がむくりと起き上がった。
頭から血を流しているが、起き上がる動作を見る限り、怪我をしているように見えない。

「な……」

財津だけでなく、他の五人も状況が理解できず、瞬きも忘れて財津の妻を凝視している。確かに今、目の前で撃たれて倒れたはず……

「おやおや……まだ少し早いんですが、まあしかたないですね」

主犯の男は、ため息混じりに頭を振った。

「奥さん、あなたは旦那さんの言葉を聞いていたと思います。彼が言ったことは正しいですか? そして、彼の信念をどう見ます?」

「あなた……あなたは私が殺されても、犯人を許すのね……私が目の前で殺されても、あなたは犯人にやり直していいって……」

「いや、それは……」

「私は、あなたが私の死を引きずって幸せになれないなら、そうなるぐらいなら、罪を忘れて生きてほしい……そう言ったわ。けどそれは犯人を許すってことじゃない……あなたのために、忘れること、前に進むこと、犯人を許せない自分を許してと……そう言ったのよ。なのにあなたは……許せない……!」

「これは…どういう……」

「言ったでしょう? 試したんですよ、あなた方の本音を。その前に現実を見せたんです、目の前で。大切な人の命が奪われる、それがどういうことなのか、実感してもらうために。

まあ、実際に目の前で死を目撃することは少ないでしょうけど、裁判になれば、殺人の状況が確認されます。そこで初めて、遺族は自分の大切な人が、どれだけの恐怖に晒されて、どれだけ屈辱的で無惨に命を奪われたかを知る……それを示したかったんですよ」

主犯の男がそういうと、撃たれて死んだはずの人間たちが立ち上がり、石破の娘は、歩いて戻ってきた。

「慶子……」

「なんで、こんな……」

「最初に言ったはずですよ、危害は加えないと。あなた方の家族と話し、説得して、協力してもらったんです。あるネット番組の収録だと言って、ギャラも用意してね。だから当然、石破さん、あなたの娘さんもかすり傷一つ負ってはいませんよ。名演技でしたね」

「なぜ、こんなことを……なぜ、ここまでして……たとえ殺人や傷害の罪がなくても、こんなことをすれば、あんたらは一生刑務所の中だぞ? それなのになんで……私たちに現実を教える、それだけのためにやったのか……?」

「それだけじゃありません。広く知ってもらいたかったんですよ。人権という言葉が、やたらと強調される世の中で……加害者は、生きているというだけで人権が尊重される。人権を侵害され、奪われた被害者は、死んでいるからなのかなんなのか、加害者に比べて尊重されない。自分の思いを伝えることもできないのに……

だから、綺麗事でもっともらしいことをいう偽善者に、想像してもらいたかったんですよ。被害者や遺族の気持ちを。どれほどの苦しみかを……」

「そのために、自分の人生を投げ売ったというのか……」

玉木の言葉には答えず、主犯の男はマスクを取ると、カメラのほうに顔を向けた。

「あんた……あんたは青峰豪紀……そんな……あんたが私たちを拉致した犯人だったのか……」

青峰はそれには答えず、カメラに向かって話しだした。

「私は青峰豪紀。昔は私も、死刑反対を主張していました。しかし四年前、私は娘を殺された。10歳の娘を……そのときの苦しみは、言葉では言い表せません……

犯人を憎んだし、殺してやりたいとさえ思った……しかしそれでも、すぐに死刑反対を覆す気にはなれませんでした。そこで私は、凶悪犯罪とされる事件と、その犯人を調べ、被害者の遺族を訪ね、話を聞いて回ったのです。

遺族の中には、私が死刑反対を主張していることを知っている人もいて、すいぶんとキツイ言葉も浴びせられました。でもそれを静かに聞き、今の自分の立場や状況を話すと、彼らは私の話を聞き、同情してくれた……私の考え方は、そうやって少しずつ変わっていきましたが、それでもまだ、私の中には、何かを信じたい気持ちがありました。

それは、今まで何十年も主張してきたことを覆すことは、今までのすべてが無駄になる気がして、変節することを拒否していたからかもしれません。あのエリートたちが陥った感情に、私も囚われていたのです。
 
それから、自分の気持ちに答えを出せず、抜け殻のように生きていました。もしかしたら、そのうち痛みが和らぎ、冷静に考えられるようになるかもしれない……そんな甘い考えを浮かべながら……しかし、悲劇はそれだけでは終わりませんでした。

妻は、娘が死んだことに耐えきれず、精神を病んでしまい入院、半年後には息を引き取りました……体が生きることを拒否したのか、衰弱し、やせ細り……
 
私の人生は、完全に壊れてしまったんです……

何も考えることができず、妻の後を追うことを考え始めた頃、あるニュースが飛び込んできました。私の娘を殺した男が、責任能力無しで、死刑どころか、無期懲役にすらならないと……私はすべてを失ったのに、娘を殺した犯人は、のうのうと生きている……弁護士は、死刑濃厚と言われていた事件で減刑を勝ち取り、誇らしげにテレビの前で語っている……

そのとき私は、ようやく理解しました。被害者や遺族の気持ちを……そして、自分と同じような目に遭った人たちに声をかけ、賛同してくれた人だけを集めて、このチームを作りました。過激なやり方になってしまいましたが、この動画が、それぞれが考えるキッカケになればいいと思います。
 
……私たちは、これから警察に出頭します」

そこまで言うと、青峰は六人の拘束を解くように指示し、警察に電話し、自分たちがいる場所を伝えた。誘拐した六人と、その家族には、警察が迎えに来るからといって残ってもらい、自身は部下とともに、警察署に向かった。


-6- 霧がかった結末

警察署は、途端に慌ただしくなった。

生放送だと判明し、場所の特定を急いでいるうちに、犯人たちは正体を明かして事件は解決してしまったうえ、青峰が動画の終わりで言ったとおり、放送終了後、本当に警察に電話があったためだ。

誘拐された六人とその家族は、無事に保護されたのだから、良しとするべきなのだろうが、警察としては、自分たちは何もできないまま、犯人たちは目的を果たして事件解決となったため、モヤモヤとしたものを抱いた者も多く、上層部は緊急会議を開かざるを得なくなった。

「誘拐事件と今回の事件を捜査している刑事さんはいますか?」

電話を受けて、入り口で待っていた坂下の前に、一人の男が姿を表した。一時間ほど前に動画で見た、あの顔……

「青峰……」

「あなたが責任者ですか?」

「そうだ……」

「私は青峰豪紀。先程電話した、例の動画……死刑遊戯とでもいうかな……一連の事件を起こした首謀者です。仲間は、外の車で待機しています。銃もありますが、すべてモデルガンだから実弾はありません」

「本当に自首してくるとはな……」

「そう言ったはずです。私はウソはつきません。彼らには、悪いことをしたという気持ちもありますしね。でも、危害は加えないという言葉も、彼らを解放すると言ったことも、すべて守りました。自首するという言葉も、当然守ります」

青峰はそのまま逮捕され、彼の部下たちも、警察署の外に止まっていた車で待機していたところを逮捕された。

青峰が言ったとおり、車には多数のモデルガンがあり、犯行時に彼らがつけていたマスクも発見された。青峰はすべてを話したが、動画で語っていた以上のことは出なかった。部下たちも、誰一人として弁解せず、淡々と、なぜ青峰に従ったかを語った。

事件そのものは解決したが、一連の動画は拡散され、生放送の動画も、英語の字幕がついたものが出回り、青峰が希望したとおり、ネットはもちろん、一部のオールドメディアの番組や新聞でも、活発な議論が交わされる結果となった。

同時に、言論弾圧の動きも見られたが、今まで以上に、言論には言論の土俵で戦うべきだという雰囲気が強くなり、印象操作をしたり、事件を無理やり政権与党のせいにしようとする野党やオールドメディアは、今まで以上に求心力を失くしていった。

「おまえの希望どおりになったみたいだぞ。巷では、議論が活発になった。今回の件だけじゃない。他の事柄についてもだ。一部では、おまえを英雄扱いする輩もいて、それはそれで困ったもんだがな」

青峰がいる拘置所につくと、坂下は言った。

「坂下刑事、わざわざすみませんね」

「ああ、別にいいさ」

「私が思った以上に、反響は大きかったようですね。しかし英雄扱いとは……一部とはいえ、そういうふうに考える人がいることには驚きますね」

「何十人も殺した殺人鬼でも、カリスマみたいに思う人間もいるからな。おまえを慕う人間がいても、それほど不思議でもない」

「これで、私の寿命があと半年……いや、三ヶ月だったら、より劇的だったかもしれませんね。まあ、議論が活発になったのはいいことです。

あとは、私自身が裁判で、すべてを正直に話せばいい。
どんな判決も受け入れますよ。
たとえ、死刑でもね」

「……大した覚悟だ。
それで、話とはなんだ?
まだ事件について話していないことがあるのか?」

「ある男を連れてきてほしいんです。彼に、話しておかなければいけないことがあるので」

「ダメだ。今は人に会うことはできない」

「二人で会わせてくれとは言いません。弁護士もいらないし、坂下刑事、あなたが一緒にいてくれてもいい。裁判が始まれば時間はなくなるし、今しかないんです」

「ったく、しょうがねぇなぁ……名前は?」

「北沢悠真。
私が一時、大学で心理学を教えていたときに、慕ってくれていた生徒ですよ」

「その教え子に何を話す気だ?」

「悠真はたぶん、一連の動画を見たはずです。だから、私から直接、彼に話しておきたい。おそらく今、彼の中には様々な思いが渦巻いているでしょうから、万に一つでも、おかしな方向へいかないように……ね」

三日後。

坂下は悠真を連れて、再び拘置所を訪れた。

「悠真、久しぶりだな」

「先生……
 痩せましたね……」

「まあ、いろいろあったからね……」

「先生、俺は……」

「悠真、君は、私が起こした事件の動画を見たか?」

「見ました……主犯の男が、先生だということも、気づきました……ただ、信じたくなかった……だから、先生の家に行ったりもしたんですが……」

「ショックだったか? 私が変わってしまって」

「ショックでした……死刑に反対して、実際にたくさんの犯罪者を支援し、立ち直らせた人が、死刑を推奨するなんて……
生まれついての犯罪者などいない……遺伝子にそういう要素があっても、それだけで決まらない。環境が大きく影響するから、それを変えてやればいい。良心がないように見える人間も、良心を知らないだけで、忍耐強く向き合って、掘り出してやれば、気づくことができる……

そんなふうに言っていた先生が……けど、ショックだったのは考え方が変わってしまったことではないのかもしれません……先生が……憧れだった先生が、現実に屈してしまったことが悔しくて……それがショックなのかもしれません……」

「私も悩んだよ……
今まで自分がしてきたこと、やってきたことが、間違っていたと、何度もそう思わざるを得ない現実を突きつけられたからね……それでも、私は自分がやってきたことを信じたかったし、私が支援した犯罪者たちは、幸いにも再犯は起こしていない……だから、自分がしてきたことが、完全に間違っていたとは思っていない。

しかし、それでもやはり……私の認識は甘かったのだと、気づいてしまった。いや、気づかされてしまったんだ……

残念なことではあるし、悲しいことでもあるが、世の中には、決して社会復帰させてはいけない人間もいる。私はその現実からずっと目を背けて、歴史に残るような殺人鬼でも、もし自分が向き合えば、変えることができると思っていた……自惚れた考え方だったと思う。
 
良心がなく、罪悪感も感じない人間には、そんなやり方は無意味だ。それどころか、彼らが外に出るために利用されるだけ……私はそんな現実も、遺族の苦しみも理解しないまま、どこかで自分は良いことをしていると思い、それに酔っていたのかもしれない」

「先生……」

「悠真、君は企業カウンセラーだから、私のように犯罪者と向き合う機会はないかもしれない。だがもし、君がいずれ、私と同じような仕事をしようと考えているなら、私が教えたことではなく、私が動画で示したこと、今、私が言ったことを、決して忘れるな。自分や、これからできる君の家族を守るために、それは必要だ」

「先生、俺は……」

「話はそれだけだ。わざわざ呼び出さなくても、手紙を書こうかとも思ったが、手紙では伝わらないものもあるだろうと思ってね」

「先生が言ったこと、今の俺は、素直に分かりましたとは言えません……だけど、心に留めておきます。先生は、ウソはつかないから……」

「ああ、そのとおりだ。
元気でな、悠真……」

「あれを伝えるために、わざわざ彼を呼んだのか?」

悠真が帰った後、坂下は再び青峰のところにきて、声をかけた。

「ええ。彼は、私の講義を一番熱心に聞いていて、家に呼んで、個人的にもいろいろと教えた生徒です。彼を中心に、他の生徒も私の家にくるようになり、そこでもたくさんの議論をした……あのころは、まさか自分がこんなことをするとは思わなかったし、考えが変わるとも、夢にも思っていなかったですけどね」

「そんなものだ、人生というのは……」

「そうかもしれませんね……」

「一つ、聞いてもいいか?」

「なんです?」

「あれだけの事件を起こせるあんたなら、自分の娘を殺した犯人を見つけ出して、報いを受けさせることだって出来たはずだ。それをすることには問題があると、動画の中で言っていたが、それでも、そう考える人間もいる。それができる人間も……

なぜ殺したかが大事だと言うなら、娘を殺されたことと、家族を崩壊させられたことを理由に、正当性をアピールするというやり方で、世間に問うということは考えなかったのか?」

「私には、人は殺せませんよ。娘を殺した犯人に、殺意が芽生えたのは確かです。でも想像してみたら、無理でした……犯人を目の前に、その怯える目を見てナイフを振り下ろす……想像の中ですら、私にはそれができなかった……
 
世の中には、何のためらいもなく、中には笑いながらそういうことができる人間もいますが、私には、世界で一番憎い相手でも、それができなかった……それがまともな証拠なのか、腑抜けなのか……私には分かりませんが、とにかく、できないことは分かった……許すことができなくても、私にはできない……

その時点で、その選択肢は消えたのです。だから、今回の事件を実行するにあたって、それは考えませんでしたよ。

けど……私もまた、卑怯な人間なのだろうな……あんな動画を作って、生放送までやって、世界に流し、議論を促すと言いましたが、結局は私自身の、娘を殺した男を許せないという個人的な感情が、それをさせたのかもしれません」

「そうか……まあそれが、普通の人間なのかもしれないな」

「……」

妙だ……
何か引っかかる……

話しを終え、歩きながら、坂下はどこか、モヤモヤした気持ちを抱いていた。

青峰はウソをついていない……
だが、綺麗すぎる……

娘を殺され、家族が崩壊し、あんな事件を起こすまで悩んで追いつめられたのに、拉致した人間を一人も殺すことなく、危害も加えず、議論だけが活発になるように仕向け、本人は静かに裁判を待っている……

何かを隠しているのか……?
でも、いったい何を……?

それから一週間が過ぎた。
何事もなく、考え過ぎだったと思いはじめていた坂下のもとに、妙な情報が舞い込んできた。

「坂下さん、これ、どう思います……?」

「青峰に話を聞く……もしかしたら、ヤツが何か知っているかもしれない……」

坂下は、急ぎ拘置所へ向かい、青峰を呼び出した。

「坂下刑事、どうかしましたか?」

「青峰おまえ、何をした……?」

「何とは?」

「おまえの娘を殺した犯人……それだけじゃない。おまえの仲間だった、高校生の娘を強姦された上に殺されたという、鶴岡肇の娘の事件に関わった連中も、全員が行方不明だ、一人残らずな……」

「なるほど……しかし、私はずっと拘置所にいます。何もできませんよ」

「ああ、捕まった後ならな。だがその前なら? 何かを仕込んで、奴らを殺したんじゃないのか……?」

「坂下刑事、私はウソはつかないし、殺しもできません。だから、彼らがどこに行ったのかも知りません」

「本当に知らないのか……? おまえは犯人を許さないと言って……そうだ……おまえは、許すことはできないが、私にはできない、そう言ったな……?」

「ええ、言いましたよ」

「何を隠している……? すべて話せ!!」

「何も……言えることは、それも選択肢の一つだ、ということです。正しいのかどうかも分からない。彼らがどうなったのかも、分かりません。私はただ、委ねただけです」

「ちっ……」

これ以上聞いても無駄だと判断し、坂下は全力で、行方不明になった連中を探したが、彼らが見つかることはなかった。

目撃証言も、監視カメラの映像にもなく、遺体で発見されることもなく……綺麗に、まるで別の世界に行ってしまったかのように、姿を消してしまった。


-8- 末路

「ん……なんだ、ここ、どこだ……?」

「ようやく目覚めたね」

青峰の娘を殺した男……新沼は、声がしたほうを見た。

「おまえ誰だ……? ここはどこだ……?」

「ここは研究所。そして、君らがいるのは、檻だ」

白衣を着た男は、無表情で言った。

「檻……だって……? 君ら……?」

周りを見ると、他にも檻があり、その中に人間が入っている。

「なんだ……? なんで俺はこんなところにいる……? 研究所だって……? いったい何を……」

「君らの命は、私が買った」

「は……? おまえ、今なんて言った……?」

「君らの命は私が買ったと、そう言ったのだよ。公式には、行方不明だ。そして、二度と見つかることはない。遺体で発見されることすらない。永遠に、行方不明だ」

「何分けのわからねぇこと言ってんだ……てめぇ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」

「もちろん思っているし、実際、私には何も起こらない。それに、君らのような救いようのない凶悪犯は、行方不明になったところで誰も困らない。それどころか、喜ばれる」

「ふざけんな……! 俺は正式に釈放されてる!! これは人権侵害だぞ!! 弁護士に頼んで……」

「人権? ふふ……まさか君は、自分に人権があると思っているのかな? 君が目を覚ます前にも、あそこにいる男が同じようなことを言っていたが、やはりその程度の知性しか持ち合わせていないのだね」

白衣の男は、呆れたように首を横に振った。

「君らは本来、死刑にされるべき人間だったわけだが、残念なことに刑を免れ、釈放までされている。それは法的には問題ないのだろうが、世の中には、それを許さない所がある。

あっちにいる連中は、ある女子高生を集団で強姦し、殺害した連中だ。主犯の数人以外も、関わった連中はすべて集めた。自分は主犯ではないから、などという理屈は、私には通用しない。関わった人間は、すべて買い取る主義でね。

まあそう言っても理解はできないだろうから、簡単に説明しよう。
君らは、私のモルモットだ。
実験用マウスと同じ。

だが扱いとしては、君らのほうが下だ。実験用マウスは敬意を払われるべきだが、君らに敬意は必要ないからね。生かすか殺すかは私次第。

君らの悲鳴は、誰にも聞こえない。
君らが殺した被害者の悲鳴が、誰にも届かなかったようにね。

それと、私は君らを正義のために裁くのではない。
ただのモルモットだ。
私の研究のために役立ってもらう。あらゆる人体実験を行い、使えなくなったら廃棄処分にする。慈悲を期待しても、そんなものは持ち合わせていない。

説明は以上だ。状況は理解できたかな?」

「おまえ何言ってんだ……理解できるわけねぇだろ!! 何がモルモットだ!! 人体実験なんて許されると思ってんのか!!」

「10歳の少女を殺した男が、何を言ってる? だがまあ確かに、普通の人間をモルモットにするのは気が引ける。私は正義の味方ではないが、一般人をモルモットにするほど鬼畜ではないからね。

だから、君らはちょうどいい。
すでに償えない罪を犯し、生きていても迷惑なだけ。無駄に身体が丈夫なだけで、モルモット以外に使い道がないからだ。残念ながら、質のいい被験体とは言えないが、その分安価でもある」

「刑期は終えたぞ! それは償ったってことだろうが!!」

「君の頭の悪さは絶望的だな。
君らがやったことは、そんなことで償えるほど軽くはない。法では限界があるから、私が買ったのだ。

私はモルモットが手に入る。
売り手は無念を晴らせる。
これもまた、需要と供給だ。
ついでに、世の中の脅威が一つ減る」

「おまえは狂ってる……悪魔だ……」

「ああ、そのとおりだ。私はサディストで、いわゆるマッドサイエンティストというやつだよ。だがね、君らが殺した被害者も、君らが狂ってると思っただろうし、悪魔だと思っただろう。今更自分が人間だと主張しても、遅いのだよ」


坂下たち警察は、行方不明になった元殺人犯たちを見つけることはできず、青峰は、それについて何も答えなかった。おそらくは本当に、連中がどこに行ったのか、分からないのだろう。

「いったいどうなってんだ……連中が消えたのは、偶然じゃないはずだ。それなのに、何一つ連中に繋がる情報がないなんて……」

捜査一課の椅子にもたれて、坂下はため息をついた。

「でも、厄介者が消えたと思えば……」

「バカ。連中はあれでも、刑期を終えて正式に釈放されてるんだ。一部、別件の容疑者になってるやつもいるが、まだ正式には容疑は固まってない。つまり、感情的にはどうでも、犯罪者ではないんだよ」

部下の刑事にそう言いながらも、坂下は自分の中に歯切れの悪さを感じていた。いくら法に照らして裁かれると言っても、法を作ったのも、裁判を行うのも、判決を下すのも、人間なのだ。

実際、刑事として納得のいかない判決も、これまで何度も見てきた。だが、人間が作ったシステムである以上、完璧なものなどない。納得がいかなくても、それを受け入れるしかない……

しかし、もし納得できない結果を提示されたあとで、別の選択肢……自分が望むような選択肢を提示されたら、人間はどちらを選ぶのだろう? 法に委ねるか、法の外に委ねるか……

青峰は、後者を選んだのだろうか?

選択肢の一つ……青峰はそう言った。それが何かは分からないが、誰かの手に委ねた、ということなのかもしれない。

でも、いったい誰に……?

知ったところで、自分に何とかできるものなのか?
いや、なんとかすべきものなのか?

「やめた、考えたところで、答えは出そうにないしな……」

「え? なんですか?」

「なんでもねぇよ。飯でも食いに行くか」

「ああ、いいですね。さっきから腹が鳴りっぱなしだったもので……」

「呑気なやつだな……」

何が正しいか分かっていても、それを選択できないこともある。人間は非合理的で、清く正しく美しいものでもない。そんな、ある種当たり前のことを理解し、人間に期待しすぎないことが、平穏に生きるために必要な要素の一つなのかもしれない。

行きつけの定食屋へ向かう途中で、坂下はふと、そんなふうに思った。

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