「ショートショート」Call
本文:1930文字 読書目安時間:4分
表紙画:ぱくたそ より
スマホが鳴っている……。
伸也はベットの上で舌打ちした。意識はまだ微睡みの中だ。
仲間とかなり飲んだ。明日は大学も休みだし、バイトもないので、朝のんびりできる。だから、夜中まで飲み続けていた。
うーん、と唸り、泥のようになった身体をもぞもぞと動かす。
おかしいな……?
泥酔していたとは言え、通知音や電話に眠りを邪魔されないよう消音にしていたはずだ。
怪訝に思いながら、スマホを手に取る。
薄目を開けて、モニターを見た。そこに、見覚えのある顔の映像……。
沙梨……。
ウインクしている彼女の顔。これは、まだつき合っている頃に撮った写真だ。
何だよ、今頃……。
この写真を撮ってから、1ヶ月と経たないうちに別れていた。
どちらも相手を真剣に思っていたわけではない。いわゆる遊びに近い。軽い気持ちでつきあい始め、適当に遊んだ。そういう関係だったはずだ。
沙梨は仲間内では奔放な女と見られていた
伸也もどちらかというと、一人の女に縛られるのを嫌う。いわゆる遊び人だ。
出るかどうか迷った。面倒くさい。眠い……。
時間を確認すると、夜中の2時半だ。
いいや……。
伸也はスマホを放り投げた。すぐに諦めるだろうと思い、また眠りにつこうとする。
案の定、呼び出し音は消えた。
ホッとする。
おっと、いかん。今度こそ消音にしよう、と再度スマホを手に取る。
だが……。
なんだこれ?
きちんと消音になっていた。では、さっきのはなんだ?
少しだけ、背筋がぞわりとする。
きっと酔っているから、何かの間違いだ……。
深く考えるのをやめた。改めてベットに身を預け、瞳を閉じる。
しかし数分後……。
電話だ。スマホが鳴っている。
どうなってんだ……? 伸也はのろのろと上体を起こし、スマホを手に取る。
モニターには、沙梨の笑顔。しかたなく出る。
「ヤッホー、伸也、元気?」
夜中に不自然な、明るい声。むしろ気味が悪いくらいだ。
「元気じゃねえよ。何時だと思っているんだよ」
「いいじゃん、どうせ、明日暇なんでしょ?」
「一体何の用だよ?」
不機嫌さを隠さずに言った。
「声が聞きたくなった」
「ふざけんな。時間を考えろ」
「つれないなぁ、前はいつ連絡しても応えてくれたのに」
そう、以前はそうだった。彼女は時間など気にせず、いつでも気が向いたときに連絡してきた。つきあっている頃はそれを面倒に思いながらも、楽しくもあった。
「私たちさぁ、何で別れちゃったのかな?」
「忘れたよ、もう、そんなこと……」
「何よ、私、けっこう真剣だったんだよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
溜息が出た。まだ、頭の奥が霞んでいるようだ。もしかしたら、これは、酔った末に見ている夢ではないか、とさえ思った。
「みんな、私のこと誤解してた。私、本当は恋愛に真剣だったんだよ。表向きだけで、遊んでる女だって思われて……」
少し寂しそうに言う沙梨。
確かに、そう感じたことが何度かあった。噂と違い、この女、もしかして真面目なんじゃないか、と……。
当時の記憶が、雪崩のように蘇ってきた。
つきあい始めてしばらくして、沙梨の意外に一途な面を垣間見て戸惑った。だから面倒に感じて、別れようと思ったのだ。
そういえば……と妙なことを思い出す。
この部屋で一緒に飲んでいるとき、沙梨は変なサイトに登録した。それは「永遠の愛の約束」とかいうお遊びサイトだ。どちらかが裏切った場合、何か罰を与えられる、という触れ込みの……。
沙梨はふざけて「その場合は伸也を食べちゃおうかな? 丸呑みにして」と言いながら、そのままをサイトに入力していた。
酔っていての戯言だが、その時一瞬真剣な表情になり、鋭い目つきでこちらを見てきたのが記憶に残っている。
ふと、ある事に気づき、背筋が凍った。酔っていたし不意のことなので忘れていたのだ。
風の噂で聞いた。
別れてから1ヶ月ほど後、沙梨は最寄りの駅で深夜酒に酔ってホームから落ち、電車に轢かれて……。
酔っぱらっての事故だろう?
誰かがそう言っていた。
「ちょっと待て、沙梨……」
声が震える伸也。酔いはあっという間に覚めた。
あれは、事故じゃないのか? もしかして自殺……そして、原因は……?
「どうしたの、伸也?」
「おまえ、確か……」
死んだはずでは……とは言えなかった。だが、彼女は悟ったようだ。
「フフ……。なんだ、やっと思い出したの?」楽しそうに笑ったあと、彼女の声は地の底から響くような激しいものに変わった。「そう、罰を与えにきたのよっ!」
ひっ、と叫んでスマホを布団の上に落とす伸也。
モニターには沙梨の顔。血まみれだ。真っ赤な目が彼を見据えている。そして、口を大きく開く。そこには、漆黒の闇が……。
モニターから飛び出した沙梨の顔、そして大きく開いた口が、伸也を呑み込んだ。
「ツー、ツー」という音だけが、闇の中に残った。
Fin
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