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感動したい人生(後編)

 映画か、ドラマに携わる仕事をする。
それは生まれて初めて、本当に心の底から願った夢であった。進路を決める時に、到達点に一番近そうな、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科を志望することにした。無事に現役で合格し、在学中に美術制作会社へインターンで働くことができ、程なく「映画のエンドロールに名前が載る」という夢を達成した。達成したはずだった。
 その頃から、自分のやりたいことと掲げていた目標にずれを感じていた。撮影所で大量の廃棄物を見るたびに、明け方まで続く撮影に、不規則な生活と体調の変化に、この道を進むことへ迷いが生まれた。それよりも長く使えるのも、陶器や木工製品など手作りの品に強く惹かれていた。売り手になりたいのか、作り手になりたいのか。作り手になるとして、一生を捧げられるものとは一体何なのだろう。でも、悩むにはもう時間がなかった。大学4年生の秋のことだ。
 結局、新卒で入った会社は撮影スタジオの美術部だった。高校生の時に掲げた夢を中途半端に引きずってしまった。それでも、憧れていた業界で正式に働けることは嬉しかった。ただ、お昼休憩の時に空を見上げた時、深夜に自販機でお汁粉の缶を買う時に、それでいいのか?という声が湧いてくる。そこで、そのまま、ずっと働いて、そうやって暮らしていくのか?
 仕事が生活の一部になると、思い描いていた感動はどこにもなかった。それよりも、いつも疲れていた。人間は、疲れていると感動もできないらしい。エンドロールに自分の名前が載るのを見て、感動する私は空想だった。
 働き始めて2年が経った時、すでに違う夢を掲げるようになっていた。「自分の店をもつ」それは、大学4年生の時に最後まで決めきれなかったことへの再挑戦でもあった。と同時に、一度でいいから自分の好きなように空間を作りたい、という欲でもあった。
 人生とは不思議なもので、現社長で大学の同級生だったMから東京に用事があるから東京駅で会おうと連絡が来る。駅中のカフェのようなところで、自分の店をもてたら楽しいだろうね。Mさん、昔ゲストハウスやりたいって言ってたよね。多分、その程度の話しかしていなかったのに、翌週には内見に行くから静岡に来れる?とLINEが届いた。乗ってしまおうか、と思った。
 その後も、感動できる場面はたびたび訪れる。店のオープン日なんていうのは最たるもの(しかも三回)だが、やはり感動はしなかった。夢が叶って嬉しい、という感覚はほとんどない。もうその時には、また別の夢ができてしまっていたから。私はいつも、三年前の夢を地道に叶えて生きてきたんだな、とその時に気づいた。
 おそらく、私が感動する時は店を閉じる時なのではないかと思う。それはまだ先になるように、平坦な毎日を生きていく。


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