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ちいさな星と夏の夜


キャンプに行く日が決まってから、裕翔は、ずっと有頂天だった。

はやく、明日が来ないかと、ワクワクして気が気じゃなかった。のんきに空を渡っている太陽を急かしたいくらいだ。

行く先は、静かな山奥にあるキャンプ場で、夜になると満点の星空が見えることで有名な場所だった。

裕翔は、筋金入りの星好きだった。ただ見ているだけで、落ち着いた。

幼稚園のころ、裕翔は、「星は夜が好きなんだ」と思っていた。夜にしか星は姿を見せないし、昼間はあまり好きじゃないからどっかで寝ているんだと、本気で信じていた。

そのことをお父さんに話すと、お父さんは優しく笑って、「裕翔は、えらいな」と褒めてくれた。

裕翔は、すっかり星に夢中になった。プラネタリウムには、よく連れてってもらっていたけど、やっぱり、本物の星空が見たかった。

問題は天気だった。

裕翔は、特別、雨男ってわけではなかったが、それでも心配だった。これほど楽しみにしている予定をつぶされたら、たまったもんじゃない。

裕翔の日課は、これまでほとんど気にしたことがなかった、朝の天気予報を見ることになった。

キャンプに行く日を含めて、一週間分の天気予報では、晴れマークが並んでいた。雨が降る気配はなさそうだ。裕翔は一安心した。しかし、油断は禁物だ、夏の天気は変わりやすい。

数日後、裕翔の悪い予感は、的中した。

南の海上に、台風が発生したのだ。

一週間の天気予報は、急にグレーや水色の彩りに変わり、台風の進路は、もろにキャンプ場を直撃していた。近年まれにみる、最大級の台風が日本列島を横断するらしい。

裕翔は、暗い気持ちになったが、てるてる坊主を作って、とにかく空に向かって、願掛けをした。

(どうしても星空が見たいです。なんでもいうことを聞きます。晴れてください。お願いします)

もしかしたら、裕翔の気持ちが通じて、台風も気分を変え、さっさと通り過ぎてくれるかもしれない。それに奇跡的に、キャンプ場だけを避けてくれる可能性だってある。

そんな淡い期待を抱いたものの、現実は、そうはうまくいかず、当日を待たずして、キャンプは中止になってしまった。

両親は、「また行こう」と肩を落とした裕翔を慰めたが、裕翔の耳には、その言葉は全く届かなかった。

キャンプ場に行き、みんなでテントを組み立て、夕ご飯の準備をし、バーベキューをして、夜になったら、星を眺める。そんな想像を毎晩のようにしていたのに、もうそれは実現不可能になったのだ。

お父さんは、「また機会がある」というようなことを言ったけど、それはいつになるんだろう。

その日、裕翔は終始、不機嫌だった。台風をうらんだ。こんな態度をとっても、どうにもならないことはわかっていた。しかし、この不満をどこにぶつけていいのかもよくわからなかった。

その夜は、バーベキューのために買い込んだ食材を、ホットプレートで焼いて食べた。お母さんがしきりに「おいしいね」といっていたが、裕翔は黙ってうなずくだけだった。

その気遣いが、いまは、うっとうしい。裕翔は、素直に「おいしい」とは言えなかった。そんな裕翔を、お母さんは心配そうに見つめていた。

裕翔は、早めにベッドに潜り込んだ。薄い毛布を頭からすっぽりかぶって、できるかぎり光を遮断した。とたんに、目の前は真っ暗になり、その暗さに裕翔はゆっくりと落ち着きを取り戻す。

ずっと目を開けていると、次第に暗闇にも慣れてきた。しばらく仰向けになって、ボーっと天井の方向を見上げていると、きらりと何かが光った。

それは、裕翔の胸のあたりで、ちいさな光を放っていた。見間違いかと思ったが、確かにそれは星だった。暗闇の中にポツリと、淡い光をともしている。裕翔は、瞬きもせずに、その星を見続けた。

翌日も、そのまた翌日も、毛布をかぶると、星は変わらない姿でそこにあった。

裕翔は、星に触ろうとしたが、すんでのところでやめた。もし触れたら、星が消えてしまうと思ったからだ。

その星は、裕翔の傷ついた心をじんわりと癒してくれた。

裕翔は、ふと、あの日見るはずだった満点の星空が見たいと思った。黄色のペンを机の引きだしの中から急いで取り出すと、薄い毛布に星を何個も書き加えた。お母さんに怒られるのを覚悟で。

すると、裕翔が描いた、ただの黄色い点が、まばゆい光を放ち始めたのだ。それは、間違いなく星の輝きで、瞬く間に布団の中の暗闇には、満点の星空が映し出された。

本物の星空だ。

裕翔は、口を開けたまま、その星空を見上げた。心臓のドクンドクンという音がよく聞こえる。裕翔はあまりの美しさに息を飲んだ。     

それからというもの、裕翔は自分専用のプラネタリウムに閉じこもるようになった。星を見ることは、まったく飽きなかった。夜になると、すぐに毛布の中に入り込み、自分だけの星空を楽しんだ。

ある日のことだ。いつものように、夕飯を急いで食べ終え、お風呂に入り、毛布のなかに潜り込んでいると、リビングの方から声が漏れ聞こえてきた。

「あの子、最近、早く寝るようになって」

と、お母さんの心配そうな声が聞こえてくる。

「いいことじゃないか。子どもは寝るほどよく育つ」

と、お父さんは、疲れた声で返す。

「でも、あんなに好きだったゲームもしないで、布団に潜り込んで・・・。相当ショックだったのかも」

「ショック?」

「うん。キャンプ行けなかったことがショックだったと思うの」

「そうか。でも、落ち込んでいる感じはないよな」

「そうなの。それが不思議で。むしろ楽しそうな感じもして」

「楽しそう?」

「次の休みにでも、キャンプ行けない?」

お父さんは、黙り込んだ。

「毎日、話もせずに、布団に潜り込むの」

お母さんは、ぽつりといった。

お母さんとお父さんは、裕翔のことを話し合っていた。どうやら裕翔は、心配されているようだった。

お父さんの足音が、ふいに裕翔の部屋に近づいてくる。裕翔は、あわてて目を閉じて、寝たふりをした。お父さんの足音が裕翔のベッドの前に止まると、お父さんは「裕翔」と呼びかけた。

少しの間が空き、顔を覆っていた布団がゆっくりとはがされた。裕翔はドキッとしたが、寝たふりを続行した。

お父さんの顔は、見えなかったけど、たぶんさびしい顔をしていると思った。それから、お父さんは、布団の乱れを直すと、すこし佇んでから、部屋を出ていった。

裕翔は、お母さんとお父さんに心配をかけていることにまったく気付かなかった。お母さんとお父さんを困らせることは、裕翔にとって、とても苦しいことだ。けど、この毛布の裏を見たら、なんて言うだろう。

お母さんに怒られるのは、目に見えている。そう思うと、中々言い出す勇気が出なかった。

星空を見ていることを言いだせずにいると、突然、お父さんとお母さんがケンカする声が聞こえた。お母さんは、キャンプに行こうと言ったが、お父さんは休みを取るのが難しいと言った。

裕翔は、とうとう決意した。

裕翔は、布団から出て、リビングに向かった。お父さんとお母さんは、気まずい雰囲気だ。裕翔は、何も言わず二人の手を握り、自分のベッドの前に連れて行った。

「ごめんなさい」

裕翔はいった。お父さんとお母さんは、不思議そうに顔を見合わせた。

裕翔は、「布団の中に入って」というと、お父さんとお母さんは困惑した表情を浮かべたが、裕翔に従った。小さなベッドに三人が川の字になって、収まる。

裕翔は、「いくよ」といって、毛布を三人の上に思いきってかけた。目の前は、とたんに暗くなった。

「光が入らないように小さくなって」

裕翔がいうと、お母さんとお父さんは、わけもわからないまま、体を縮こませた。毛布の中の暗闇は、一層深くなる。

暗闇に目が慣れるときを見計らって、裕翔は、「上を見て」とお父さんとお母さんにいった。すると、まばゆい光を放つ満点の星空が三人の目の前に姿を現した。お母さんは、「きれい」とつぶやき、お父さんは、口をあんぐりと開け、驚いていた。

「いつもこれを見ていたの?」

お母さんは、裕翔に聞いた。

「うん。お父さん、お母さん、もうケンカしないでね」

泣きそうになっている裕翔の頭を、お母さんとお父さんはやさしく撫でた。

それから、三人は時間を忘れて、満点の星空を眺め続けた。

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