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猫時計と時の本

 

 心地いい雨の音。
 さーっと心に響く。
 通り過ぎる車の音が、雨音にリズムをつける。

 とても心地よい。


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 外を歩く人の会話はいつもより少ない。
 ただ雨の音が窓の外から聞こえてくる。


☆ ☆ ☆

 

 「今日は何にいたしますか?」
 そうだ、窓の外を眺めていて注文するのをすっかり忘れていた。
 「薔薇の紅茶を」
 「かしこまりました。少々お待ちください」


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 わたし以外にお客はいなかった。
 猫の置時計がカチッカチッと鳴っている。木彫りの懐かしい雰囲気の時計。いつもならこの音が一番大きく聞こえるのに、今日は雨の音でそれほどでもなかった。


 わたしはこの喫茶店に来ると猫の時計に心の中で話しかけている。なんだか生きているようで、不思議な存在感がある時計。

 

 『今日もお疲れ様......』

 わたしはいつものように猫に話しかけた。


 『わたしは時計。毎日欠かさず時を刻みつけることが仕事です』

えっ?猫がしゃべった?!


 『あなたしゃべれるの?』

 『たまにしゃべります。話したい時に』


わたしはびっくりして目をパチパチさせた。


 『いつもそこにいて退屈じゃない?』

 『いいえ、そんなことはありません。
 時のリズムは心地いいのです。止まってしまったらつまらない。わたしは時のリズムが好きなのです』

 『そうなんだ。わたしもカチッカチッていう針の音好きよ』

 『ありがとうございます』

 『たまにリズムを変えたくならない?そんなことないか?』


 すると猫の目が光り、いつの間にかどこか見知らぬ場所にいた。


☆ ☆ ☆


 『ここはどこなの?』

『時の部屋でございます。ここで時が作られるのです』


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 『時が作られる?』

 この不思議な場所では猫はどこからどう見ても普通の猫だった。

『あった、ありました。あなたの時の本。これを見てみましょう!』


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 器用に両手で本棚の赤い背表紙の本を取り出すと、二本足で歩いて小さなテーブルの上に置いた。

 透明に透き通ったテーブルはちょうど猫が本を読むのにぴったりな高さになっていた。わたしからするととっても小さな可愛らしい大きさ。


 『あなたは……そうですね、あの喫茶店にいる間はとてもゆっくり時が流れるようになっています。いつもよりのんびり出来るでしょう?』

 わたしは確かにと思った。いつきてもリラックスできる心地いい空間だ。マスターもとても優しくて雰囲気のよい人。


 『そうですね……時の使い方がとてもうまくいっているようです。時々、時がはやくなると疲れてしまう傾向があるようだ。ゆっくりできる空間を大切にしてくださいね』

『そういうことがその本に書いてあるの?』

『はい、あなたの時の本ですから』

『面白いわね、はじめて聞いた。ありがとう猫さん。ゆっくり過ごす時間を大切にするわ』


猫の声が遠くから聞こえる。


 『わたしは時の番人。時を守るものでございます。時の使い方は人それぞれ。同じ場所にいても、そうあの喫茶店に来ていらっしゃるお客様も、すべて違う時の過ごされ方をしているのです』


☆ ☆ ☆


 「お待たせいたしました。薔薇の紅茶でございます。よろしければ紅茶のクッキーもどうぞ」

 気がつくと、わたしは喫茶店に戻っていた。目の前には美しいカップに入った薔薇の香りがふんわりと漂う紅茶とクッキーが3つ。


 猫の時計を見る。
 カチッカチッと時を刻み続けている。

『あなたは時の番人なの?』

一瞬、猫の目がキラッと光った気がした。


 わたしはゆっくり薔薇の紅茶とクッキーを楽しむことにした。


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