拝啓、篠崎愛様

暖かな日差しと肌を刺す冷たい風が吹き込むたび、北海道にも春が訪れたのだなと感じます。

初めまして。アライと申します。
北海道でくすぶった人生を送っております。
昔から篠崎愛様に憧れを抱いておりまして、いつか篠崎愛様の人生に交わることができたなら、こんなことをしてみたいと考えております。
今日はこのnoteを使って、篠崎愛様とやりたいことを僭越ながら述べさせていただきます。

もしも私が篠崎愛様の事務所の後輩だったら

突然のご飯の呼び出しにも5分以内に返信してその場に駆けつけます。
呼び出された先はエスニック系のおしゃれなご飯の美味しい戸建ての居酒屋。
外壁にはこれでもかというほどツタがはっていて、重たいドアを開けると東南アジアの市場で売ってそうな象の置物とサンダーバードみたいな帽子をかぶったアジア系の店員さんが「いらっしゃいませー」とお出迎えしてくれます。
「「神崎」で先に入っていると思うんですが」と店員さんに伝え、奥の方にある半個室に通してもらいます。
「神崎」と言うのは、私と篠崎様のマネージャーさんの名前です。

薄い紫の間仕切り越しに背をピンと伸ばしながらビールを飲む篠崎様が見え、私は少し呼吸を整えます。
「お疲れ様です。すみません、お待たせしてしまって」
「おそいぞ」
少し乱暴に答える篠崎様はすでにお酒が回っている様子で、最近始まった篠崎様の番組プロデューサーと一軒目に中華が出てくる居酒屋に言った後に私を誘ってくれたようでした。
いつも私に連絡が来るときは、篠崎様がとにかく誰かに話を聞いてほしいときです。

「今日はどれくらい飲んでるんですか?」
「んー、どうだろ」
「どうだろって言うとき、大抵結構飲んでますよね」
「うるさいな」

どんなときでも笑顔で人当たりのいい篠崎様は、私にだけ冷たいです。
私のデビュー当初、とある雑誌の取材で憧れの人は?と聞かれたとき、「篠崎愛さんです」と答え、その年の事務所の忘年会で初めて篠崎様にお会いしました。
初めてお会いする篠崎様は、とても美しくて比喩でもなんでもなく世界がキラキラして見えました。

「初めまして。今年所属になったアライと申します」
背をピンと伸ばしてお酒を飲み、グラスを置いた後
「アライ・・・あ!私に憧れてる子だ。神崎さんから聞いてる」
と篠崎様の唇が私の名前をなぞってから、目の前のチャンジャを一口食べて
「よろしく」
とつぶらで愛らしい瞳で、まっすぐ私を見つめてくださいました。
でもその瞳はどこか憂いを帯びていて、私がこの先、この世界でやっていけるかどうか見定めるようでもありました。
この瞳にいつまでも見守られたいと決意してから、数年。
神崎さんを通して篠崎様から連絡が来るようになり、ごはんに連れて行ってくださるようになりました。
長くこの世界で活躍されている篠崎様のプライベートな時間を、少しでも私が安らぐものにできたら。

「アライちゃんって呼んだら絶対来るよね」
「そりゃ憧れの人に呼び出されたら行きますよ」
「なんか・・・犬みたい」
「・・・え、悪口ですか?」
「いい意味でだよ、ばーか」

それから篠崎様の公式犬として過ごさせていただき、今日。
犬にとって大事件が起こりました。
エスニック料理が次々と運ばれて来る居酒屋で、大好きな篠崎様の前に、私の大嫌いなパクチー山盛りのサラダが運ばれてきたのです。
パクチーが唯一苦手なのですが、篠崎様が好きで頼まれたものを残すわけになんていきません。
いつものように仕事の話をしながら、しなやかな手で取り分けられるパクチーのサラダ。
ここでパクチー苦手なんですなんて言ったら、篠崎様の話を止めてしまう。
しかもパクチーが山盛りすぎて、パクチーを避けたら何もなくなるようなサラダ。
ちくしょうパクチーめ。
なんで私はこの日のためにパクチーを克服しておかなかったんだ。

いつもよそってもらったものはすぐ一口食べるのですが、今日は珍しく一口目を行かない私に
「え、なんか食べてきた?」
と問いかけてくださいます。
「いや、お腹は減ってるんです」
「あ、そう。それでさ」
と話を続ける篠崎様。
それなりに食べておかないと、私がパクチーが苦手だということがバレてしまう。
申し訳ないのですが、相槌もそこそこに息を止めながらパクチーを口に詰め込んで、何味なのかもあまりわからないエスニック系居酒屋にありがちなスパイシーなお酒で流し込みます。

「まって、「お腹は」ってなに?」
「・・・え?」
「言ったじゃんさっき。「お腹は減ってない」って。何?「お腹は」って」
さすが長年この業界で活躍されてきた篠崎様。
誰かが発した何気ない言葉でもしっかり回収するのです。
「特にそのままの意味ですけども・・・」
「もしかして、パクチー苦手?」

バレてしまった。
このまま認めてしまった方がいいのか、そんなことないんですと強がって食べ続けた方がいいのか。
数秒の間必死で頭を回転させますが、いかんせんパクチーを流し込むためにエスニック酒を大量に飲んでいたため、答えが出てきません。
「苦手なら言えよ。私に気、使ったの?」
憂いを帯びた瞳で私に問いかけてくださいます。
「すみません、しのざきさんがよそってくださったので言えなくて」
「・・・あのさ」

背をピンと伸ばしてお酒を含み、少し大きな音を立ててグラスをテーブルの上に置かれました。
「アライちゃん的に気を使ったのかもしれないけど、それ嘘ついたことになってるのわかる?」
「嘘ってわけじゃ」
「私たちの仕事ってさ、必死で考えた言葉も意図しない形で切り取られたり、気軽な気持ちで言ったことが拡散されたりするの」
「・・・はい」
「ましてや、嘘なんてついたらその嘘を本当にしない限り、バレたら大炎上。裏切られたーって思う人がいるからね。確かに誰かに求められる像になりきらなきゃいけない時もある。その時はその像が自分自身になるようにしなきゃいけない。だから、私は私自身であり続けたいし、自分にも求められる像にも嘘はつきたくない」
「・・・」
「だからアライちゃんにも嘘ついてほしくないんだよ」
「・・・すみませんでした」
少し泣きそうになってしまったので、うつむきました。
篠崎様の言葉は私に向けたものでしたが、ご自身の決意表明のようにも聞こえました。
少ししてから、篠崎様が私の貪ったパクチーの皿を奪って一口食べました。

「少なくとも、私の前ではありのままでいてよ。私だって、ありのままでぶつかってんだから」
「・・はい、ありがとうございます」
憧れの人から、まっすぐ投げられた言葉に涙をこぼしてしまいました。
「パクチーうまっ・・・もらっちゃっていい?」
「私パクチー苦手なんでどうぞ」
「おっそ」
そういって私に笑いかける篠崎様はかっこよく見えました。

しばらくしてから、会計を済ませてお店を出ました。
「しのざきさん、今日すみませんでした」
「なんか、マジになっちゃってごめん」
「ああやって言ってくださったの、めちゃくちゃ嬉しかったです」
「そっか」
言葉だけ聞けばそっけないですが、こちらを見た篠崎様は嬉しそうに笑っていました。

「じゃ、もう一軒行くよ」
「え、まだ行くんですか」
「なんで嫌そうなんだよ」

グーで篠崎様が私の肩を小突きます。

「だって嘘つくなっていうから」
「そこはつけよ」


以上です。
ぜひ、ご飯に連れていっていただきたいです。
でも本当にパクチーとセロリは苦手なので、それ以外でお願いいたします。

敬具

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