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暖炉の香の人(ショートショート)

サンタクロースってなんの香水をつけていると思う?

そんな物思いに耽る暇もない、仕事仕事の日々。
表参道のディプティックで見つけた良い香りのキャンドルがあった。
嗅ぎ回ってこれ良いなあと思ったものを指さすと、店員さんはそれが“暖炉ではぜる焚き木の香り“だって教えてくれた。ほんとかなあ。実際にそうなのか、そうっぽいのか、名前がフランス語だから分かんない。
もう半分くらい使っちゃってて、パチパチと音こそしないけど、燻される薪の香りが懐かしくてあたたかくて、cozyっていうのかなあ。すごく好き。

子供のためのサンタクロースはいるけど、大人のところにサンタクロースは来ないなあ。贈り物をくれるのは、自分か、具体的で実体を持った知人になる。
きっと願うものが金地位名誉、色々面倒になるもんね。サンタ側も受け止めきれないんだろうな。

それか、大人の中にいる子供の部分の願いだけ聞いてくれるサンタだったら良いかもしれない。

日当たりの悪い1DKに住んでいるアラサーの労働者。浮かない気持ちで乾かない洗濯物を眺めている。太陽を実感したいなあなんて思ってる。
クリスマスの朝、枕元には木製の小箱が置いてある。スライド式になっている蓋を開けると、中からまばゆい光が出てきた。思わず目を瞑る。この茜色は、子供の頃住んでいた商店街の夕焼けだ、と思い出す。
不動産では南東向きの部屋が一番良くて、北西は微妙。朝あんまり明るくないし、夏は暑いし、極端な感じになる。でもちょっと頑張った日なんてどうだろう。早めの晩酌で開けた好きなクラフトビールに、ちょっとした美味しいお惣菜。西陽の差し込む中で金色の泡をごくりと飲み込めばなんとも言えない満足感がある。
小箱は蓋を少しだけ開けるとスリットみたいになって、少しだけ西陽が差す。ちょうど遊びに行った友達の家からそろそろ帰らなきゃなあって切なくなる時の光。だんだん開いていくと西陽が強くなって、全部が開くと箱から夕焼けが溢れ出すよう。なんならちょっと箱自体あったかい。
間違えて午前中なんかに開けてしまうと外にいる鳥たちやお隣さんの体内リズムが狂ってしまうから気をつけながら、自分だけの西陽と暮らす日々が始まる。

いいんじゃない?
いや、もっとファンタジーでも良いかも。

子供の頃から箱入りであらゆる危険から遠ざけられていた大学生。送り迎えは車だし、ジェット機も船も良く乗るけれど、自分で運転がしたいんだ。
お付きの人は「お気持ちは分かりますがその方があなたも安全だし楽で楽しいでしょう」って。分かるけど。違うの!って思ってる。
サンタさんってもう終わりかなあなんて思いながら、二十歳くらいでも受け付けてくれそうなサンタに手紙を書いて自転車を頼んでみた。みんな乗ってるしいいよね。
手紙は短信ではサンタに届かなかった。八百万の神に常に願っている家族の「この子を安全に」という強い念にぐるぐるに包まれて、サンタの元に届いた。
結果、送られたのはなんだったか。
フワッフワの自転車だ。サドルはベルベット、ハンドルはモール、骨組みはバルーンで、タイヤは雲だ。とにかく軽くて柔らかくて、虹の橋は渡れても家の前の横断歩道は無理。
ふわふわチャリは夢の中でしか前に進まない。でも夢の中では夢中になって冒険ができるし友達のどの自転車よりも早く走れる。ツンドラを飛び越えて、アスガルドを駆け抜けて、月にだって届く勢いなんだ。

そういう大人のためのちょっと不便な贈り物で願いを叶えてくれるサンタクロース。いわゆるの長髭おじいじゃなくて、ちょっと大人なくらいの人がいいな。
それこそ、暖炉の焚き火の香水をしていて欲しい。
実際には煙突の中はどちらかというと煤の香りがするんだろうけど、ほら、暖炉にアイデンティティを感じているから。
焚き火の香水なんて見つけたら自分のためのものだ!って思って、買っちゃってるの。実際には暖炉のそばで過ごす思い出を彷彿とさせるコンセプトなんじゃないかなって思うけど、何せサンタだからね。
しかもちょっと燻製というか、一筋縄じゃいかない複雑な香りだから。大人のためのサンタにぴったりだよね。

サンタクロースが少し遠くなった私たち。
焚き火のキャンドルやアロマを見たらちょっと思い出してあげると、どこかで喜んでたりして。


田丸雅智さんの「たった40分で誰でも必ず小説がかける超ショートショート講座」を見てやってみました。何度かやっていつも上手くいかないのだけど…しかも選びきれず3つ複合してみた。
しかも最近口語の小説を連続で読んでいるので、そこも影響されて、言葉遣いを手癖からなるべく遠いところにするように心がけてみた。誰が書いたか分からない様に自分を薄めるのもたまには面白いかも…?

身の回りにあった20個の単語

バターサンド
包装紙
コースター
引き出物
フォント
ティーバッグ
香水
ビール瓶
エジソン電球
ハンドクリーム
サーモン
湯たんぽ
アヒルのぬいぐるみ
充電器
アンプ
ジャージ
自転車
Switch
造花
西陽

そこから選んだもの

アヒルのぬいぐるみ

そこから連想したこと

クリスマスにもらった
少し意地悪な顔をしている
自立できる
ふわふわの
喋れない
10歳の時に入手した
お菓子の上に座っている
元気が出る
サンタクロース
名前をつけそびれている

組み合わせたもの

クリスマスにもらった西陽(手から出せる小さいやつ、やや不便)
意地悪な充電器(騙さないと満タンにしてくれない)
自立できるサーモン(川の上で浮いている)
ふわふわの自転車(富豪がどうしても乗りたいと言ったので特注された)
喋れないアンプ(他のアンプは喋れたんだけど自然淘汰された)
10歳のときにもらったフォント(コミックサンズを知った日)
お菓子の上に灯る電球(機嫌を導く目印)
元気がでる湯たんぽ(心に響く)
サンタクロースの香水(暖炉の匂い)
名前をつけそびれている造花(名前を調べていない)

選んだもの

クリスマスにもらった小箱の中の西陽
富豪のために作られたふわふわの自転車
サンタクロースの香水は暖炉の香り

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