小野田光

短歌。「かばん」会員 。第39回現代短歌評論賞。第2回BR賞。2018年東京歌壇(東京…

小野田光

短歌。「かばん」会員 。第39回現代短歌評論賞。第2回BR賞。2018年東京歌壇(東京新聞)年間賞。歌集『蝶は地下鉄をぬけて』(書肆侃侃房)発売中。https://www.amazon.co.jp/dp/4863853475

最近の記事

生きるブームは去らない/もちはこび短歌(32)

 今年、もっともわたしの中へと自然に入り込んできて、そのまま居着いている短歌だ。ほんとうに好きだから、思い出すたびに心地よい。  この歌を折に触れて思い出すのは、わたしの家の戸棚にも複数の「モロゾフのプリン容器」が常備されているからかもしれない。確かに最近、あの容器を見るたびに、手にするたびに、この歌を思う。でも、もっと大きな力を感じるのは、この歌が「生きるブーム」というなんだか壮大な感じもあるタイトルの連作に入っているからなのか。この歌には生き方にまつわる問題が潜んでいる、

    • 短歌はアスリートを詠めるのか

      (一)はじめに 現代スポーツ短歌の前夜 昨年、新型コロナウイルス感染症が人々の生活を苦しめる中で開催された東京オリンピックとパラリンピック。開催に賛否の意見が飛び交う夏の日々に、多くのスポーツファンは複雑な思いを抱きながら観戦した。それは一九六四年の東京オリンピックとはまったく異なる状況だった。戦後復興におけるオリンピック事業への注力に対して批判はあったものの、夏の大規模な水不足を乗り越えた一九六四年十月の東京は、「平和の祭典」への賛意が高まる中でオリンピック開幕を迎えた。

      • キャッチーな思いやり/もちはこび短歌(31)

         水野葵以さんの第一歌集『ショート・ショート・ヘアー』は一冊が11編の連作で構成されていて、その卓越したストーリー性に惹き込まれる。短歌はストーリー仕立てより一首として成立しているかが重要だという考えもあるけれど、もちろん一首ごとでも独自の景の切り取り方と歌の組み立て方が光る歌ばかりだ。一冊の書物への歌集評はまた別の機会に行うとして(書きたいことがたくさんある!)、今回は「もちはこび短歌」として一首評を書きたいと思う。  掲出歌は連作の前後の歌を抜きにして一首だけ目にしても、

        • 人がいない世界/もちはこび短歌(30)

           文芸誌「文學界」の特集「幻想の短歌」に掲載された相田奈緒さんの連作から。幻想の短歌とは!?  一読して意味を追えると思うかもしれない。そう思うと一見、比喩のない「ただごと歌」に見えるかもしれないけれど、そう簡単にはいかない感じがある。「文學界」で初めて短歌に接した人も、おや、と思ったかもしれない。  3句目の句またがり(57577で音が切れずにつながっている部分があること)が、おや、を作る効果を挙げている。改悪例を挙げるのは好きではないけれど(法的にも、作者の許可なしに

        生きるブームは去らない/もちはこび短歌(32)

          おもしろいかたち/もちはこび短歌(29)

           わたしは他者を傷つけたくないし、できれば他者から傷つけられたくないけれど、仕方なく傷つくこともある。自分のせいで傷つくこともある。  ある程度の人生を過ごすと、何度も傷つき、その経験からこれから先の人生でも自分が傷つく事象が発生することを想定しながら生きるようになる。中には「傷つくくらいでいちいち傷ついていられるか」というような超人的発想の人もいるように見受けられるけれど、大抵の人のメンタリティはそうはいかない。そこで、傷つくことと折り合いをつけながら生きようと工夫する方

          おもしろいかたち/もちはこび短歌(29)

          強くも弱くもない/もちはこび短歌(28)

           「ストロング」とは、アルコール度数が高いチューハイのことだろう。「冬のデッキ」で複数の人々=「僕ら」がチューハイを飲むという歌。実に寒そう。  この寒そうな景を思い浮かべ、わたしは「ほんとうは強くも弱くもない」という「僕ら」に気持ちを重ねてしまう。そして、自分が強くも弱くもないと認めてなんだかホッとする。  まずこの上の句での人類の把握がわたしは好きだ。本当に大抵の人は「強くも弱くもない」と思うし、そう思って生きたほうがどこか健やかな気もする。あの松本隆さんだって『夢色

          強くも弱くもない/もちはこび短歌(28)

          裁つしかない世界で/もちはこび短歌(27)

           toron*さんの第一歌集『イマジナシオン』から、いくつかある空を見上げる歌の中でとりわけ印象的だった一首。  結句の「空を裁つ」の巧さには舌を巻く。  下の句は一読して(おそらくスマートフォンで)空を撮影した様子だとわかる。そんな日常的な風景を「裁つ」ことで、世界の成り立ちにまで触れるような非日常的な思考に導かれるように思う。  「空」をまるごとは写せない。どんな広角レンズを用いても、すべての「空」を一枚の写真に収めることはできないのだ。よって、写真に収められた「空

          裁つしかない世界で/もちはこび短歌(27)

          美しき男/もちはこび短歌(26)

          コウスケは誰のことかと見てをれば締め込み白き美しき男ならむ 池田はるみ『亀さんゐない』(短歌研究社、2020年)  池田はるみさんの第7歌集から。  この歌の直前には「コウスケは阿炎」という詞書。「阿炎」とは大相撲の期待のホープ、阿炎政虎のこと。本名を堀切洸助という。  池田さんは大の相撲ファンとしても知られ、これまでも多くの相撲の歌を発表してきた。また、好角家として『お相撲さん』(柊書房、2002年)というエッセイ集も出されている。掲出歌は、そんな池田さんが阿炎の所属する

          美しき男/もちはこび短歌(26)

          現実は、時にやさしい

           1月8日に、映画『春原さんのうた』が封切られる。素晴らしい映画だ。素晴らしいとしか言いようがなく、それをうまく書くことができないから素晴らしい映画なのだけれど、でも、この映画についてわたしは書きたい。  なので、この映画を観て、そして今までに思ってきたことを書かせていただきたい。 (ネタバレどころか、映画の具体的内容にはまったく触れないけれど…)  『春原さんのうた』の監督である杉田協士さんとは、杉田さんの前作『ひかりの歌』の興行の際に、上映後のトークイベントのゲストに呼

          現実は、時にやさしい

          体感とやさしさ/もちはこび短歌(25)

          都市はいつから都市なのか イヤフォンをすればなおさら響くビル風 櫻井朋子『ねむりたりない』(書肆侃侃房、2021年)  櫻井朋子さんは身体性の歌人だ。  自らの肉体の感覚そのものも詠むし、肉体が感じたことを心理的描写につなげることも巧い。そんな櫻井さんの歌の中で、「都市」の時間を体感したこの一首が好きだ。  主体は耳栓をするように「イヤフォン」を耳に入れる。歌集の中では労働の一連に置かれているので、もしかしたら会社からの帰り道で、仕事のことから考えをリセットしたいと思ったの

          体感とやさしさ/もちはこび短歌(25)

          人間/もちはこび短歌(24)

          鼻だけを逆向きに描く弟の人間の絵が賞をもらった 竹中優子『輪をつくる』(角川書店、2021年)  竹中優子さんの第一歌集の中から、わたしのもっとも好きな歌を。  竹中さんは「人間」という単位に興味がある歌人だと思う。短歌は「私の文学」とも言われるが、歌人の多くは自分という個人と他人、または自分と社会との関係を詠む。竹中さんにもそういったスタンスで鋭く人間関係を表す歌は多いが、時に個人の枠を超えた「人間」という単位に思い及んだ歌がある。これらも独特の切り口で魅力的だ。  人間

          人間/もちはこび短歌(24)

          見えないものはある/もちはこび短歌(23)

          神の目はどの波長まで見えるのかX線を当てつつ思う 奥村知世『工場』(書肆侃侃房、2021年)  奥村知世さんの第一歌集『工場』は今年の忘れがたい一冊だ。工場での勤務と子育てを中心とした家庭生活が描かれていることは、一冊を通して一貫している。どの歌も明瞭に情景が伝わる文体で、そういう意味では一気に読ませる。一気に読ませるのだが、何か感じたことのないような読後感が残った。なんだろう。たとえば、労働について詠んでも、ジェンダーについて詠んでも、家庭のことを詠んでも、主張はあるのに

          見えないものはある/もちはこび短歌(23)

          歌集『蝶は地下鉄をぬけて』紹介記事一覧

          2018年12月刊行の拙著『蝶は地下鉄をぬけて』について多くの方々にご紹介いただきました。ご執筆いただきました方々に改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。 ご掲載いただきました媒体をまとめました。 <WEB> ●がたんごとん 書籍紹介「色とりどりの日々」 ●近江瞬氏 カプカプ−短歌の窓辺− 『蝶は地下鉄をぬけて』を読んで ●鈴木智子氏 『蝶は地下鉄をぬけて』を読んで ●高柳蕗子氏 ブログ「ひょーたん」レア鍋賞2020 ●椛沢知世氏 一首評『蝶は地下鉄をぬけて』

          歌集『蝶は地下鉄をぬけて』紹介記事一覧

          分かり合えない事の嬉しさ/もちはこび短歌(22)

          色混じる事なく掛かる虹見れば分かり合えない事の嬉しさ 近江瞬『飛び散れ、水たち』(左右社)  近江瞬さんの第一歌集『飛び散れ、水たち』は、眩しいくらいの青春歌に満ちている。青春期特有の光が甘やかな叙情で綴られている一方で、その照り返しで作られた影や時には自己愛までもが包み隠さず表現されている。まさに青春の醍醐味を余すところなく描いた一冊だ。  歌集には何度も「虹」が登場する。おそらく近江さんにとって、虹は自分の人生を測るのに特別な指針なのではないかと感じるほどに。それらの虹

          分かり合えない事の嬉しさ/もちはこび短歌(22)

          空想マトリョーシカ/もちはこび短歌(21)

          深くふかく封じたひとの熱量を語ることなく在る鉄の町 國森晴野『いちまいの羊歯』(書肆侃侃房、2017年) 「ステイホーム」の日々は、空想の時間が増える。空想は何よりも楽しい。わたしは日常的に歌を詠むけれど、そういう時間にしか短歌は生まれない。少なくともわたしの場合は。  外出中に空想することは意外と難しい。たとえ一人でいたとしても。ぶつからないように歩こうとか、電車の乗り換えを間違えないようにしようとか、待ち合わせ時間まであと何分あるだろうかとか、どんな表情で待ち人の前に現

          空想マトリョーシカ/もちはこび短歌(21)

          乗り換えたい/もちはこび短歌(20)

          〈御茶ノ水橋口〉を出て地下鉄の「御茶ノ水」まで歩いて二分 奥村晃作『ビビッと動く』(六花書林、2016年)  わたしはもう、かれこれ十日以上、電車に乗っていない。珍しい日々を過ごしている。  そんな今、この一首をよく思い出す。歌集『ビビッと動く』を初めて読んだ時からこの歌が好きだったけれど、ここにきて記憶の層を急上昇中だ。  「〈御茶ノ水橋口〉」とはJR中央線・総武線の御茶ノ水駅の改札口のひとつ。「地下鉄の「御茶ノ水」」は東京メトロ丸ノ内線の御茶ノ水駅のことだ。同一の駅名だ

          乗り換えたい/もちはこび短歌(20)