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駄文#28 やさしいおじさんこども

こんにちは、抽斗の釘です。

寒くなってきました。気候もいよいよ暦に追いついてきた感じです。外出には冬物のコートとマフラーが必要になってきました。
しかしそんな寒風の中でも、犬と子供は元気なもので。
犬の散歩のときにはいつも公園を通るのですが、半袖で野球やおにごっこをする子供たちを見かけると、彼らの生命力の強さに感心してしまいます。

子供が元気にグラウンドを走る光景は公園だけではなく、保育園の園庭でも見られました。
保育園を数件回ってみると、聞いていた通りどうやらどこも混み合っている様子。
果たして我が子は入園できるのか、と心配になりますが、しかしこればかりはどうにもなりません。運よく空いたところに納まるのを祈るか、せめて母数を増やそうと、足を延ばして見学する日々です。

先日、見学にお邪魔した園でのこと。
ひとりの男の子が、声を掛けてくれました。

我が子が園庭に沿う外廊下を探検しているときです。ふいに白い体操着が近づいてきました。
「ねえ、なんでそんなことしているの」
と、はいはいする我が子を指さします。その顔は実に訝しそうで、難しい顔しています。しっかりした眉毛が印象的でした。

私は彼の言いぶりから、ああ、何か気に障ることをしたかな、と心配になりました。例えば廊下は遊んじゃいけないところだったとか。
しかし考えたところで分かりません。私は
「ここで遊んでいるんだよ」
と正直に答えました。
すると、その男の子はおもむろに手をヘソのあたりにあげ、静かに手を叩き始めました。
そして言うのです。

「かわいいなあ」

加山雄三、石原裕次郎、ロバート秋山の扮する大御所芸能人。
頭にはそんな風格を纏う著名人たちが浮かびました。渋すぎる。胸を打たれます。少しゴロっとした声の、小さい子供、かわいいおじさんこども。彼は今にも「ぼかあ(僕は)」と言い出しそうです。
そして、「かわいいなあ」も決して幼児に向けるようなものではなくて、例えば競走馬とかヨットとか、ウィスキーとか絵画とか、愛好によってこじれた趣味のものに対する感嘆の表現にすら聞こえます。

私は思わず吹き出しそうになりながら、
いや、かわいいのはあんただよ
と吐き出すのを堪え、
「ボクは何しているの」
と聞き返しました。
彼は難しい顔のまま、眉をしかめて後ろを振り向き、砂場を親指で指さして、
「ああいうのを……。」
と教えてくれました。
どういうのだよ……。
と、つっこみたくなるのを堪え、「そうなんだ」と相槌を打ちます。
「ああいうのを、(嗜んでおりまして)」
と、副音声が聞こえてきそうです。盆栽や茶室が園庭に見えてきそうでした。

彼の質問は続きます。
「なんで、ここにいるの」
彼はにこりともしません。刑事のように目を細めます。しかし私は、彼には疑念などなく、純粋な好奇心と優しさで聞いてくれているのだとはっきり分かっていました。そのため、
「先生にね、ここに入れますかって、お願いしてるの」
と、簡潔に答えました。
すると彼は眉をさらにしかめて、いかにも当然、という風に言いのけます。

「入ればいいよ」

ああ親分! ボス! 若大将!
ありがとうございます、そう、心で叫び、私の目には高いスーツ姿のオヤジが映ります。
「そしたらこんど遊ぼうね」
彼はそう締め、去っていきました。

私は我が子を抱き、深々と頭を下げないばかりに彼を見送りました。

妻が、職員から先生と共に出てきました。説明が終わったようです。

帰り際、妻は園庭を見ながら言いました。
「なんだかここにおいでって呼ばれてる気がする」
当然、私も同意見です。

麗らかな陽だまりが、園庭の子供たちにいつまでも注いでおりました。


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