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マインドフルネスの効果やコツ

・はじめに

今日は世間でもメジャーになって久しいマインドフルネスについて効果やあれこれを軽く書いて行きたいと思います。

そして今回のnoteの要点を先にまとめておきます。

・マインドフルネスとは判断やとらわれなく意識、注意をむける事
・マインドフルネスの効果はすごい
・マインドフルネスの効果は科学的にも認められている
・ただマインドフルネス特有の難しさもある
・前のめりで力んだ状態ではマインドフルネスにならない
・身体も心も力をぬくのが重要、只管打坐が参考になる
・エクスプレッシブ・ライティングと相性抜群
・生活習慣の改善も地味に大事

マインドフルネスをテーマに記事を書くのは初めてなんですが、実は私あゆむはマインドフルネスとは長い付き合いでして、これのルーツである上座部仏教のヴィパッサナー瞑想が日本仏教界で旋風を巻き起こしていた頃からやっていました。

禅宗の専門学校でけっこう長く坐禅した経験もありますし、国内外の瞑想センターで瞑想リトリート(合宿)に参加した事もあります。

なので少しはマインドフルネスについて語れるのではないかと思います。
そしてマインドフルネスの効果を自分の経験から正直に言ってしまえば、凄いの一言です。世界中の人すべてがやったほうがいいとまで思っています。なのですが同時にやり方を間違えると逆に心身を壊してしまう事もあり得ます。

今回はそこらへんの所も少しかけたらいいなと思っています、マインドフルネスは深いメンタル改善のキーポイント(特に生きづらさを抱えている人間には)ですので是非みなさん見て行ってくださいませ。


・マインドフルネスとは?

もうTVでも紹介されるほどメジャーになっているマインドフルネス、宗教や心理療法の世界に限らず、ビジネスの世界や軍隊にまで取り入れられているこの技法とはいったいどのようなものなのでしょうか?

Wikipediaの説明ではこうあります。

今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること

この説明はなかなか的確にマインドフルネスを説明していて素晴らしいと自分は思います。特に後半の評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ることというのはとても重要だと感じます。

つまりマインドフルネスとは意識や注意をむける、観察する、観る、または気づきといってもいかもしれません。そして意識を向ける対象というのは、さまざまです。

例えば、呼吸を観るマインドフルネスであれば呼吸に意識をむけます(お腹の動きや鼻先で感じる空気の出入り等)。

歩くマインドフルネスであれば足の裏の感覚や足の動きに意識を向けます。

食べるマインドフルネスだと、まず食べ物を見て手を伸ばし、箸でつまんで口まで運び・・といった一つ一つの動作に意識を向けます。そして食べ物を咀嚼する、味を感じる、飲み込む・・等にも気づきを伴わせます。

また、音に注意を向けるマインドフルネスもあります。聞こえてくるさまざまな音に対して意識をむけます。余談ですが有名な観音菩薩は音を観る、つまり音をマインドフルネスに観察していたという話も聞いた事があります。また観音ではなく観自在菩薩という説もありますので、その場合はマインドフルネスを自在に出来る菩薩という事になります。

注意をむける対象は上記のものにとどまらず、頭で考え事が起きればそれに気づくようにしますし、心に感情が湧きおこればもちろん気づきます。なので身体感覚、動作、音、思考、感情など今起こっている事であれば全て意識対象になりえます。


このマインドフルネスは元々は仏教の瞑想がルーツです、特に東南アジア方面に広がった上座部仏教で盛んに行われているヴィパッサナー瞑想が現在のマインドフルネスの源流だと思います。東アジアに広がった大乗仏教にも観察瞑想(ヴィパッサナー)は伝わっていましたが上座部ほど強調されてこなかった、あるいはだんだんと強調されなくなったんじゃないかと自分は思います。

ちなみに仏教では観察系のヴィパッサナー瞑想と集中系のサマタ瞑想があります。観察瞑想(ヴィパッサナー)は上記のようにマインドフルに観察をする瞑想。それに対してサマタ瞑想は対象を一つに定めそれに集中、没頭していく瞑想です。ただこの二つは完全に別れているわけでもなくて、実際に瞑想する際はヴィパッサナーの要素もサマタの要素も両方含みます。また曹洞宗の只管打坐のように何にもせずただ座るというものもありますが、これは仏教の中でも異色だと思います。


・マインドフルネスの効果

ではマインドフルネスの効果について見て行きましょう。

★集中力が高まり、仕事・スポーツ・勉強などの効率が上がる
★ストレスが解消され心が穏やかになる
★EQ(心の知能指数)が高まり、心が安定する
★頭が明晰になり、洞察力が高まる
★直観力、創造性が高まる
★思いやり深くなり、人間関係が良くなる
★眠りの質が上がる
★幸福感が高まる
★ゆるぎない自信が育まれる

(引用 マインドフルネス瞑想入門 吉田昌生 WAVE出版)

ざっとこんな感じの効果が良く言われますし、実際これらの効果は本当にあると思います。

自分でやってみた実感としても、ストレスの解消や自分を縛っていた考え方からの解放、その結果としての幸福感、自信の高まり。また脳から雑念やストレスが消えた事で頭が明晰に働く、今まで気付かなかった事に気づくといった効果は実感しました。

また、マインドフルネスは近年盛んに研究がされていまして科学的にも効果が認められているものが沢山あります。詳しくはパレオさんの記事を御覧ください。


さらに精神医療の現場でもマインドフルネスはおおいに取り入れられていて、マインドフルネスベースの心理療法も本当に数多く出来ています。マインドフルネスストレス低減法、マインドフルネス認知療法、ACT、マインドフルネス段階的トラウマセラピー、マインドフルネススキーマ療法等々たくさんあります。

また自分が最近注目しているソマティックエクスペリエンシングという療法も身体においてのマインドフルネスがベースになっていると感じますし、フォーカシングという療法も身体と心、あるいはその中間の感覚を客観的に観るという点からいってもほぼマインドフルネスの瞑想だと感じます。また有名な森田療法も”あるがまま”という部分がマインドフルネスと大いに通じるものがあると感じます。

これだけマインドフルネスに関わる心理療法があるという事は、マインドフルネスが大きな力を秘め、その効果が実際に認められているからでしょう。実際研究でも不安やストレスに効くという実証例は山ほどあります。


・マインドフルネスの難しさ

これまではマインドフルネスの効果をたくさん紹介してきました、ただ上の効果が出るのはマインドフルネスが正しくできた場合の話です。

自分の実感なのですがマインドフルネスが正しくできているかいないかは物凄く個人差があると思いますし、同一人物でもその時々によってマインドフルネスが出来ていたり(マインドフルネス的には出来た出来ないの判断もしてはいけないのですが)、出来なくなってなっていたりと凄く変動が大きいものだと感じます。

また自分が感じるのは、マインドフルネスは捉えどころのない天邪鬼みたいなもので追えば逃げるし、諦めたらすぐそこにいる。というような性質を持っているように思います。

じゃあ具体的にマインドフルネスのどこが難しいのでしょう?。もう一度マインドフルネスの定義をみて見ましょう。

今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること

この中の評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること。これがめちゃくちゃ重要かつけっこう難しい。

上記のポイントをはずしてはマインドフルネスは成立しないのですが、我々現代人にとって評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観るというのはけっこう難しい事なのです。

何故ならいつも評価、判断をしてとらわれているのが我々の普段生きている状態だからです。周りからどう見られているか気にしたり、あいつは○○に違いないとか判断したり、これは○○だから嫌いだと判断&嫌悪、といった具合です。

そんなに強烈に思ってなくても無意識に判断を下してる場合もありますし、知らず知らず何かに囚われている事もまた多いです。判断や囚われている事に気づければいいのですが実際問題難しい場合もあります。


また、マインドフルネスは普通やればやるほど上達してくると思われがちです、それは当たっている面もあるのですが、自分が瞑想を長くやっている中で見えたのはまた違った一面でした。

どういう事か具体的にいうと、実は何にも知らないただやってみただけの初心者はけっこううまくいく事が多く、それとは対照的に慣れたと思ってしまった、または瞑想の効果を知ってしまい欲が出てきた中級者はスランプに陥ることが多い。しかしそういった事を乗り越えた上級者は再びコツをつかみうまくいく。

自分が瞑想センターやいろんな所で聞いたり話したりしたところこのパターンの人がホントに多かったです、そして何を隠そう自分もこのパターンでした。

最初マインドフルネスを先入観なしでただやっていた時、一週間したかしないかくらいで凄い効果があらわれ、それまでの悩みや囚われや勝手な思い込み等が気づかれると同時に一気に解放されていき、まるで一回生まれ変わったかのような状態になりました。しかしその体験にどこかで固執してしまった自分はそこからほんとうに長い間スランプに陥ってしまっていました。


・マインドフルネスのコツ

ではマインドフルネスのコツとは何でしょうか?。どうすればスランプから脱出できるのでしょう、今回はそれを探っていきたいと思います。

有名な本のタイトルにもなっている禅の言葉に初心禅心というものがあります。これは初心者の心には多くの可能性があるが、専門家といわれる人の心にはそれはほとんどないという事をあらわしています。

初心者の心には、何かを達成した、あるいは何かをすでに知っている、そんな俺はすごい等の余計なものがなく、ある意味まっさらできれいな状態です。それに対し専門家の心は知識や経験によってある意味束縛されてしまっています。禅の修行は専門家ではなく初心の心でやるべきだといわれています。

そしてこれはマインドフルネスにもそっくりそのまま当てはまると思います、マインドフルネスをする時はなるべくまっさらな状態でするのが望ましいです。なんの先入観、価値判断ももちこまず、ちょっと引いた位置から客観的に淡々とただ観るという感じです。


一番良くないのは意気込んで力んで前のめりになって集中するぞー!といってやってしまうパターンです、この状態でやると最悪禅病という強度の自律神経失調症になってしまいます。何を隠そう自分はもの凄い前のめりの姿勢でマインドフルネスの合宿に臨んでしまい、思いっきり禅病になりました(笑)。あの時はすごい苦しかったです、禅の世界では心火逆上というのですが体内のエネルギーが頭の方に上って来て降りていかないといった感じでした、本当に狂ってしまったと思うほどに異常な状態になりました。


そもそも意気込んで前のめりになってマインドフルネスするぞー!って時点でもうそれはマインドフルネスじゃなくなっていたのです、それに早く気づくべきでした。マインドフルネスをする時に大事なのはどういう心持ちで観ているか、どの位置から観ているかだと思います。また身体にも心にも余計な力をいれないのも重要です。


そしていろいろやってみたのですが、最近自分は曹洞宗の只管打坐のようにマインドフルネスをするのが一番純粋なマインドフルネスになるんじゃないかと気づきました。


曹洞宗の只管打坐は座って姿勢を決め、呼吸を整えたのちは何にもしません。どこに意識をもっていくとか、何に集中するとかもありません。ただひたすら座るのみです。数ある仏教の瞑想、坐禅の中でもこれはかなり異色だと思います。

何もしないといっても、もちろん寝ているわけではないので座っている間しっかりと意識はあります、しかも何をしようという意図がない本当に純粋な意識が。
そしてこの純粋な意識がマインドフルネスをする上では最上なんではと思います。何をしようというわけではなくただ観る、これが純粋なマインドフルネスなのではないかと自分は思います。

何かこう書くとえらい難しい事のようですが、全然そんな事はなくむしろ余計な事をしなければいいだけなので凄く楽です。

道元禅師の記した正法眼蔵にこんな言葉があります

ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる。
(正法眼蔵 生死の巻)


この中のちからをもいれず、こころをもついやさず、つまり身体にも心にも力をいれずというのが瞑想やマインドフルネスにもすごく重要だと自分は思います。

実際にマインドフルネスをする時なるべく身体の力を抜く、そして心も前のめりにならず力を抜く、そして心や身体、音、さまざまなものを観ていくのですが、本当にただ観るだけでそれを変えようとはしない、自分がすることは何もない、そんな心持ちでやるといい感じです。

自分はそのようにマインドフルネスやソマティックエクスペリエンシング(身体でのマインドフルネスのようなもの)をした所、昔のトラウマというか嫌な記憶の感情が弱まったというか消えていきすごく楽になり、鏡でみたところ顔もだいぶ穏やかな人相になっていて驚きました。

また実生活でも余計な神経過敏や不安等が大幅に減ったように思います。


・エクスプレッシブ・ライティングとも相性抜群

ソマティック・エクスペリエンシングとマインドフルネスはすごく親和性が高いというか似ていて相性がいいのですが、前に紹介したエクスプレッシブ・ライティング(ジャーナリングとも)とマインドフルネスもすごく相性がいいと自分は感じました。

上のnoteでも語っているのですが、エクスプレッシブ・ライティングとマインドフルネスはお互いを補い合うように出来ていると感じます。マインドフルネスの弱点は感情の力が強い場合巻き込まれてしまい、マインドフルネスにおいて最も重要な客観的な視点が失われしまってマインドフルネスにならない、という点だと思います。

そしてその弱点をエクスプレッシブ・ライティングはうまく補ってくれます。まずエクスプレッシブ・ライティングで自分の内にあった感情や思いを書き出す、しばらく(5~15分くらい)それを続けると思いや感情の力がだいぶ弱まってくると同時に自然とマインドフルネスな状態になります。

そしてマインドフルネスな状態になるとより自分の思いや感情考えを冷静に観る事ができるようになります。

エクスプレッシブ・ライティングはジャーナリングとも呼ばれているようなのですが、調べてみるとジャーナリングは書く瞑想とも呼ばれているようです。

エクスプレッシブ・ライティングは習慣にするとそれだけでも大きな効果がありますので、ストレスや生きづらさを抱えている人は是非試してみてください。またここで述べた通りマインドフルネスとエクスプレッシブ・ライティングは相性抜群ですので合わせてすることもおすすめします。


・生活習慣の改善も大事

さて、今回はマインドフルネスのコツをいろいろ紹介しましたが、もう一つ付け加えるコツがあるとすれば最低限の生活習慣の改善です。今回もかよ!と思われるかもしれませんがこれ結構大事だと思います。

前の記事でも書きましたが心理療法を試すその前に最低限に生活習慣は整えておく必要があります。

実際生活習慣をしてから自分はマインドフルネスや他の心理療法も成果が出るようになってきました。これは何故かというと、逆説的ですがある程度の心の安定がないと心理療法も成果を上げにくいですし、そもそも出来ないからだと思います。

またマインドフルネスでいうと、深く自分の心と向き合うので過去の記憶が不意によみがえってくる事もあります。

たとえば自分は瞑想中突然、数年前に彼女と喧嘩別れしてしまった時の悲しみの感情が強烈によみがえってきて泣き崩れてしまい、瞑想を中断した事がありました。

またトラウマがある人はフラッシュバックがおこる事もあるでしょう。その時心がまだ安定していればマインドフルにやりすごしトラウマの力を弱める事も可能でしょうが、生活が凄く荒れていて精神も安定していないと容易に巻き込まれ再トラウマ化してしまうこともありえます(なので深刻なトラウマをお持ちの方は専門家に相談しその指導のもと慎重にマインドフルネスを行って下さい)。


(ちなみにマインドフルネスでのトラウマ治療についてはこちらの書籍をどうぞ↓↓。多少難しいですが内容は充実しています)

なのでやっぱり最低限の生活改善をして、ある程度精神を安定させるというのは重要です。

また正直精神があるていど安定してるほうがマインドフルネスはやりやすいですので、今メンタルを病んでいてマインドフルネスにも興味があるという人は生活改善と合わせてマインドフルネスを試されると良いと思います。

そして生きづらさを抱えている人にとっては生活改善+マインドフルネスは外せないキーポイントだと思いますので、是非自分のnoteを見て行って参考にして下さい。


今回は軽く書くといいながら結構長くなってしまいました、次回は今注目のトラウマ療法ソマティックエクスペリエンシングについて書けたらいいなと思います。


最後まで見て頂いてありがとうございました!

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