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ただ皇帝になりたいだけさby中華のモブ

Qなぜ反乱を起こしたのか?
Aただ皇帝になりたいだけさ。

 今から二千年以上前の、秦王朝末期の中国で。
 あらゆる戦いに勝利してきた、英雄の血を引く不敗の若獅子「項羽」と、辺境の冴えないチンピラのオッサン……だったはずの眠れる獅子「劉邦」の、世界帝国の玉座を賭けた全面戦争――楚漢戦争が起こった。
 英布は、この竜虎相搏つ時代を駆け抜けたモブキャラだ。

 二匹の怪物どちらからも信頼のおける部下とされながら、やがてはどちらも裏切り、時代と運命に文字通り一矢報いてくたばったその生き様は、どこか美しさを感じさせる。
 ……とまぁ、俺は英布のことが割と好きなので評価高めだが、世間的には英布は無名だし、好きな人はもっと少ない。
 小説のキャラの設定だったら、中々濃い人なんだけどな……。

 例えば、英布は黥布(げいふ)というあだ名を持つ。黥とは刺青のことで、英布の頬には罪人の証である刺青が彫られていたことに由来する。
 ただの平民だった若き日に、彼は占い師から「あなたはやがて罪人となり、そしてそのあと王になる」と言われたらしい。
 やがて時が経ち、本当に罪人となり刺青を入れることになった英布は、占いの通りだと喜んだそうだが……まぁ実際のところ、この話がどこまで真実なのか個人的には疑問だ。流石に物語的すぎるし。
 その後、強制労働中に犯罪者の頭目や豪傑たちと交流を深め、仲間を連れて逃亡。群盗として秦末の動乱に参戦する。
 その後は項羽に仕え汚れ仕事を担当。王に封じられた末に裏切り(理由は諸説アリ)、家族を失いつつも劉邦陣営に寝返った。
 やがて劉邦が項羽に勝ち、彼の起こした漢帝国が出来上がっていくが……その過程で英布のような、後から仲間になった信のおけない仲間達が、次々と粛清されていく。
「次は自分だ」
 そう考えた英布は、生き残るために乱を起こす。本当は劉邦は彼のことだけは信頼しており、英布が裏切るとは思ってもみなかったようだが……。悲しいすれ違いである。
 破竹の勢いで勝ちまくる英布に対し、劉邦は漢帝国の総力を挙げて潰しにかかった。
 英布VS劉邦家臣団総出。兵力も、劉邦側が英布を圧倒していたとみられる。
 そして対陣し、劉邦は問うた。

「なぜ反乱を起こしたのか?」
「ただ皇帝になりたいだけさ」

 どう考えても嘘である。これまでの英布の半生を見るに、彼は皇帝になりたいと思っていたようには見えない。その配下の「王」で満足していた。
 この戦いに意味などない。ただ引くに引けないのである。

 英布は必死に戦ったが、流石に形勢を覆せず敗走。その際に飛んで行った流れ矢が劉邦に直撃。この時は死にはしなかったが、次第に体が衰弱し劉邦の直接の死因となった。
 敗走した英布は妻の兄弟を頼ったが、関わるのを嫌った妻の兄弟に裏切られ、その部下に殺されたとされる。

 英布は劉邦にとって用済みの英雄だった。項羽という宿敵を倒すためには必要なコマだったが、項羽亡き後は、今度は英布の戦闘力が漢王朝にとっての脅威となった。
 遅かれ早かれ、成り上がった英布の末路は決まっていたのかもしれない。
 劉邦の致命傷となった一矢は、ある意味この過酷な時代と運命に抗った一撃だったのかな、と思う。
 その人生が善なのか悪なのかは置いといて。もうちょっと英布について、皆知ってくれたらいいのにな。

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