見出し画像

小説教室で1万文字の短編を書いた

 今月から月に1回小説教室に通う。
 頻度としては少ないように見えて、毎月一本短編を仕上げて提出するので、心の中で占める割合は大きい。

 小説教室に行こうと思ったきっかけは、長編を仕上げたからだ。
 これまではいろんな本を乱読していたが、もっと「小説」を読みたいとか、「小説」のことがもっと知りたい気持ちが強く明確になったのは、自分でも一本作品を書き上げたことから生まれてきた。
 「小説を書いてる人に会いたい」とも思った。

体験教室で早速発見があった

  • 引き出しが増える・・・一つの小説教室とはいえいろんなスタイルの制作者に会えるし、ただ作品を読むよりも一歩踏み込んで制作意図を知ることができる。なんせ作った人に出会えるのだ。アマチュアだろうとなんだろうと、豊かな鑑賞体験ができる。

  • 基本的なルールを押さえたうえで、自分の作品ではどこまでの逸脱をはかるか匙加減を考えられるようになる。

  • ラベリングで知識が整理される・・・あらゆる表現手法に名前がついている。編集用の呼び名とか校正記号とか、頭の中にごちゃごちゃとあったものが整理される。どこまでが自由の許される制作か、どこからが作品を届けるために必要なルールかがわかってくる。

 教室に通う前には講師の執筆された小説も読んだ。自分で選ぶ本はどうしても偏ってくるので、登録しなければ出会うことのなかった作品だろう。それだけでも得した気分になった。
 もちろん自分のペースで、好きに創作を続けるのでもいいけど、期間を限定してでも、物語を作りたい人は教室的なものに通ってみるといいなと思うようになった。

月に一本、1万文字のペース

 1万文字は、だいたい10〜15分で読み切れる量だ。
 作り出す側にしてみたら、ほかに仕事がある人にはちょうどいい文字量かもしれない。私はいま人生の夏休み中なので、ゆっくりめのペースだ。とはいえ一定のペースで作品を仕上げて、ひとまずは他人に見せられる形にするというのは、そこそこのプレッシャーがある。素人なので、毎回アイデアを作品にまでまとめ上げられるか不安は尽きない。

 教室への通学は始まったばかりだけど、すでに2本の作品を制作して提出した。第一回の教室で講評を受ける分と、来月分だ。来月分はつい昨日仕上げて送った。

 私が1万文字の物語を仕上げる流れは以下のようになる。

自分なりの制作の流れ

初めの数日・・・直感で書きたいものを2、3思い描く
二週間めまで・・・アイデアにもとづいて情報収集と走り書き
三週間目・・・ノート作り、資料からの抜書き
四週間目・・・そろそろまとめてみっか。からの推敲

 ごらんのとおり、実際の制作よりも情報収集と情報の整理の時間に二週間以上を費やしている。日常的な一コマより、ファンタジーやSF要素を盛り込みたいのと、勉強の要素が強いのでこのような割り振りになっている。勉強をしながらも作品中に使いたい文章の断片は浮かんでくるので、走り書きはたまっていく。ざっくり初稿を書き上げてると言えるのかもしれない。

アイデアはどこから?

 ネタやアイデアよりは、二週間勉強したいもの、二週間とはいえ追いかけるのに足るなにか、を基準にして発想し、育てている。資料をあたるということは出費したり読書したり負担になることもあるので、そこまでして追いかけたいほど好きなものは何かを念頭に置いている。

テーマとモチーフを区別する

 小説教室で教わってなるほどと思い、試してみて実際よかったことだ。

 すなわちテーマを表現するためのものがモチーフなのだ。

 「命」がテーマだとして、「命」と明言せず、かわりに「桜」をモチーフとして作中で印象的にクローズアップすることなどがこれにあたる。テーマを前面に押し出さなくても読者に印象付けることができる。
 テーマは大切だとわかっていたはずだけど、モチーフとの違いを意識したことは、あまりなかった。

作品があれば、可能性は広がる

 1万文字の作品を2本書き上げての実感を、いくつか挙げて終わりにしたい。

①長編だけで終わりにならなかった安心感

 35万文字を書き上げることができたが、以降作品を作り続けることができるのか不安だった。しかしもうすでに2本の物語が生まれた。作品は仕上げれば仕上げるほど点が線になり、面になっていく。作る人としての自分のテーマやスタイルがそれだけ明確になっていく。
 さすがに35万文字の次に4万〜10万文字の物語にいきなり切り替えるのは負担が大きかったけれど、1万文字はちょうどいいボリューム感で、しかも仕上げれば内輪といえど発表することができるというのは張り合いもあっってとてもいいステップになった。ある意味クールダウンしている状態なのかもしれない。

②短編を長編に展開する

 一本目に書き上げた一万文字は、次の長編のために集めた情報をもりもりに盛り込んだので、情報量がぱんぱんになっているのが自分でもわかった。

 とはいえ長編に展開するにおいての具材は短編を書く作業のなかでイメージの大海から釣り上げることができた。それぞれのパーツをさらに書き込んでいくことでストーリーを発展させていくことができそうな予感がある。

③短編用の新人賞に応募する

 2本目に書き上げた一万文字は、小品に収まったけれど作品として言いたいことは言えたかなと感じた。作品があるということは、どこかに出せるということだ、と仕上がった時になって気がついた。

まとめ

 「作品は仕上げること」と誰もが口をすっぱくして言う。私も同意する。
 アイデアを断片的に持っているとき、可能性に夢を見がちだ。いつかはアイデアというエビにタイが食いついてものすごい発想になるのではないかとか。
 でも実際はアイデアは意識的に育てないと大きくはならないし、完結もしない。引っ張り出して、ノートに書き留めていじくり回して眺め回しているうちに、頭の中にあった時には気が付かなかった展開に発展させることができる。もしくは思わぬ脆弱性に気がついて、断念せざるを得ないこともある。

 作品は作れば作るほど新しい具体的な可能性が開けてくる。逆に言えば、作品を作り上げたら、自分が次に何をするべきかを積極的に考える必要があるのだと思った。



 何者でもないアラフォー女性が、35万文字の物語を完成させるためにやった全努力をマガジンにまとめています。少しでも面白いと思っていただけたら、スキ&フォローを頂けますと嬉しいです。


この記事が参加している募集

今月の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?