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本が出版されるまで

#あの夏に乾杯

※このnoteは、投げ銭制です。記事は最後までお読みになれます。

4年前の秋に、一冊の本を出版した。

私のオット・宮田雄平は、高校生の頃にアトピーになった、いわゆる「成人型アトピー」。幼児期からのアトピーが、成長と共に改善することの多いのに対して、重症化しやすく、完治が困難だとされる。本書は、そんな成人型アトピーの闘病記である。

本の概要

現在はカメラマンをしている彼は、11年前の結婚時には会社員(SE)だった。とても責任感が強く、自分の中にため込んでしまいがちな彼。会社の激務に耐えるには、アトピーを根本から見なおすことが必要だと思い、結婚3年目の秋に、私にも告げず、突然自己流で、とある治療を始める。

一方、私の方は、アトピーに関する知識など皆無で、世間の方と同じように、かゆいだけの病気だと思っていた。なぜか急に寝込むことが増えたオット。「悪い病気で死んでしまうのでは?」悩む私にオットが打ち明けたのが「脱ステロイド」という初めて聞く言葉だった。

そこから夫婦二人三脚でアトピーと立ち向かう姿を、笑いを交えて軽妙に書いたのが本書。

出版した背景

夫婦で脱ステに取り組み始めたのが2011年はじめ。その二か月後に起きた震災が、私たちの運命を大きく変える。2011年の春から夏にかけての、あの東京の不安に満ちた、ふとしたきっかけですべてが崩れてしまいそうな、あの空気を忘れない。

アトピーの人はストレスにとても弱い。これ以上、この人にこの東京で会社員を続けさせてはいけない。そう思い、名古屋への引っ越しを決めた。翌年から彼は、二年間写真の学校に通い、順調にキャリアを伸ばし、今では、名古屋市からの大きなお仕事をいただけるようにまでなった。


けれどここまでは決して順調だったわけではない。アトピーは完治することが難しい病気で、我がオットも完治したわけではない。何度か大きな波も経験した。そんな4年間の闘病について綴ったのがこの本である。

意外な方からのお声掛け


ここからは、出版に至るまでの経緯を書く。

私はイラストレーターなので、通常の企業などにお勤めの方よりは、出版社に知り合いはたくさんいる。けれど、だからといって、簡単に出版できると言うわけではない。

現に、イラストの仕事はくれる編集さんも、本の企画を持ち込もうとすると、なかなか話を聞いてはくれない。たとえ聞いてもらえても、実績も売れる見込みもない著者の本は企画会議で通らないのだ。


そんなときに「出版社紹介するよ」と声をかけて下さったのが、とあるデザイン事務所社長のSさんだった。とはいえ、実は私はその方と未だに仕事をしたことがない。

初対面の時に「もし名古屋で何かイベントする気があるなら、いつでも行くよ。交通費もギャラもいらないから」と声をかけて下さった。当時はまだほとんど仕事もしていない頃で、なぜこれほどのすごい方が、私なんかにそんなことを言って下さるのか、不思議だった。

けれど、私が本を出したがっていると知り、すかさず声をかけて下さったときに、こう感じた。この方は私の絵ではなく、私の持つ何かもっと別のものに興味を持って下さっているのだと。

編集T氏との出会い


Sさんは、出版社を5社紹介して下さった。実は正直、ちょっとビビってしまった。だって、5社に企画を持ち込むなら、5つの企画が必要だから。もちろん、温めている企画は5つ以上あった。けれど、まだまだ練り込まれてないものもあるし、精度は格段の差があった。

そのとき一番書きたかったのも、出版への道が近そうなのも、このアトピー企画だった。だからこそ、どの出版社にこの企画を持ち込むかは迷った。

5社のうち、パブリックなイメージが、この企画に一番しっくりくると感じたのがPHP研究所だった。サブカル寄り過ぎず、ビジネス志向過ぎず、信頼感のある会社。

何より編集T氏のメールに、何かしら不思議なシンパシーを感じたのが、一番大きな理由だった。その時感じた想いは、今も変わっていない。

企画会議が通るまで


編集T氏はアトピー企画に興味を持ってくださり、企画書と構成案を調整後、すぐに編集会議にかけてくれた。しかし一度は企画会議に落ちてしまう。最初にT氏に企画書と構成案とサンプル原稿を送ったのだけど、サンプル原稿は好評だったにも関わらず、だ。

最初にT氏とメールのやり取りを始めたのが2014年10月。会議に落ちたのが12月のことだった。しかし、T氏は「陽菜さんのネームには力がある。自分はこの企画に可能性を感じている」とおっしゃり「もう一度チャレンジしたい」と言って下さったのだ。

年明けに私が展示のため上京し、T氏と顔合わせをした。二人で上京していたのだが、オットはあいにく体調を崩してホテルで寝ており、私とT氏と二人で会うことに。

他にお客のいないカフェで、誰も聞いてないのに、声を潜めて話した。編集さんは聞き上手が多いのだが、T氏も御多分に洩れず、私の話を聞き、それをうまく物語に落とし込んで行く。

「これは、アトピーの闘病記であると同時に『ご夫婦の物語』でもありますね」

T氏のこの言葉を聞いた瞬間に、胸が震えた。もう絶対に何が何でも、この人に編集して欲しい、と思った。そして同時に、このT氏の言葉が、この本のいちばん大切な軸として決まることになる。

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学生の頃、インド料理店でバイトしていて
よくインド人と間違えられたというT氏。
いつもかなしそうな顔で話を聞いて下さるので
「悩めるカレー屋さんみたい」だと思っていた。


発売日決定


「会議に通りました」とT氏から連絡が来たのは、1月の終わりだった。

「陽菜さんのサンプル原稿が良かったお陰です。編集部全員が『この二人の今後が気になる』ということで、決まりました」とT氏は私を持ち上げて下さったけれど、いやいや、T氏の熱意が編集部を動かして下さったのだ、と思う。

それから数回上京して打ち合わせを重ねながら、原稿を描き進めて行った。10月終わりの発売が決定。SさんからT氏をご紹介いただいて、ちょうど一年後のことだった。

T氏の編集方針


7月半ばまでは、ひたすら漫画のプロットを書いていた。いわゆる「ネーム」というやつだ。もちろん一発でOKだったわけではなく、何度か大幅に書き直した。

T氏のすごいところは、いわゆる「赤入れ」をしなかったこと。

私はイラストレーターなので、赤入れには慣れている。でもイラストと著者の作品は違う。著者へのリスペクトがあるから、「ここはこういう理由でよくないと思うので、陽菜さんの言葉で直して下さい」と、「私自身の手」で直させてくれたのだと思う。

企画書は、提出した2014年秋で物語が終わっているけれど、実際には、この本はその後も続き、ラストシーンは2015年春だ。それまで長編のマンガを書いた経験のない私が、構成案からどんどん外れて描いても、何も言わず見守ってくれた。

本当は、私よりずっと頭もよく文章力もあるT氏が直した方がずっとわかりやすくなるし、話も早い。それがわかっていて手を出さずに待てるって、なかなかできることではない。自分ものちに簡単な編集の仕事を経験して、よけいにT氏の偉大さを感じた。

7月の半ばにT氏のOKが出て、そこから「漫画原稿の制作」が始まる。

チーム・夫婦でひたすら原稿づくり

2015年の夏のことは忘れられない。いや、忘れられないはずなのに、あまり覚えていないのだ。

T氏のOKが出てから、お盆にかけての3週間くらいの間は、まさに地獄だった。

160ページ以上もの漫画原稿をその間に仕上げるのだ。その間、イラスト講師の仕事で数回外出する以外は、家から一歩も外に出なかった。それだけでなく、トイレと食事とお風呂以外は、机から一歩も離れられないくらい過酷なスケジュールだったのだ。

私一人ではとても間に合いそうになく、オットと二人三脚での制作だった。私がプロット原稿を見ながら下絵を書き、ペン入れした原稿を、オットが消しゴムかけしてスキャンする。それを私がPhotosopで整え、トーンを貼って完成させる。

イラストの仕事はしていても、モノクロの漫画原稿を作るのは初めてだった。Photoshopで漫画原稿が作れることもこのとき知ったし、トーンの貼り方にコツがあることも、すべてが初めての経験。

印刷所の方から、原稿の作り方はひと通り聞いたけれど、誰かがそばにいて教えてくれるわけでもなく、不安の中で、ひたすら作っていくしかなかった。迷っていたら、締め切りに間に合わないのだ。

二人ともモノも言わず、オットの消しゴムをかける音、スキャナの動く音、私がペンタブを動かす音だけが、部屋の中に響いた。


原稿完成とビールの味


3週間後、締切ギリギリに、何とか提出できた。でも実のところ、あまりに必死過ぎて、このときのことはあまり覚えていないのだ。

だから、忘れられない夏なのに、その輪郭は何となくぼやけていて、はっきりしない。ただ二人で黙って机に向かって、ひたすら作業していたことだけが、記憶の奥にぼんやり残っている。

すべてが終わり、夏まつりで飲んだフローズンビールのおいしさは格別だった。

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おまけ:サンプル原稿


※この記事は投げ銭制です。
この記事だけでなく、普段の記事が面白かった、役に立った、ということがありましたら、投げ銭していただけるとうれしいです。

この後に、オマケで、この企画が通ったきっかけになった「サンプル原稿」を載せます。

若干恥ずかしい内容で、あまり堂々と見せるのも恥ずかしいので、投げ銭制にします。本にもこの部分はあるけれど、編集の手が入り、洗練されたものになっています。見比べてみるのも一興。

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本が出版されるまで

陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&文筆家

300円

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陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&文筆家

著書『アトピーの夫と暮らしています』(PHP研究所)。イラストのお仕事は、NHK・Eテレ『すイエんサー』、書籍『おいし なつかし なごやのおはなし』(戸田恵子著、ぴあ)など多数。現在2冊目の本の執筆中。ひよことプリンとネコが好き。 http://www.hiyoko.tv/

コメント2件

メッセージに返信できなかったのでこちらで…

陽菜ひよ子さんの記事いつも楽しみにしていますし、今回も興味深く読ませていただきました。なので100円くらい安いです(*´-`)
オマケの原稿を読んでから「そういえば私もアトピーのこと全然知らないな」と気付いたので、本の方も電子書籍で買わせていただきました。
これからも楽しみにしています。
ダイセンブさま お買い上げ&オススメ本当にありがとうございます。その上、本までお買い上げいただき、感謝感激です。お言葉も励みになります。ネタが尽きるまで、書き続けて行きたいと思います♡こちらこそ、ダイセンブさんの抒情あふれるエッセイ、楽しみにしています(*^_^*)
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