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27wからの切迫早産入院日記~intro~

ブログを始めた理由
妊娠の過程はとても順調(8wからのつわりは20wになってやっと治った)で、妊婦にはよくある糖尿病や高血圧、むくみなどの症状も特になかった自分は、切迫早産だと告げられる日のことを書き留めたいと思います。

35歳で初産の私が、「切迫早産 入院」でネットで検索して、他の方の体験談を参考にしてスマートに入院できたことがとてもありがたく感じておりました。
この日々の気持ちはお腹の子(愛称ぽんくん)に、将来いつかお伝えできたらと思うと、少し暖かくて前向きな気持ちになれます。
そして、いつか他の妊婦の方の参考にもなれば、この間にあった楽しかったことや、苦しかったことも、+ αの価値が生まれてくるではないでしょうか。

切迫早産と告げられた日のこと
26w0dの土曜日は、転院をきっかけに新しい病院にやってきました。新しい病院はとても綺麗で、建物も新しくどちらかと言いました。ワクワクしながらここで産むことを期待していました。

いつもの体重、尿検査、血圧計が終わり、転院して初めての日なので、内診もありました。
新しい先生は、とても優しそうな男性の先生で、合いそうだなと思いました。
と、その時、先生はモニターを見ながら
「今26wなのに、子宮頚管は20mmしかないですね…通常なら35mm以上あれば安心ですが…細菌による感染症あるかを検査しますので、来週は入院することを視野に入れて来院してくださいね。」
と穏やかだが、心配しそうな口調でおっしゃいました。

ん?
どういうこと?とポカン😦となった自分と主人2人。

結局その日帰宅後、2人で「子宮頚管無力症、子宮頚管短い」についていろいろ調べた結果、2人とも少し落胆してしまいました。

簡単に言いますと、赤ちゃんがいつ出てきちゃっててもおかしくない状況に置かれています。

まだ26wで820gしかない子なので、いざ生まれてきて、NICUで生存ができるとしても、網膜の欠陥をはじめとする障害や、感染症に耐えられなくて亡くなってしまうリスクは極めて高いらしいです。

難産で生まれつき体質が弱い私が歩んできた道を、この子には歩いて欲しくない。

次の週再診した結果、胎内の環境が良くて感染症は全くなく、単純に私自身が生まれつきでの子宮頸管が短かったってことがわかりました。
本音を言いますと、もっと早くわかっていたら、子宮頚管を縛る手術をすることができていたかもしれないと思いました。
以前からかかっていた産院の先生の手紙を、モニターから少し覗いてましたが、どうやら20週頃の健診では、私の子宮頸が30ミリであって、その時は、すでに子宮頸管が短い疑いがあったと書いていました。ただ、アラートラインに達していなくて、私本人にも伝えていないようでした…

産院選びには重要なこと
前の産院の院長先生は腕が良く、このエリアでは有名な先生らしいですが、妊婦さんに伝える情報を必要最低限に抑えることがその先生のスタイルだと、別の妊婦さんからの書き込みがありましたが、自分も見てもらっていて、同じように感じました。私のようなタイプは少しでもリスクを先にしておきたいタイプなので、やはり相性はとても大事だと改めて思いました…皆様、産院を選ぶときに、主治医の先生に体調の話以外にも、もう少し自己情報を開示したほうが良いかもしれません。

いずれにしても、現状は変わりませんので、会社と旦那に相談して産休を1ヵ月半を前倒しにして、次の週に即入院することになりました。

と言うのも、毎日ハラハラしながら過ごすのも、メンタル的にきついし、今入院しなくても2週間後あるいは3週間後に入院することも見えてきた状況でしたので、高額療養費制度、追加給付金、傷病金手当、生命保険を使い倒していざ入院することに決定しました。

自分は人事職でいてよかったです。

そして、会社の同僚と上司にはほんとに感謝感激の嵐です。新卒採用でバタバタしているこの頃すでに人手が足りてない状況に、さらに私が抜けることに対して、とても罪悪感を感じています。それでも皆さんは私のお腹の中の命のことをとても気にかけてくれて、今はまずこの子を1日でも早くお腹の中に留めておくことに専念できるようになりました。
皆さん、ほんとにありがとうございます。

「ゆっくりしてね」って言われても戸惑うような私ですが、とうとうゆっくりするのが自分の仕事と義務になる日が来ました。

第一段階の目標は、30wを迎えること。そして第二段階の目標は35w。
目標が決まったら、残りは頑張って達成させること。

ぽんくん、一緒に頑張って絶対安静しよう!
(要するに頑張ってよく寝て、よく食べて、ゲームを遊んで、お気に入りリストにたまってる映画を見て、ブログも書くこと!)

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