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泣いたって始まらないのに18

 由美はお店を出ると、足早に駅へ向かった。
急いでいる訳ではないのに、足が勝手に動いてしまう。
鼓動がすれ違う人にも聞こえそうなほど高鳴っている。
 爽子の旬を見る目を……
そして旬の指先が爽子の頬に……
あぁ厭らしさなど微塵もない。
ふたりには日常のひとコマなんだね。
 でも、でも眩しくていたたまれなかった。
愛し合っているって凄いんだ。
わたしのまだ知らない世界。
わたしに訪れてくれるのか?  その世界は。
 駅に着く頃には、気持ちも落ち着いて、ふう~と溜息をついたその時、後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには大和が立っていた。
 由美が声も出せずに固まっていると、大和は由美の手を取り、改札口から少し離れたところに移動した。
由美はやっとの思いで呟いた。
「なぜ?」
「逢いたかったから……」
「でも、なぜ?」
「だから! 逢いたかったから」
大和は手を繋いだまま、近くのカフェに入った。
「驚かせてごめんなさい。実は昨日話せなかったんだけど、爽子さんには笹山さんの事、前から相談してたんです。告白したい事も全て。でも止められていました。 まだ早いから、もう少し我慢しろって言われていて。でもはっきりとした理由は教えもらえてなくて。告白した理由は、昨夜話した通りなんです。爽子さんにその事を電話で話したら、物凄く叱られました。当然なんですけど。大好き人に無理をさせて、傷を剔る様なことをしてしまって……ごめんなさい!許して下さい。でも爽子さんに、僕は全て受け止めていること。そしてあるがままの笹山さんを、本気で大切にすると話しました。そしたら昼間、爽子さんから連絡が来て、今夜笹山さんと話しするけど、笹山さんの気持ち次第で、僕の話しを出すからって言われました。別れてからずっと心配でした。昨夜の笹山さんが頭から離れなくて、ほんの少しでも良いから逢いたかった。ただ顔を見るだけでも良いって……」
大和は、戸惑いを隠せないでいる由美の顔を覗き込み、
「何度でも言います。笹山さん付き合ってください。どうか僕から、目を逸らさないでください」
それまで俯いていた由美は、顔を上げると、
「二年もの間、わたしは何も見ようとしなかったし、誰の声も聞こうともしなかったの。何もかも投げやりだった。でも、爽子と彼氏の旬くんの話しを聞かせてもらって、いくら鈍いわたしでも考えたの。相手のせいにばかりにして、自分を顧みることもしないで。ただ……泣いていた。本当馬鹿だよね。泣いたってたって始まらない事に、ひとりで縋って泣いていたの」
 大和は首を横に振り、
「僕は、あなたに一目で心奪われました。それからの僕は、あなたをいつも意識していました。あなたが苦しんでいる事、痛みに耐えている事は判りました。無理矢理明るく振る舞って、笑顔を作っている姿を見ているのが、本当にしんどかったです。泣いたって始まらないなんて、強がり言わないでください。確かに泣いたって解決する事は何もないかもしれない。でも、泣きたい時は泣けばいい。涙は嬉しくても、悲しくても、辛くても、そして楽しくても溢れてしまうものです。その涙をこれからは僕が拭ってあげたい。僕の涙はあなたに拭って欲しい。ゆっくりでいいんです。あなたを信じている僕と向き合ってほしい。そして、お互いの時間を大切に重ねて、ひとつの世界を作りたいんです」
 由美は大和の瞳を見つめたまま、素直な気持ちを伝え始めた。
「嬉しい……河田君の言葉が嬉しい。泣きながらでも周りの優しさに支えられなが、自分が立ち上がるって決めれば、いつだってそこからが始まりなんだって、やっと思えたよ。でも、でもね、まだ少し怖い。一歩一歩大切に、河田君の想いに近づいて行きたい。だから少しだけ歩調を、わたしに合わせてくれると嬉しい……」

 大和は、そっと由美の手を握ると、
「大丈夫です。僕はここにいますから。いつだって僕は、ゆ、由美さんの隣にいます。そしてこの手は絶対に離しません」
 なんて温かい人なのだろ。
その心に触れていると、頑なだった心が癒されていくのを感じる。
あぁまた涙が溢れてしまう。
頬をつたう涙を、大和が優しく拭う。
「止まらない……どうしょう」
そう呟く由美を、大和は自分の胸に引き寄せて、
「大丈夫だからね。泣いていいんだよ。僕は傍にいる」
そう言うと、震えている愛しい肩をそっと抱きしめた。
 泣いたって始まらないなんて強がりはもう言わない。
自分に素直になれば、その瞬間に何が始まっていく。
確実に何が変わっていく。
その変化を気づく時が、いつかなんてわからないけど、今確かなことは、大和への想いを言葉にして伝えたい、ただそれだけ。
「河田……ううん大和と……いたい」
返事にかえて、唇を重ねる大和の瞳から涙が零れ落ちる。
 その涙を、由美の細い指が優しく拭った。

「有難う……由美。さぁ……帰ろう」




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