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唯一無二の涙

 がらんとした部屋で、俺は昨日別れた恋人のことを想い、あれだけ話し合ったのに納得出来ないでいる。あいつの前じゃそんな素振りしなかった。辛い気持ちは同じなんだ。いや、別れを告げたあいつの方が俺より辛いんだ。
判っている……判っている……
でも寂しいよ。何故今俺ひとりなんだ? なあ一真……逢いたい。
お前を想うだけで、体中が疼くんだ。あの熱量が恋しい。
ああ~死ぬほど愛されていた事実に、今更ながら追い詰められるとは。
「終わりだって言うな! どんなに時間がかかっても迎えに来るから。信じて待っていて」
押し黙る俺に、最後の抱擁を残し出て行ったお前。あの再会がなければ。ああ、もっと前に逢えていたなら、目に映る景色はきっと違っていたなんて考えるのは虫のいい話だ。状況はそんなに簡単じゃないんだ。そして甘くもない。
***
 俺たちは幼馴染だった。
近すぎてよく判らなかったけど、
俺の気持ちは中学でハッキリしたんだ。お前に抱いている好きが「恋」だと言うことに。
告白? できるか……あいつは彼女も出来て楽しそうなんだ。
俺は親友として隣にいる事を選んだ。それで良い。それが良いんだ。懐いてくる一真が愛おしくて仕方なかった。
 然し、高校大学は別々になってしまった。お前は附属から大学に。俺は公立から国立に。
まあ親の経済的レベルの違いが別々の道に進む事になった。
そうなると、だんだんと疎遠なり連絡も取り合わなくなっていったた。仕方ないよ。俺もそろそろ潮時だと考え、無理矢理連絡先を探すこともしなかった。もはや叶わぬ初恋に終止符を打とうと思っていたのに……それなのに神様の計らいか? お互いのアパートが隣りあっていたなんて。
この驚きの偶然に俺は抑え込んでいた想いが爆発したんだ。
 再会に戸惑いはあったが、この気持を素直に話したいと思った。お前は、さも知っていたような反応したんだぞ。
そして、
「俺もずっと逢いたかったんだよ陸斗に。連絡先誰にも教えないでふざけてるよ! 俺だって伝えたかった気持ちがあるんだ。ずっと好きだった陸斗」
嘘だろう? 夢を見ているのかと思った。
拗れる想いになるかと思いきや
自然に、当たり前のように、恋人同士になれたんだから。
それから泣いたり笑ったり見つめあったり。
そして……愛し合った。
こんなにも触れる逢うことが
幸せなんって思いもしなかった。俺は何度神様に感謝したか!  あの日から共に歩む人生だと信じていた。疑う余地なんかなかった! 全てが順調だったのに。
 其れは突然襲ってきたんだ。 現実は俺たちを容易に引き離した。俺たちが甘かったか。
 ひとり息子のお前は、親の会社を継ぎ傾いた会社と従業員のために見合い結婚をする事になった。
耐えられない。そんなこと耐えられない。一真が俺以外と……嫌だ! ふたりで抗った。逃げる事も考えた。然しお前は責任を全うすると決めたんだ。
そんなお前に、もはや引き留める術を持たない俺は判ったとしか言えなかった。
 最後の夜俺たちは、なり振りかまわず泣いた。愛してると狂ったように叫んでいた。
何故俺はお前の全てになれない?
何故俺は……俺でしかないのか?

「陸斗、愛してるのはお前だけだ。くそっ情けないな。金の為に男が身を売るなんて、何時代だ? アハハ……」
「やめろ! 卑下するなよ! 責任を全うするんだろ!」
そんなお前を見てるのが辛いんだよ! 悲しみが貼り付いたお前の笑顔をさ。無理して笑わなくて良いんだ! 俺の前では甘えてくれ。なぁ一真! 泣いてくれ。
ただ、ただ愛し合った。
本能だけで求め合い貪り合った。そして俺たちは時間を止めた。
錯覚か? 違う止ったんだ。
このまま永遠に俺たちは繋がっていると、心に肉体に、互いを刻み込むために。お前は全てを注ぎ込むように、泣きじゃくる俺を優しく優しく愛してくれた。 
「もう……泣くな。俺への涙は全部貰っていく。俺の為に涙は流させない。だから……泣いちゃ駄目だって」
「無理だっ……溢れてくるんだ ずっと傍にいて、一真……一真」
お前を想い、お前を愛していているから流れてしまうお前への涙。
その涙全てを心に染みこませたよと言って、俺の前から去って行ったお前。行くなよ! 行かないで! 唯一の恋人へ最後に贈ったものが涙なんて。そんなの辛すぎる。
俺は……
俺は……
昨日失った涙が恋しい。
なあ一真……俺は大丈夫なんだろうか。
 空蝉の人生に、夏風が煩いぐらい濃い緑をざわつかせて俺の心を揺らすんだ。
 どうにかなりそうだよ!
 一真……お前は、今泣いているのだろうか。
俺の涙が、お前の頰を心を濡らしているんだよな?
お前と繋がり、お前の肉体に俺が宿っていると思えば、これからも俺は生きていけるんだ。

お前の唯一無二の涙は……
俺なんだ。
愛していている……一真。

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