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質量ともに圧倒的なビストロについて

「フランス料理店」と言われて、どんなものを思い浮かべるかは、ひとによってかなりまちまちかもしれない。
では「ビストロ」は、どんな店かある程度しぼられているのではないか、と思ってからあらためて街中を眺めると「ビストロ」と店名に冠して「ハンバーグ定食」を提供している店もあってフランス料理ですらなく、仮に「気取らない料理」としたら「おうちビストロ」みたいな言い方もわからない。オーブンレンジの「ビストロ」はメーカーは何を意図して命名しているのか?何もわからなくなってきた。
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初めて行ったのは、開店して一年経たないくらい、ランチのコースだった。コース仕立てにされていると、アラカルトだとシェア前提の店でも一人で行きやすい。アラカルトにもコースにも、それぞれ利点がある。
「前菜、スープ、メイン(肉or魚)」「前菜、スープ、メイン(肉&魚)」それぞれ、デザートを付けるかどうかで500円くらい違う。少し悩んでフルのコースにした。メインは両方、デザートあり。初めて行くところではどちらかというと様子見をするのに、店内の雰囲気が美味しそうだったからだと思う。
前菜だけで、中途半端なプレートランチを凌駕する量が来た
40cmくらいあるオーバルのプレートに、リゾーニ(米状のショートパスタ)、ショートケーキくらいの厚みと角度があるキッシュ、たっぷりの野菜、キャロットラペ、カルパッチョ。

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量があるのに、塩も油もきつくないせいか不思議にもたれない。キッシュも冷えてぎゅっとした作り置きじゃない。まさか焼きたてじゃないですよね?と後日お聞きした。作り置きはしているのだけど、予約時間に合わせてオーブンで食べごろに温め直しているらしい。キッシュは卵料理だから、温かい方が嬉しいに決まっている。

スープ→前菜ではなく、前菜→スープなのも、ボリュームのある前菜を一度リセットしてメインを迎えるという仕切り直しには丁度いい順番だと思う。
「夜のメイン料理よりは、さすがに少しポーションが小さいですよ」と聞いていたのに普通の量に思えるメインが来た。ソースがくどくないからするする食べられる。提供されたバゲットが、薄切りにした状態ではなく一本を豪快に1/4くらいにカットしたものが籠に入れられて提供されたのも面白かった。デザートもすごく美味しくて、おそらくコーヒーに添えたミルクも動物性脂肪、食後のカフェで手を抜くレストランが山ほどあることを思うと最後まで嬉しい。

ひとを誘う間も惜しく、夜に一人で行こうと電話を入れた。
電話の向こうでマダムが「お客様、当店は初めてでしたでしょうか…」おかしい、一見さんお断りみたいな店ではなかったはずだけど…と訝しみつつ「いえ、先日お昼にお伺いしました」と答えると、声がぱっと明るくなって「では当店のスタイルはご存じですね。実は"量が多すぎる"とクレームが入ったことがあったものですから…」
そんなクレームある?しかし"スタイル"と言っている以上、変える気はないんだろうな、ということが感じられ、いっそう好ましく思いながら電話を切った。

一人で行くと、どうしても頼める皿数は少なくなるから、メイン料理よりは前菜を何品か頼んでワインを飲みたい。鮎のコンフィサフランと香味野菜のソース、自家製ブーダンノワールを頼んだ。
鮎のコンフィが2尾乗った野菜が大盛りのサラダが出てきた。

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ランチから予想していたとはいえ、ボリュームに笑ってしまう。サフランと鮎を合わせようと思ったことがなかったけれど、サフランのヨードっぽい匂いと鮎は合うんだなという発見だった。
ブーダンノワールには桃のキャラメリゼが添えられていて、これが本当に素敵だった。確か当時一皿800円だった。信じられない。

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たいていブーダンノワール(豚の血を使った、見た目は真っ黒なソーセージ。うまく調理されていればレバーが好きなひとは好きだと思うがレバーよりふわふわしている)には林檎の甘く煮たのが添えられているのがセオリーだ。それを桃のキャラメリゼ。シンプルでいて、香りと歯触りも添えられて季節も感じられる忘れ難さだった。
決してボリューム偏重で大味な店というわけではない。

秋冬はジビエも出していて、ヒグマのアッシュパルマンティエを食べたことがある。海老芋のマッシュを煮込んだ熊の腿肉が覆い、皿にはベリーのソースが流してあって栗が添えられている。皿の上が、雑食の熊が住む森だ。森が皿に再現されている。

冬季限定のカスレ(肉と豆の煮込み料理)もものすごくて、直径50cmくらいの洗面器みたいなサイズのSTAUBに、通常豚角煮用として買われていくようなサイズの豚バラかたまり肉のハーフサイズの塩豚が一本、ソーセージ、鴨もも肉のコンフィ一本の下に豆があり、肉でおおわれて豆が見えない。カスレってこういうものだったっけ。他店で食べたのとずいぶん様子が異なる。
フォアグラのテリーヌを頼んだら、タテかヨコかわからないサイズ感のものが来た。

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また違う時には、遠目に小山のように盛られたキャンプファイヤーの薪みたいなのが見えて「メニューにポテトフライなんてあったかなあ…どこのテーブルが頼んだんだろう」と思ったら、我々が頼んだ稚鮎のフリットだったことがあった。

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食いしん坊の友人たちは皆「美味しいものが食べたらなくなる」ことを悲しむのだが、この時ばかりは「すごい!食べてもなくならない!」と歓喜する友人を見ることができた。
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先日、麻酔科医の友人が話す職場での話を興味深く聞いていた。私の麻酔科医に対するイメージはひどくぼんやりしていて、手術の前に処方したら終わりくらいに思っていたかもしれない。実のところ、手術室内の平穏を如何に守るか、患者の体調を如何に一定に保つかなのだと聞いて「指揮者かドラマーみたいなものか」と言ったら「まさにそうで、オペ室のマエストロと言われている」と返ってきた。これは、おそらく友人が「マエストロ」たる自負とイメージに基づいて話していたからこそ、明確に伝わったのに他ならない。
それと同じように、この店には確固とした「ビストロはこうあるべき」というビジョンが頭にあるのだと思う。修行された店がそうだったのか、フランスで体験したビストロがそうだったのか、ルーツまでお聞きできたことはない。でもわかる。店が発するメッセージとしては"あそこに行けば何か必ず美味しいものがあって、お腹いっぱいになって笑顔で帰ることができる」とお客さんが思い描く場所"で、私はそこから更に「フランス料理は地方料理の集積であり、庶民の生活の集積こそ文化である」という矜持すら読み取ってしまう。
("高級料理"としてのイメージを体現するフランス料理は宮廷料理がルーツで、ビストロは庶民向けの食堂、という趣があるからだ。ただ、フランスの庶民といっても日本の家庭料理とは異なるため「よそ行き」感はあるかもしれないが、両者は決定的に異なる)

シェフもマダムも常にニコニコしているようなタイプではないが、客を選んでいるというのではなく、シャイな職人肌という感じなので気にならない。
開店当初から変わらずぎっしり書かれたメニューボードを見たら、メッセージは明白なんじゃないだろうか。最初は厨房一人しかいなかったのに仕込みが尋常じゃない。(一見値段が高く見えるけど取り分けが前提の量です)

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量が多いことを噛んで含めるように説明して紹介した友人と一緒にランチコースを選ぶとき、友人がメイン1品にするか2品にするかで悩んでいた時に「当店はボリュームがありますのでフルコースは男性でも残す方もいらっしゃいます」と説明を補足された。
マダム。私が初めて訪問してフルコースデザート付きをオーダーしたとき、特にそういった注意喚起はありませんでしたよね…完食しましたしパンもおかわりしましたが…。
意図は、意思は通じるということなのかもしれない。

店の営業状況などはInstagramで。
阪急高槻市駅から東へ少し歩くので知らないとやや戸惑うかもしれない。
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ランチは全部のせフルコースで4,000円くらい(飲み物別税別)満足度に比較して、絶対に高くない。

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これはある時のデザート、桃を半分使ったピーチメルバ

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