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エンタメ日記vol.2 『すべてを』

2019年3月23日
『すべてを』
片想い
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中央線から見える空が好きだ。
特に都心から郊外へと続く高架区間は、街が遠くまで見えるし、空が広いように感じる。たぶん西に行くにつれて高い建物が少なくなり、南側には崖線があって町全体が低く見えるからだと思う。
帰り道に車窓から夕焼けや街の灯りを見ると、なんとも言えない気持ちになる。

それは言葉にできないから、そのまま「乗り馴れたJR中央線から、線路の南側に広がる夕焼け空を見ている時の気持ち」だ。一番似ているのは、夕飯時の帰り道でふいにどこかの家から漂うご飯の匂いをかいだ時の気持ち。
成分的には安心感と懐かしさと寂しさとがごちゃ混ぜになっていて、家に帰る足が自然と早くなる。

そんな気持ちのときは、片想いの『すべてを』を聴いている。
言葉にならないような「なんともいえない気持ち」を包み込んでくれる気がする。

まばらに見るゆめは 夕射しに溶け込んだ
静まり。ホームに帰ろうかなんて
アイスコーヒー少し残した

アイスコーヒーを少し残すというひどく具体的な話が、『すべてを』表しているのが不思議だ。ボーカルの片岡シンさんがどこかのインタビュー記事で「歌詞の内容で伝えようとしないし、どう捉えてもらってもいい」と語っているのを目にした。すべてを語るには具体的すぎる「少し残されたアイスコーヒー」が、その奥にあるすべてを感じさせてくれる。
僕は勝手にこの歌を「中央線で帰るときの気持ちだ」と思っているが、それも少し残ったアイスコーヒーの奥にたぶん包み込まれている。

そもそも『片想い』というバンド名が大好きだ。もはやずるい。
人の気持ちなんて所詮大部分は一方通行だ。何でも言葉にして人に伝えられればいいけれど、そううまくはいかない。まさに思春期の片想いみたいなものだ。たぶんすべてを言葉にしてしまう必要もないのだと思う。もっと大きなもので包み込んでしまえばいい。
人間の感情も言葉だけじゃ言い表せないから、色々なエンタメがあるのかもしれない。そう思いながら、今も説明できる言葉を探しているのだけれど。

とっくに夢も夕射しも溶け込んだ空を見ながら、
言葉にできない気持ちを抱きしめて、今日も明日も中央線に乗って家に帰る。
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すべてを。
Ease my mind people
エンタメとは、言葉にできない片想い。

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