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「ヴェノム」を観た二人

「え。何これ、パニックホラー? 」

 ポスターを見た麻谷の第一声がそれだった。俺は苦笑して首を振る。

「いや、ヒーローもの。マーベル。お前好きそうだろ」

 好きそうって、と眉間に皺を寄せて色素の薄い髪をかき混ぜてから、彼は頷いた。

「んー、いいよ。じゃあこれ観よ」

 授業終わりに寄った映画館は、にわかに混んでいた。麻谷がポップコーンを買うと言うので列から離れると、ファンタスティックビーストの2作目の入場列が長く伸びているのが目に入った。まあ、今観るならこれなのかもな。

上映が終わり、「最後のあれ何だったん? あのおっさん生きてんじゃないの?」とぼやきながら立ち上がった麻谷の顔を見ると、満足しなかったわけではなかったようだ。ひとまずはそれに安心しながら、胸中に出来た熱い塊に息をつく。あまりに個人的な解釈な気がして、麻谷に軽々しくぶつけるのは気が引けた。

 互いになぜか無言のまま劇場のエスカレーターを降り、同じ屋内のスーパーへ入った。

 「今日鍋でいい?」

「あ、うん」

 麻谷が映画を観るとだいたいこうなるが、わかりやすく上の空である。白菜を手に取った時、頭上から声が降ってきた。

「恋なのかなぁ」

 俺は思わず振り返った。まさしくおれが抱える熱源の正体だったからだ。麻谷は虚空を見つめながら思案している。

「俺もそんな気がした」

 熱くなり過ぎないよう意識しながら声をかけると、勢いよく彼が視線を下ろした。

「だよなっ!? ヴェノムはエディに恋してるよな!?」

「声大きいなー。作中の事実じゃないけどね」

「なんで誰も明言しないんだ」

「いや、マーベルだし」

「お前はマーベルの何を知ってんの」

「知らないけど新しい色恋を描くのはディズニーで充分だろ。新しいヒーローを描くのが肝要なところなんじゃないの」

 その長身で前に立ち塞がるな。レジに行けない。しっしっと腕で払うと、ふてくされたように呟きながら退いた。

「男のオレにまで伝わるって相当だと思うけどな…」

確かに、ザ・ノンケ陽キャラ男なステータスの麻谷がそのような感想を抱いたのは少し意外だ。けどこいつ、前にBL好きの女と付き合ってなかったか? 三ヶ月で別れたけど。

「まぁ、そういうのに敏感な奴らへのサービス精神くらいはあったんじゃないの。ブロマンスとか、いつの時代でも一定の層にはウケるし」
「お前は俺のものだとかさ、お前のことなら何でもさ知ってるとかさ、まあ寄生先だからっていうので全部カバー出来る範囲でちょっとラブいよな」
「それに熱い絆の一部ともとれる」
「ジャンプ的な」
「まあそういう感じ」
「困るなぁそんな風に匂わされると。俺がただ恋愛脳だからかなおかしいのかなって不安になるじゃん」
「他人とこうやって共有出来てよかったな」
「うん」

レジの女の人が麻谷をちらりと見上げた。無理もない、180センチ越えの茶髪男がはしゃいでいるとそれだけで圧がある。はしゃぐな。
店を出ると、思わず顔をしかめるような冷気が体を包み込んだ。「うわあぁ寒」ともちろん麻谷は盛大に悲鳴を上げる。ガサガサとレジ袋を揺らしながら、ふと首を傾げた。

「けど、いくつか分かんないとこあったな。ヴェノムってさ、結構入ってからすぐエディのことスキスキ言ってたじゃん。あっこまでしてエディとか人間の肩持つ理由とかあった?」
「スキスキ言ってたか?」
「たとえですけど」
「そういうの例えじゃなくて意訳って言うんじゃないですか。まあほら、そこはあれだよ、寄生だよ。ヴェノムはエディの脳みそにも干渉出来たはずだから、そこからエディの過去やら人格やら人間社会のあれこれやら知って、その上で気に入ったってことなんじゃないの」

いかん、ちょっと長めに話したせいで唇がかじかんできた。マフラーに顔を埋めさせていると、隣で麻谷はんー、だか、ふーん? だか唸った。

「そう言われればって感じだけど……寄生に頼りすぎじゃね?」
「そこはほら、マーベルだから、省略」
「さっきから思ってたけど黎汰さんマーベル蔑視のヒト?」
「いやいや、だったらわざわざ観ないし。重きを置いてるところがそこじゃなかったから省略したんじゃないのかってこと」
「んー。でもやっぱり俺は見たいけどなぁ、絆が強まってく過程とか」
「けど結果の提示が説得力あっただろ。終盤のエディとヴェノムの行動とかさ」

麻谷は思い当たったように何度も頷いて、満足そうに微笑んだ。

「ああ、よかった。ヴェノムがひっぺがされて食われそうになってるときにエディが初めてヴェノムに手を伸ばすとことか、ヴェノムが爆発からエディを守るとことか。お前火苦手だっただろー! て泣きそうになったなぁ」
「俺なんかは、まぁそれくらい良い見せ方してくれるならいいかなって思ったりする」
「なるほどね。あ、あともう一個、元カノは途中から何であんな協力的になったの。それまで塩対応だったのに」
「それはまあ……もうちょっと恋愛経験積めよ麻谷ってとこなんじゃない」
「はい???」
「いだだだだ」

両肩を掴む力がバカ強い。それなりに身長差があるので体重をモロに込めてきてやがる。

「あれだよ、人の心は移ろいやすいってことじゃないの。まあ彼女の方もまだ少しエディに情はあるっぽかったし、元々」
「その辺もちっと説明あってもいいよなー」
「あんまり説明多くても萎えるけどな」
「あ、てかさ今日の鍋コンソメ入れよ」
「前もコンソメだっただろ」

唐突に日常の話に戻って、多分また不意に映画の話に戻る。麻谷と映画を観た時はいつもこんな風だが、割合麻谷も一生懸命観ているので、話がいがある。

「あ、まだあった、分かんなかったこと」
「映画の話?」
「うん。いや内容の話じゃなくて」
「何」
「オレはともかく黎太ってマーベルとか自分から観たいって言わないだろ。割とアクション疎遠な感じだし。なんで今回観ようと思ったわけ?」
「……………………俳優が推しだった、から?」
「なぜにハテナマーク。あ、あの人だろ、敵のボスの美男子」
「いやまぁ何人かだよ」
「釈然としなくね?」

本当のところを言うと、密かに好んでいるブロマンスの要素があるとネットで見かけたから、というあまりに即物的な理由なのだが、何となく伏せておく。麻谷は容易にセクシャリティと繋げたりしそうで面倒である。

「あ、決めた。今日キムチ鍋な」
「いや待って! オレ辛いの無理じゃん! ここはコンソメじゃん!」

ああ、今度は何を観ようか。ちょくちょく何かしら見つけてくる麻谷の提案に沿うような気もするが、奴がもうすこし心の機微を意識出来るようなものもいい。

私が観た映画を架空の大学生二人が観たら、という気が狂っとる謎小説だ。逃げろ。

麻谷(あさや) 大学二年生。よく、半分こしている家賃が払えなくなる。上の名前で呼ばれている。
黎太(れいた) 大学二年生。気むずかしそうに見えるが意外と寛容。下の名前で呼ばれている。

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