総務のせつない性質

就職して数年たったころ、大学時代に所属していたゼミのOB会が開催された。会には教授と歴代の卒業生や現役の学生が出席し、それぞれの交流が図られる。私はなかなか会う機会のない恩師に再会できればと思い、出席することにした。
会は大学内の小さなホールで立食形式で行われた。先生や卒業生数名のスピーチ、学生の研究発表があったが、大半の時間は歓談に費やされる。
わたしは目的どおり恩師と会い近況報告をすることができたのだが、その後想像していなかった展開になった。

学生が話しかけてきたのである。いや、話しかけてくるのはかまわない。将来のことを考えて、普段接触する機会が少ない社会人と話して情報を得ることはとても有意義だ。リクルートスーツを着た学生が私に話しかけてきた。お互いに名乗った後、学生はにこやかに質問してきた。
「お仕事は何されてるんですか?」
「製造業で総務をやっています」
答えると、学生は「あ」の口をして一瞬時が止まる。
「?」
「あ、そうなんですねー、ありがとうございました」
「はあ…」
会話終了。学生はそそくさと立ち去った。いまの間は何だったんだ?と一瞬考えて、私の仕事に興味がなかったんだな、という結論に達した。

私が所属していたゼミの内容はマーケティング論・広告論で、ゼミ生たちはその分野に興味があり、広告やメディア関係に就職した先輩の話が聞きたいのだろう。そんな学生にとって「製造業の総務」なんて頭の片隅にも存在しない職種。仕事に関する質問が思い浮かぶはずもない。私も昔はそうだったなあという懐かしさと、総務の仕事だって面白いところはあるんだけどなあという寂しい思いが心をよぎった。

総務の仕事は多岐にわたる。固定資産・消耗品の管理、株式管理、文書管理、社員の健康管理、防災、慶弔、福利厚生、社内行事など。会社によっては経理財務、人事労務、法務なども総務部として一括して担当する。私がいた会社もそうだった。

総務に定型的な業務が多いのは事実だが、ただ形どおりに仕事をしているだけではだめで、小さなできごとから問題をすくい上げる力を必要とする。例えば給与計算をするとき、ある社員の残業時間が多くなっているなと認識する。同じ社員から出された経費精算書を見ると、とてもきれいな字を書く人だったはずなのに、読めるかどうか怪しいくらいの字で書かれていた。そういえば精算書を出しに来た時の顔色が冴えなかったような気がする。そんな時は自分の上司を通じて所属部署に状況報告と作業内容の見直しを依頼し、産業医の面談者リストにその社員の名前を加える。社内で顔を合わせたときに声をかけることも忘れない。

総務をはじめとする間接部門は常に経費削減を要求されている。自分の作業量が増えて残業が増えたら労務費が増えてしまう。上記の例で合理性を追求すれば、すばやく正しく給与計算と経費精算を行うだけでいいのかもしれない。ただ、会社がヒトで成り立っている以上は社員を守る行動もしないといけない。
もし総務の対応によって前述の社員の状態が回復し、仕事で目覚ましい成果をあげたとしても、総務の収益になることはない。対応が褒められるどころか、むしろ帳簿だけ見ればいつもより費用がかかっていて経営者に小言を言われて終わるだけなんてこともありうる。多くの人に認められたい、という人には向かない仕事だということは間違いない。

他の人の目が届かないところで仕事をしているので、仕事内容も成果も理解されにくい。だから「雑用係」としてやや軽く見られている節がある。しかし、役割に応じて営業や製造部門などがあるように、総務も役割分担のひとつとして存在している。雑草という名前の草がないのと同じで、雑用という名前の仕事もない。ささいなことでも必要だからやっている。それぞれの部署が優劣や上下によってではなく、機能に応じて分けられているだけだ。

逃げようとする例のゼミ生を捕まえてそういうことを語ってもよかったかもしれない。でも、興味がない人に話してもただ単に嫌がられるだけのような気がするので、おとなしくしているのが賢明なんだろうな。
いいんだ、認めてもらえなくても。自分の仕事に誇りがあれば。

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