ショートショート「恋の媚薬No.6」

「と言うことは本当に実在したんですね?」
「ああ 確かに居たよ」

記者になって7年、ようやく面白い記事が書けそうだぞ。
この町には昔から都市伝説として語られているこんな話がある。
とあるボロボロのアパートの二階に住む婆さんが調合した恋の媚薬を飲むと好きな人と結ばれると。
俺はその婆さんから実際に媚薬を買った事があるという老人に辿り着き、家を訪ねていた。

「どんな婆さんだったんですか?」
「なんだかとにかく薄気味悪かったな」
老人は椅子にもたれ、窓の外を眺めて言った。「婆さんは何歳くらいでしたか?」
「そうだな 今の俺くらいだから75歳から80歳くらいかな」
「薬は錠剤?」
「粉薬だ 確かNo.6って名前だった」
「なるほど それで飲みました?」
「最初はな 薬を飲んでは好きな人の写真を見ていた でも自分の気持ちが募るばかりで好きな人には相手にされなかったよ」
「なーんだ詐欺だった訳ですね?」
「いや 婆さんに文句言いに行ったら逆に言われたよ お前はバカかって 好きな人に飲ませて相手の瞳に自分が映ってなきゃだめなんだよと」

どうやら飲んで一番最初に見た人をどうしようもなく好きになる薬だったようだ。
老人は続ける。
「でも俺はあの頃18歳でピュアだったから好きな人をお茶に誘う事も緊張して出来なかったんだ」
「それでどうなりました?」
「結局飲ませるチャンスさえ無く終わっちまったよ」
「じゃあ薬の効力はわからないんですね…」
すると
「いや効力はあった その時に余った薬を机の引き出しに入れ そんな事も忘れて24年の月日が経った42歳のころだ もう恋なんてものはしないと思っていたが好きな人が出来たんだよ」
「へぇ どんな人ですか?」
「年齢は44歳で引越し先のアパートの隣の部屋に住んでいた人だ」
「ご近所さんだったんですね 独身だったんですか?」
「そう独身の芸術家だった しかしすごく綺麗でね 完全に一目惚れだったよ」

老人の話しによると、その女性も恋愛にはあまり良い経験が無かったらしく、生涯独身でも良いと思って過ごしていたと、後から聞かされたそうだ。
「するとその女性が媚薬を飲んだんですか?」「俺も42歳になって女性と話すくらいは緊張なく出来るようになってたからね 最初はアパートの前で少し立ち話するようになったんだ」
徐々に老人の話し方もノッて来た。
「ある時 近所に新しい喫茶店が出来たんで そこに今度行きましょうと勇気を出して誘ったんだ それで返事はOKさ」
「それからどうなりました?」
「何年ぶりの恋だろうと考えてる時に ふと18歳の時に引き出しにしまったままの媚薬の存在を思い出し 引き出しを開けて探すと奥から粉薬の入った小瓶が出てきたんだよ」

老人はずっと窓の外を眺めたまま続けた。
「使うか迷ったんだけど約束の日に一応ポケットに入れて行ったんだ 席につき真正面からみた彼女は一段と美しかったのを覚えている 俺はコーヒーで彼女はコーヒーが飲めないらしくオレンジジュースを頼んだんだ」
「チャンスはありました?」
「ああ しばらく会話を楽しんだ もしかしたらこんな媚薬なんて要らないんじゃないかと思う位だった いや要らなかったな 今思うと」
「良い雰囲気だったんですね?でも使ったんですね?」
老人は軽く頷き、そして続けた。
「彼女がトイレに立った時にポケットから媚薬を取り出し 辺りを見渡して誰にも見られてない事を確認してサッとひとつまみ入れたんだ」

俺は思わず唾をゴクッと飲みこみ 老人の話しの続きを待った。
「したらさ 彼女がオレンジジュースを飲み干し、結果結婚し今にいたるよ」
「なるほど媚薬の効果はあったんですね」

と、返事したが俺は媚薬を飲んだ彼女がどう変化したのか、ものすごく気になった。
と、その瞬間

ガチャと老人の家のドアが空いた。
すると30代半ばくらいの買い物袋を持った綺麗な女性が
「ただいま あらお客さん?」
と言って入ってきた。
「お邪魔してます あれ娘さん?」と老人の顔を見た。
すると老人から、こう返ってきた。
「いや 妻だよ」
でも当時44歳だったって事は、今は70代後半って事だよな?どうみても30代半ばに見えるなと思っていると老人が言った。

「話し飛ばしちゃったけど あの日彼女がトイレに向かうと奥のテーブルに近所のファミリーが来ててさ そこの4歳の娘が彼女に懐いててね こっちのテーブルに連れてきちゃったんだよ」

「それって、まさか…」

「ああ 一気に飲み干しちゃったんだよその娘が」


その後、会社に帰ってこの話をまとめて記事にしたが、結局は都市伝説として扱われている。

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