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ユーラシア横断の旅① 〜上海のスモッグ編〜

大陸を移動したいと思い、中国からユーラシアに入る旅にした。中国、上海へは大阪から出るフェリーで2日間。瀬戸内海を通って九州の北を進み上海へ。
とりあえず1日目は日本国内なので旅の感慨もなかったが、翌日の朝から外洋に出て、日本から離れていく。


九州、五島列島を離れると携帯も圏外になり、いよいよ暇になってしまった。3階フロアのロビーではBS1を放送しており多少の暇を潰せたが、それもやがて映らなくなってしまう。4階フロア奥の喫煙所と、そのもっと奥の外扉からデッキに出るのを繰り返し、海風と煙草の煙を交互に吸った。デッキにはボロボロのベンチが用意されていたが、冬の船上にわざわざ出るような客は自分ぐらいだった。

聞くに日本製のフェリーだそうだが、派手な”福”の字の装飾と中国語字幕の映画の流れる船内は中国そのものだ。
同室の男性は輸入業で20回以上この船に乗船しているそうで、簡単な中国語と、降りてからの地下鉄について教えてくれた。上海で他の中国人社員を拾ったのちバングラデシュに向かうそうだ。中国は住むところではないとしきりに言う彼から中国という国を察する。
そもそもこの船は旅行者向けのように見えて、実際は日本に訪れる研修生や出稼ぎ労働者が多く乗る船だそうで、以前は不法入国者を強制送還させることにも使われたそう。今でこそ空路とそう変わらない値段だが、かつては破格の値段だったはず。中国人向けに作られるわけだ。


朝食は無料、昼食、夕食は日本円で500円だ。日本円の小銭が尽きたので中国元で払うと18元(300円ちょっと)で、日本人客からボッているのかなんなのか。ご飯はそれなりに口に合う味だったが、「中国人の作る中華料理」と言ったところで、日本食としての中華とは別物。
その日の夜はロビーで若い研修生の女性と元研修生のおばちゃんが数人集まり、日本での待遇の悪さなんかについて遅くまで盛り上がっていてうまく寝付けなかった。

朝起きたらすでに湾に入っていた。
汚泥の様な海の色と真っ白な霧の向こうにテレビ塔が見える。
朝食は決まって味の無い粥が出るのでザーサイを乗せて掻き込む。

中国のイミグレは割と雑なので特にトラブルなく抜けられたが、その先のエスカレーターにバッグの紐が飲まれて係員に逆回転してもらう羽目になった。死ぬかと思った。上海の市街は不気味に霧かかっていて、ゴミが散乱していた。地下鉄の入り口は割とすぐに見つかったのでさっさと上海駅に向かうことにする。

上海駅はただだだっ広く、駅前広場に公安の黒いバンが座り込んでいた。駅前で立って呼び込みをしているのはダフ屋で、列車の乗車券を売っている。乗車券にはパスポート番号を印字されることになっているので他ルートで買わない方が良い。
ウルムチ行きを窓口で聞いてみると12時と19時の便があり19時行きを頼んだが、窓口を出て外のベンチに座ってみるとこの退屈をあと9時間も続けるのはしんどいぞと思い、差額を払って12時行きに変更した。
駅には空港の様な金属探知機のゲートがあるが、はっきり言って飾りだ。構内のケンタッキー(Wi-Fiを使うために入ったが使えなかった)でコーヒーを飲みながら見ていたが、止められた乗客すらいなかった。
無事ウルムチ行きの列車に乗り込むが、2日も乗ると言うのにただの座席だった。
宿代と思って寝台にすればよかっただろうかと一瞬考えたが、今考えられるのはこれからの地獄の様な列車旅への不安だけ。


船で一緒だったベテランに「列車の旅もいいものですね」だなんて言われたが、それはある程度の値段を払った上での話だ。7000円ぽっちの金ではそれ相応の洗礼を受けることになる。
車内販売が定期的に来るので食べものに困ることは無い。来る車販は4種類で、カップラーメンやつまみ、飲み物を売るもの。果物を売るもの。昼時や夕飯時に来る出来立て弁当を売るもの。ティッシュやモバイルバッテリーなどを売るものがある。最後のは車内販売というかカゴを持って売りに来る。大体19時くらいになると商品のプレゼンが始まり、笑ってしまったのはその商品と言うのがシェーバーと懐中電灯が合体していてしかも防水!という何が目的か分からないもので、しかもそこそこ売れていたのだ。
一番下のランクのこの席では他の乗客もお金がなく、持ち込みのつまみやカップラーメンで腹を満たす。車内には必ずお湯を出す機械が用意してあり、そこで用意するのだ。中国のカップラーメンの殆どは激辛で、スープを飲み干すのは不可能に近い。
中国人の乗客はよくこのお湯をそのまま白湯として飲んだり、茶葉を入れたボトルにお湯を入れてお茶にして飲んでいる。

車窓からの風景は上海郊外までは廃墟同然のマンションと痩せた林と黄色い川くらいで、それからはそこからマンションを無くした荒野。そして例外なく白いスモッグなのか霧なのかともかく白い何かに覆われていた。中国で青い空を見ることはあるのだろうか。
客車の間のスペースは喫煙所になっていて、ケツが痛くなったらそこに移動してタバコを吸った。小さな窓から外の風景が見えるが、なんてことない黄色と白の風景だけだ。それもまた楽しいが。
中国でトラブルが起きない様にする秘訣として、中国人として振舞うことが挙げられる。以外と多民族のこの国では黙っていれば日本人と分からない。しかしこうした列車では他人同士で雑談するのが普通らしく(こうしたボーダーフリーな所は羨ましい)乗って数時間でバレてしまった。席が目の前だった青年は工学の勉強をしている様で、参考書を引っ張り出しては読みふけっていた。彼はその後も英語が分からない割に値段のことなどで助けてくれた。
途中から乗り込んできた女の子はこっちが中国人と思って色々と話しかけてきたので面倒になって青年にジェスチャーで日本人だと言ってくれと頼むと、女の子の顔色がたちまち変わり、拙い英語で日本が好きです。なんて言い出す。どうやら英語を勉強し始めた所らしく、ここぞとばかりに所々破れた英語勉強ノートを出して話しかけてくる。そのノートの英文もいつ使うんだと言う様な文ばかりで、その中の「あなたの電話番号を教えて下さい」を一字一句変えずにこっちに投げかけてくるものだから大変。使えないんだと言ってもわかってもらえず、こんな酷いキャッチボールがあったものかと冷や汗をかく。挙げ句の果てに「I like you」だとか日本に連れて行ってくれないかとか家に来ないかとかデッドボールもいい所であちこち痛い。顔が可愛いならともかく…まぁこれ以上は止めておくが、「はは…シェイシェイ」しか言えない自分の様子を周りの乗客がにやにやしながら見ていてコノヤローお前らってなもんで、はぁ疲れた。
ともあれ彼女は日が変わる前に降り、どこぞの婿になる危険もなくなった。また静かな旅が始まる。車内販売のタンメンを食べて、コートに包まると不思議なことに眠ることが出来た。

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