さらば、タイムパトロール

私はタイムパトロールです。二十六世紀から来ました。皆さんが期待されている通り、私の時代にはすでにタイムマシンが発明されています。それにしては、未来の人たちがタイムマシンに乗ってやってこないことを、訝しく思っている方もいるでしょう。しかし、SF小説にあるように、過去を変えることはどんな事態を招くか予想ができませんので、厳しく制限する必要があります。過去の人々と接すること自体、ほとんど禁止されています。そう、それを取り締まるのが私の仕事というわけです。仕事は楽なことばかりではありません。他の時代に潜入するため、長期にわたって家族と離れて暮らさなければなりませんし、自分がいつの時代の人間なのか分からなくなる精神的な病に苦しめられることもあります。しかし、それらはこれから話すことと比べれば、ほんの小さなことに過ぎません。

タイムパトロールは、違法なタイムトラベラーによって改変された過去を、元に戻す任務を担っています。旅行者と接した過去の人々の記憶を消し、歪められた歴史を一つ一つもとに戻して、違法な行動が最小限の影響しか残さないように、細かいところまでチェックしていきます。そのなかには、旅行者が過去の人間との間に儲けた子供たちを「処分」するという汚れた仕事も含まれています。残酷なようですが、本来生まれるはずではなかった子供たちは、未来に負の影響を与える可能性があり、殺処分することが法律で定められています。タイムパトロールのなかには、この意に染まぬ仕事の記憶に悩まされ、自ら死を選ぶものもいます。

しかし、ときには、処分すべき子供たちの命を助けるという、別の選択をするパトロールもいます。人の情としてはむしろ理解できるところがありますが、言うまでもなく、これは重大な職務違反です。追われる身となった元パトロールの多くは、子供たちとともに縁もゆかりもない時代に潜入し、ひっそりと暮らしています。タイムパトロールの仕事のひとつは、どこかの時代に潜伏するかつての同僚を見つけ出し、断頭台に送ることです。実に、因果な商売です。

ところで皆さんは、私のことを、タイムパトロールのくせに、おしゃべりがすぎると、思っているかもしれません。そもそも、過去の人びとと接すること自体、禁じられているのではなかったか。確かにその通りです。私たちにも職務上の秘密というものがあります。今しゃべった事が、上層部の知るところとなれば、厳罰は免れないでしょう。しかし、いいのです。実のところを言うと、私はもうパトロールではありません。正確には、元パトロールです。おしゃべりとは比べものにならないくらい大きな罪を犯してしまったからです。そう、子供たちと逃げた男の話、あれは私なのです。
私たちには、追手がすぐそこまで迫っています。もし捕えられれば、子供たちは「処分」され、私も厳しい裁きを受けるでしょう。私は職務違反をしたのだから、どんなに厳しい罰も甘んじて受けましょう。しかし子供たちは、身勝手な旅行者の行動によって生まれただけで、何の罪もありません。どうか彼らを救うために手を貸してください。私たちに必要なのは. . . 。

時間と科学にまつわるセミナーのようなタイトルで、公民館に集められた参加者たちは、男の話に静かに聞きいっていた。突拍子もない話だが、「処分」される子供たちの理不尽な運命が、彼らの道義心に訴えた。四歳になったばかりの自分の子供を思い出して、泣いている女性もいた。その時、四つある公民館の入り口に人を配して、逃げ道を塞ぐ形で、屈強な男たちがドカドカと入り込んできた。彼らは大声で何か喚きながら、元タイムパトロールの男を引っ張っていった。会場は騒然とした。男たちの一人に掴みかかるものもいた。しかし、訓練を受けた私服警察官に敵うはずもなく、たちまち抑え込まれてしまった。

男が有名な詐欺師であるということは、翌日の新聞やテレビで知ったものが多かったようである。しかしそれでも、子供たちの理不尽な運命と、命をかけて彼らを救おうとした元タイムパトロールの物語は、彼らの心に、強い印象を残した。彼らのなかには、あれは未来の時間警察と現代の警察が申し合わせて、男を詐欺師として捕らえることにしたのだと言うものもいた。男はいつか子供たちを救うために戻ってくるとか、すでに子供たちと他の時代に潜伏していると言うものもいた。なかには、男から子供たちを託されたと宣言し、狂人扱いされるものすらいた。しかし誰も、なぜ自分たちが記憶を消されていないのか訝しむものも、すでに消された記憶のなかに恐ろしい真実が隠されているかもしれないと考えるものもいなかった。やがて男のことは、時間警察が記憶を消すまでもなく、静かに忘れ去られていった。


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