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鳥の演劇祭15 「老貴婦人の訪問」の感想。

屋外の特設ステージで行われた「老貴婦人の訪問」をみた。
19:00 開演、この時期はもうすでに辺りは暗い。
道標の灯りにたくさんの虫が集まっていた。

金や暴力。強烈な力にさらされて、それでも人は人間らしさを保てるのか。その選択は、何を社会に残すのだろう。
* * *
スイス出身の著名な劇作家デュレンマットの代表作。衰退した町出身の富豪の女性が、自分を捨てた昔の恋人と町への復讐として、巨額の寄付と引き換えに恋人の殺害を求める。財力に揺さぶられる貧困に喘ぐ人々の姿を通じて、人間の倫理、大衆の恐ろしさについて考えさせる作品。本作は鳥の劇場の最初の作品で、国内外で上演を重ねてきました。たくさんの登場人物を7人の俳優で演じ、その強固なアンサンブルにより、人間に内在する暴力の力を見つめます。
『老貴婦人の訪問』|鳥の演劇祭15 鳥の劇場


正義とか罪とか、大衆の力について考える。

クララが 17歳の娘だった時にこの町でみつけた美しさと失ってしまったものを、お金の力で取り戻そうとする姿は、歪んでいるけど純粋であるように感じた。後半、森の中でのイルとの会話の場面でそう感じた。町や周囲の人間が彼女を歪めてしまった部分もあるよな、と思うとなんだか切なかった。

歪みを生み出してしまった町や帰ってきてからの大衆の動きというのが、なんだか現実に重なる部分があって、いい感じにモヤモヤしている。

異常なことが数の力で正当化されていく様子は、物語の中だけの話ではないと思った。

アフタートークでも語られた「大衆の恐ろしさ」。
SNSが話題にあがりがちだけど、リアルの場にもあるよなと思った。母数の大きさよりその社会の中での割合なのかもしれない。何かをきっかけに倫理とか正しさは姿を変えてしまう。

演出家の中島さんの言葉が忘れられない。

劇中のような本当に大きな大金を得る機会は現実ではなかなか起こらないけど、私たちも日常の中で小さなイルを殺しているんじゃないか。

立場・権力・お金、時にはプライドとか個人的な欲望かもしれない。目の前のソレを手に入れるために小さいイルを何人も殺しながら生きている。
仮に上手くやってみせても、それ以前には戻れないんだよな。と思った。

みなにバレずに上手く嘘をついても、自分は嘘であることを知っている。

みたいな言葉をどこかで聞いた気がする。
自分の中の膿が、何かをおかしくしてしまうんだろうか。

物語のその後が気になる。


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