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土曜日のしとしとおでかけ日記 金曜日のほろ酔い添え_20191123.txt


5:54。ぱちぱち、といつもの半分くらいの大きさしか開かない瞼で瞬きをする。1分くらい経ったころ、トントントン と足音が迫る。
カチャカチャ、控えめな鍵の回る音がした後、恋人の背中が見えた。


遅くなってごめん、の言葉の後に『明日、仕事なんだよな...』と気弱な声が聞こえる。
起こしてあげるよ、と発した言葉があまりにも猫背になってしまって、説得力がなかった。

寒くても、寒くなくても布団の中って気持ちいいよね。
もち巾着の「もち」の気持ち、分かるなあ。もちもち。


8:38。慌てて恋人が起きてくる。今まで出会った中で一番眠い顔をしている。インスタントのお吸い物をすする横で、昨日の話を聞いてもらう。

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昨日は、だいすきな先輩と飲んだ夜だ。

目的地まで向かう山手線、あまりにも混みすぎて小柄なおじいさんが潰れそうになっていた。
大丈夫かな、と心配しながらも、わたし自身立っているのがやっとだった。雨だし、遅れてるし、みんなのつらい気持ちで余計にじめじめしている。


駅に止まる。わっとたくさんの人が降りて、どっとたくさんの人が乗る。繰り返し、人のつくる波に揺られる。


ある駅で、わたしの斜め前の席が空く。さっきのおじいさんにどうか座って、と祈りの視線を注ぐ。

すると、おじいさんは隣の女性にこう言った。『座らんの?席が空いたらすぐぱっと座った方がええよ〜』

のんびり、にこにこ。

『やあ、こんなに混んでるとは思わんかったよねえ。びっくりしちゃうなあ』

女性は、距離の近い話しかけ方に警戒しているようで、首を縦にも横にも振らずグレーな相槌をした。

きっと、車内の誰もが思っている。びっくりするくらい混んでいて、朝の満員電車より少し苦しいくらいだった。

言葉にすると、楽になることがある。しない方が楽になることもあるけれど、あることで救われるものがあるって、いいよね。


今日は一年半ぶりに高校の友だちと約束している。

何も決めていなかったわたしたちは、前日の夜にミイラ展へ行くことにした。


『ごめん、30分くらい遅れそう』と到着5分前にメッセージの通知。
スマホの電池が切れそうだったので、電源のあるカフェに入る。

寒くて雨だとあったかいところにいられるだけで安心する。これでふかふかの椅子にあったかい飲み物があったら、ばんざーい!ってなっちゃわない?ここのカフェにふかふかの椅子はないんだけど。

居心地のいい場所はイメージするだけでうきうきするよ。


長蛇の列に並びながら、久しぶりに会う友人のことを思い浮かべる。元気かな。髪伸びたかな。変わらないかな。


最後のミルクの泡を、ふるふると落とすバリスタの女性。慣れない手つきだったけれど、丁寧さが伝わってきて、じんわりあったかい気持ちになる。わたしも、こんな風に仕事をしないとな、と思った。


14:16。友だちが来るまであと15分くらいしかない。30分の時間の潰し方、難しいな。

狭いテーブル席に、ウールのコートをどう置こうかまごついていると、結局椅子にかけたつもりがするりと滑り落ちてしまう。あー。

惰性で座ったまま拾おうとすると、近くに座っていた年配の女性がくすくす笑いながら拾ってくださった。

なんだか最近、こういうことが多いな。近くにいた知らない人に、助けてもらうこと。

名前が分からない人の優しさが世の中にはたくさんあることは、何よりも素敵なことだ。

14:33。到着した友だちを見つける。雨がしとしと降っていて、厚手のコートとマフラーがなければ心が折れるくらいの寒さだった。

『工事中であの道が使えないんだよね』とわたしがしょげていると、友だちはそんなこと全く気にしていないように、『のんびり行けばいいよ』と答えた。


国立科学博物館に着くと、雨なのに入場券を買うために並ぶ人の列ができている。

結構長そうだね、と言い、並んでいる間に電子チケットを買う。最初から買っておけばよかった。


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すごかったね、ミイラ酔いしちゃったね、と二人で醒めない興奮を持て余しながら出口へ向かうと、17時前なのに空は真っ暗だった。

日が落ちるのが早いと、さみしいよね。寒いし。暗いし。

お茶でもして帰ろうか、と友だちが提案するも、土曜日の上野はやっぱりどこも混んでいる。歩き疲れたわたしたちは、暗い空を見つめて小さく溜息をする。

友だちが『帰ろうか』と言う。約1年半ぶりに会えたうれしさで、わたしは珍しくその子の前で駄々をこねようかと思ったけれど、寒くて暗かったせいか、意に反して『うん』と答えていた。


地下鉄のホームに行くまでの通路で、『さっき10月に引っ越したって言ったのはさ』と、わたしが切り出す。

その子とは、お互いの恋愛の話をしたことは一度もなかった。今日も、高校の同級生の誰が結婚したとか、誰が同棲を始めたとか、周りの話はしていたけれど、お互いのことには触れず話が変わる。


『今付き合っている子と、同棲しはじめたんだよね』。わたしがその子の様子を伺いながらぼそぼそと小さい声で打ち明けると、『そうなんだ!や〜、やっぱりその方がいいよ』と顔色を変えることなく答えた。

職場と家の往復ばっかりじゃなくて、外に出た方がいいんだよね、と。

その子は学校の先生だ。明日も日曜日だけど定期試験をつくりに仕事をしないといけないと言いながら浮かべていた、やるせない表情を思い出す。


うーん、そうなのかな、と曖昧に返事をしていると、改札の前に着く。

案の定不用意なわたしはチャージ金額が足りず、先に改札を抜けた友だちに『待ってて〜〜!』と、もたもたしながら切符売り場で定期券に入金する。

『結婚したら、結婚式呼んでね』

最後の最後、その子はそう言って、わたしは渋い顔をしながら『わかった。まだ先だと思うけどね...』と返して別れる。


いつも通りだったと思う。

家に着き、『今日はありがとう。また遊ぼうね』とラインをする。



何日経っても、既読はつかなかった。





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