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『マチネの終わりに』第六章(64)

【あらすじ】蒔野は、急病に倒れた恩師の元へ駆けつける際に携帯電話を落とし、ちょうど来日した洋子と連絡を取れない。蒔野のマネージャーの三谷は、回収した蒔野の携帯から洋子へ、別れを告げる偽メールを送った。洋子は混乱したまま長崎へ帰省し、被爆者の母と語らう。

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 十代になったばかりの頃、洋子は漢字の読み書きが苦手で、自分の将来を考えてみても、日本語の習得にこれ以上時間を費やすのは、無駄ではないかと考えていた。

 彼女は、級友たちから「マゾなの?」と呆れられながら、ラテン語とギリシア語の授業を取り続けていた。そして、段々と手一杯になりつつあった。

 しかし、洋子の母は、久しぶりに寮から帰ってきた娘のその様子に気がつくと、慌てて日本の近代文学全集を引っ張り出してきて、彼女と一緒に読み始めた。

 必ずしも愛読していたわけでもなさそうで、買った時のままタンザクが挟まっていて、ページがパリパリに貼りついているような巻も少なくなかった。しかし、以来、親子は文通代わりにそれらの本の感想を手紙でやりとりするようになり、その段ボールいっぱいの手紙は、今も実家の押し入れかどこかに残っているはずだった。無論、日本語で書くのが決まりだった。

 洋子は、長じてそのことを感謝するようになり、ヨーロッパのどんなカフェにいても、ただ母と二人だけの世界に没入できる日本語に特別な親しみを覚えるようになった。

 父のソリッチとは、母語で語り合えないだけに、もし日本語をうまく話せなかったら、母とも彼女はその機会を失っていた。

 それが、親子の愛情にとって深刻な障害になるとは、必ずしも信じなかった。しかし、母を理解する上では、彼女の「本格的なフランス語」よりも、やはり日本語の方が、より多くのヒントを与えてくれるのは事実だった。

 母の複雑な日本に対する郷愁は、娘ながらに理解しているつもりだった。しかし、今こうして、高校生たちと“ちょっと変わった地元のおばあちゃん”として談笑している姿を見ると、その「長崎に帰りたかった」という思いは、洋子の想像以上に強いものだったのだと感じられた。


第六章・消失点/64=平野啓一郎 

#マチネの終わりに


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