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20240312 わが町、この永遠不滅なもの

ソーントン・ワイルダーの戯曲に『わが町』という作品がある。通っていた養成所の一年目の最初の発表会ではこの『わが町』を上演することがお決まりになっていた。入った時には「なんでまたこんな作品を」とも思ったのだけれど、いちど戯曲を読んでみるとその理由がよくわかった。

▼ままごとの柴幸男さんの有名な『わが星』も、もちろんこの『わが町』へのオマージュである。どちらの作品も、人間が生きて死んでいくことの普遍性が戯曲というフォーマットになってぴたりと閉じ込められている。どちらも人は生まれて死んでいくという、誰もが当たり前にわかっているはずのことをあたかも今日初めて知ったことのように教えてくれる、とても優れた作品だと思う。

▼養成所の『わが町』の上演では、二幕のジョージとエミリーの結婚式で出てくる野球部の友人たちのシーンというのが、ごく短いけれども自由創作といか、研究生たちで台本を考えて演出することが許されるパートになるのが恒例になっていた。なんだか面白そうだったから、私も立候補して何人かの同期と一緒にそのシーンを引き受けた。つくったシーン自体は他愛もないもので、元々の戯曲の流れを壊さないようにジョージとエミリーの二人に向かっていくつかの台詞を喋って、最後に歌を歌って結婚式を盛り上げるというようなことだったと思う。

▼ごく短いシーンだけれど自分たちで台本を書いて稽古もして、それを発表できて本番ではお客さんが笑ってくれたりもしたものだからすっかり舞い上がってしまった。養成所の一年目は昼間部と夜間部とがあり、私たちは昼間部だったから、夜間部の人たちの結婚式のシーンがどうなっているのか興味津々だった。自分たちの公演が終わった後に同期と一緒に夜間部の公演を観に行き、結婚式の野球部のシーンが終わると二幕が終わって休憩に入るのだが、休憩中に調子をこいて「俺たちの方がおもしろかったよな!」というようなことを言い合っていたのをなんと、夜間部の野球部のシーンの演出を担当した子のお母さんが目撃していたらしかった。

▼お母様におかれてもそんなことを聞いて決していい気はしなかったろうなと思うと誠に申し訳ないのだけれど、それくらい一年目の私たちは盲目的で、「いまこの発表会がすべて」くらいに目の前の演劇に夢中だった(そして時に調子をこいていた)。いま冷静に考えればどんぐりの背比べというか、どちらも大差なかったと思う。一年目は昼間部と夜間部があることで、「自分が演じたこの役を、昼/夜間部の人はどう演じているのだろう」と、いつもなんとなく互いを意識して切磋琢磨することになった。

▼さて、実は先に述べた夜間部で結婚式の野球部員のシーンを演出していた子と、私は後に一緒に演劇をやるようになったのだった。そしてこの春彼は晴れて結婚式を迎えることになった。今週末に控えた彼の結婚式で語るべきことは何かなと考えながら、頭に浮かぶのはやはり『わが町』の二幕の結婚式のシーンなのだった。夜間部の舞台を客席から観ていたあの時は、まさか12年後に君の結婚式に出ることになるとは思ってもみなかったんだよ。こういう風にして人生を共に歩んでいく作品があるというのも、悪くないものだとしみじみと思う。この作品に、そして大切な仲間に出会わせてくれた劇団にも、結構深く感謝している。

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