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20240417 ほんの一瞬の金色の

私が通っていた養成所で一番お世話になったのが坂口芳貞さんという方で、文学座のみならず桜美林大学でも教鞭を取っておられたので青年団の俳優さんなどにも坂口さんの教え子という方が結構いたりする。入って一年目にある三度の発表会のうち二度演出を担当してもらい、最初に演出を受けたのが坂口さんだったから、俳優としての自分の今があると言っても過言ではないと思っている。

▼大学を卒業したばかりの頃、学生時代はもっぱら座学ばかりで演劇についてやたら小難しい演劇論だとか書籍を好きこのんで読みあさって頭でっかちになっていた生意気な若造が鼻息荒く「これって戯曲の読解としてはこういうことなんじゃないですかね…」みたいな話をしに行っても嫌な顔一つせずに「それはまあ、こういうことなんじゃないか?」と取り合ってくれた。

▼たとえばこちらが当時出たばかりだった岡田利規さんの『遡行』という演劇論を持ち出して話をすると、「君は太田省吾の◯◯っていう演劇論は読んだか?」と返してくれる。妙な角度で演劇に対して思い詰めていた私にとって「自分と同じかはるかそれ以上に対して演劇に熱く、詳しい大人が目の前にいる」という安心感が、どれほど私を勇気づけてくれたか知れない。「まあでも太田の書いてることは難しくてわかんないんだけどね…」と言いながらはにかんで笑う坂口さんが大好きだった。

▼先日縁あって坂口さんが生前暮らされていたお宅に劇団のメンバーでお邪魔をして稽古をさせてもらう機会があった。閑静な住宅の中にあるお宅の地下には稽古場があって、壁にはご自身が出演された演劇公演のポスターが貼られ、演劇関係の蔵書が所狭しと並べられていた。「こんな素敵な場所、なんで私は生きている間に会いにこなかったんだ……」と強く後悔しながら部屋に置かれた蔵書の数々を眺めていると、昔と変わらぬ坂口さんの姿をそこに感じられるような気がした。

▼だいたい私が読んだことがあるような本はすべてそこにあった。戯曲も、演劇論も、エッセイも全集も哲学書もほぼすべてが本棚に並んでいた。西洋のものも日本のものも、古い本も新しい本も。そして私がまだ読んだことのない本もまた、たくさんたくさんそこに並べられていた。これから時間を重ねる中で一冊でも多く本を読んで勉強して、坂口さんが見ていたような演劇を自分もみられるだろうかと自答した。

▼曲がりなりにもこれまでなんとか演劇を続けてきた中で、最初に出会ったのが坂口さんで本当によかったと思う。祖父と孫くらい歳が離れていたけど、演劇を通じて友人のように真っ直ぐ話をすることができた。「舞台の上で、俳優のほんの一瞬の金色の輝きが見たいんだよ」といった坂口さんの言葉が今も私の演劇のほとんどすべてである。坂口さんの元で共に学んだ仲間と一緒に演劇をつくれていることも誇りに思う。おかげさまで今でも元気で演劇ができています。坂口さんに教えてもらった演劇の楽しさを、次の人たちに手渡せるように、一生懸命自分たちの演劇をつくります。

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