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追悼 りゅうちぇる(比嘉龍二)

りゅうちぇるが死んだ。昨日の夕方、私は保有しているZホールディングスの株価が急伸し夫とともに大興奮していた。

夕飯を用意している時だった。目や耳を疑うようなニュースが飛び込んできた。りゅうちぇるが死んだ。

私は2014年、晩婚で結婚した。子供が生まれるまでは毎晩二人でお酒を飲んでテレビを観て二人きりの穏やかな夜を過ごしていた。

2015年日曜日の夜、「行列のできる法律相談所」にpecoの彼氏としてりゅうちぇるが初出演した。りゅうちぇるは明石家さんまと上手く絡み「建築関係トントントン」という言葉を生み出し、一躍有名人の仲間入りを果たした。

peco&りゅうちぇるに私も夢中になった。20歳以上年齢が離れているけど、Twitterやブログで二人の動向を追ったり、最近ではyoutubeも楽しんでいた。

結婚や出産の時期が同時期であったことも、視聴者の私には大きかった。

私たち夫婦は互いに晩婚で、高齢出産で、庶民として生活しており、「ぺこ&りゅうちぇる」カップルは非常に刺激的だし、しっかりとしているカップルとして映り、「見習う点もいっぱいあるわ」と彼らの発信を楽しみにしていた。

私たち夫婦はプロポーズも結婚式もまったくキラキラしたものではなかった。シンデレラ城の前でプロポーズをして、多くの仲間たちに囲まれて結婚式をあげた「ぺこ&りゅうちぇる」の若く美しい正統派カップルはキラキラしてみえた。

2017年に私は出産し、2018年に彼らの子供が生まれた。私たちの徹底的な地味婚、晩婚と対照的に、彼らは若く、健康的でpecoちゃんは非常に幸せそうなママになっており、何というか非常に励みになった。

「若いママやパパに負けないほど我が子を幸せにしちゃうぞ!」と、「幸せな家庭を築くぞ!」「その努力を怠らないぞ!」と刺激を与えてくれる存在となった。

誰にとっても、お母さんになること、お父さんになることは簡単なことではないし、それは生涯の役割になることで、結婚や子育てを通して「ぺこ&りゅうちぇる」は私にとっては同志のような不思議な存在となった。

大好きだった。

去年、二人が離婚したと知り、非常に寂しかった。私は夫婦関係については長期戦で、色んなことがあるけど、耐えがたきことも多々あるけど、死ぬ頃に答えが出ればいいやというスタンスで夫との関係を眺めている。いつも何かあるたびに早急に答えを出さないようにしている。

「ぺこ&りゅうちぇる」の離婚については部外者であり理解し得ないため何も言及できない。それでも、さびしいとは思った。

私は「この結婚をこれからだと思っているわ」と自分に向けて何度も言い聞かせている。

昨日、りゅうちぇるが死んだ。八王子では39度を記録し関東は猛暑の只中だった。

トランスジェンダーの問題、性自認の問題、容姿の変貌、女性に近づくための苦悩など、理解し得ないことばかりだ。女性ホルモンの投与についても謎や恐怖ばかりが残る。確かに誹謗中傷も凄まじかった。

彼は父親だったからだ。

美意識が高く、自分に正直で迷いの多い一人の人間がたった数年間で七変化のような変貌を遂げ死んだ。

彼の容姿の変貌を振り返ると、彼はいつもブレブレだった。何者になりたいのか彼自身が模索しつづけていたようだ。

悲しい。
悲しいけど、りゅうちぇるは死んでしまった。

追記
愛する人と結婚し、その人の子供を身ごもり産み育てるというのは、それだけで女性として幸せだと思う。pecoはしっかりとした世界観や美意識があり、愛情深く思慮深い女性だ。彼女はこれまでも、これからも幸福を築くことができると私は信じているし安心している。そのファッションやインテリアのセンスもそうだし、幸福な自分や空間をいくらでもデザインしクリエイトできる感性が彼女には最初からある。深い愛情をもって生きているpecoちゃんはずっと素敵だ。だから大丈夫。

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