引越物語③欲望の翼が折れた
兄の正雄の苛立ちをよそに、笑顔で電話している菜摘。
時計に目をやれば、夜中の12時半である。
「さすがにもう遅いから、電話は明日にしたら」
わたしが菜摘に声をかけた時にはもう、例のテーブルの話が始まっていた。
「さっきねぇ、お兄ちゃんとおねえちゃんが喧嘩した。」
スピーカーにしてある菜摘のスマホから、叔母の困惑の声が漏れる。
「なっちゃん、大きなテーブルやめてほしいが。」
「急にどうしたの。」
「おばちゃん、本棚を作ってくれんろぉか。」
「本棚なんて…菜摘さん本なんて読まないじゃない。」
「なっちゃんやないが!凪ちゃんにプレゼントするが!」
えっ!!!!?
横から慌てて、ヒソヒソ声で制止する。
「おねえちゃんとか凪ちゃんとか言うの、ほんとやめて。」
なんでいつもこうなるの?
わたしを会話に絡まないでよ!
もうどうしたらいいの!!!
いつのまにか、力が入ってしまっていたのだろう。
持っていた『欲望の翼』のブックレットが折れてしまった。
忖度なしの世界で生きている菜摘を誰も止められない。