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長引く在宅生活は、檻の中の動物と一緒?★アイサ・ホクソン『Manila Zoo』

 舞台中央に設置された大型スクリーンには、テレビ会議システム「Zoom(ズーム)」のように分割された画面。1画面には1人ずつ、計5人のダンサーたちが、自宅の部屋にいる様子が映し出されている。だが、その姿は全員素っ裸で、動物のように暴れ回っている。感染症の影響で、外出が制限され、ストレスをためながら、自宅の部屋にこもる人間の生活ぶりを、動物園の檻(おり)の中の動物に見立てたのだろう。その着想にまず、驚かされた。

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 公演チラシより

 フィリピン出身のダンサー・振付家アイサ・ホクソンによる公演『Manila Zoo(ワーク・イン・パンデミック)』が、KATT神奈川芸術劇場・中ホール(横浜市中区)で上演された(2021年2月11日)。昨年8月に台湾で初演された作品の日本版として、舞踏家の川口隆夫が特別出演。今年4月にはドイツで完全版を世界初演する。「国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2021(TPAM2021)」の「TPAMディレクション」の演目にもラインナップされている。

画面越しに見る”人間の動物園”

 ダンサーたちは、アイサ・ホクソンを含め、5人ともフィリピン人。「Manila Zoo」という公演タイトル通り、フィリピンの首都マニラにある動物園をイメージしたという。しかし、動物の被(かぶ)り物などの小道具は一切使わず、丸裸。

 四つ足をつき、吠(ほ)えたり喚(わめ)いたりして、自分の部屋を所狭しと動き回るダンサーたち。ライオンやチンパンジーなどをイメージさせる動物の動きを、激しく表現する。そこに裸体の生々しさが加わって、映像なのに、汗の匂いまで漂ってくるような臨場感を生む。

 いわゆるダンスではなく、動物をマネたパフォーマンスに近いが、単なるモノマネではない。あくまでダンサーの鍛えられた身体と、磨かれた身体表現から生まれるものがベースにある。

 動物の鳴き声をマネた声が、あちこちの画面から聞こえて重なり合うと、不思議と動物園にいるような雰囲気に。だが、その声はどこか悲痛な叫びだ。動きがシンクロする部分もあり、ライオンが檻の中でウロウロ行ったり来たりする動作をマネた動きが印象的。これは、狭い環境でピリピリと神経質になっているときにする動作らしい。 

 その動物を演じているのが、ダンサーたちであるだけに、感染症の影響で出演予定の公演が相次いで中止となり、フラストレーションのたまった精神状況と重なってみえる。表現の場を失い、部屋にこもりがちな生活は、まさに檻の中であろう。

 それは、観客たちの精神状態とも重なる。買い物や旅行を控え、在宅生活が長引けば長引くほどストレスで、動物のように叫びたくなる。感染の疑いで自宅に隔離された場合は、なおさらだろう。毎日が食べて寝るだけの行動パターンに限定されていけば、自らを動物と錯覚するかもしれない。

 ただ、公演の冒頭ではまだ、ダンサーたちは服を着ている。開演の約30分前に開場し、観客席に入ると、大型スクリーンには、ダンスの準備・柔軟運動に励んでいるダンサーたちの様子が映し出されている。開演時間と同時に、服を脱ぎ出し、裸に。人間から”動物”に変わることで、本音のような精神状況を露出させるわけだ。

https://vimeo.com/450532930
Manila Zoo, a work-in-pandemic showing (teaser a)
Eisa Jocson

 5人のダンサーたちはそれぞれ、フィリピンにある自宅の部屋にカメラを置き、ライブパフォーマンスを劇場にライブ配信している。その際、シンガポールで映像加工され、ドイツの音楽DJによる、ビートを刻むような音楽が加わる。その音楽は幾分、西欧の先進国にみられる若者の刹那的で享楽的な雰囲気も醸し出す。

 今回の日本版では、舞台上に、舞踏家・川口隆夫が動物園の案内役として登場。大型スクリーンの前で、動物を演じるダンサーたちをコミカルに紹介した。いわば、ネットの同時中継で結ばれたフィリピンのダンサーたちと日本の観客を結ぶ”橋渡し役”。時折、道化役のように振る舞い、映像だけでは補完しきれない、生身の身体をさらけ出す意味も問い掛けた。

”欲望の資本主義”という動物

 公演の途中、ダンサーたちの休憩が入る場面があり、そこではダンサーたちが動物から素の人間に戻った。水分補給を終えると、カメラ越しに観客に話し掛けてくる。大型スクリーンには、劇場の観客席の様子も映し出され、さながらテレビ電話に。

 そして、ワークショップのような形で、感染症による生活への影響、公演内容について質疑応答が始まった。観客側は挙手制で、質問を投げかける。ダンサーたちは皆、日本にいる観客に向けて、英語で積極的に話し掛けてくる。ハイテンションで迫ってくる感じが、近年経済成長が著しい国の若者の雰囲気を感じさせた。

 「動物の鳴き声は何を参考にしたか」という質問を受けたアイサ・ホクソンは、「チンパンジーのような鳴き声は、ディズニー映画の『白雪姫』が歌う、高い声から変換して作り出した」と説明した。彼女はこれまでの作品でも、ディズニー映画を参照しており、今回の作品でも、冒頭の動物の鳴きマネは『ライオン・キング』の歌のメロディーである。

 アイサ・ホクソンにとって、ディズニーはアメリカの資本主義の象徴なのだろう。『Princess』という作品では、香港ディズニーランドで働くフィリピン人バレエダンサーを引き合いに、資本主義の経済構造をフィリピンの出稼ぎ労働者が支えている現実を示した。

 フィリピンには、スペインに植民地化されたのち、アメリカの統治下に入り、経済的に搾取(さくしゅ)されてきた歴史がある。それを象徴するかのように、今回の作品でも唐突に『リトルマーメイド』の歌から「人間になりたい」を引用する場面がある。

 ただ、そんな社会の中で揺れ動く現代の若者像も見え隠れする。ダンサーたちの休憩中に行われた食事のシーン。動物から人間に戻り、目の前に置かれたパンを食する前、5人とも、キリスト教による食前の祈りをささげた(パンは肉を意味する)。フィリピンで多数を占めるキリスト教は、かつての支配国の宗教でもある。動物のように荒っぽく食べ始める演出があり、禁欲的な宗教と、自由競争の中で欲望を追求する現実との間で揺れ動く若者像を映し出した。

メスを意識した身体表現

 5人の中でも、アイサ・ホクソンの動きはとりわけユニーク。男性を誘惑するようなポーズが、身体表現に入っているからだ。例えば写真撮影で用いられる女豹(めひょう)のポーズを意図的に取り入れており、そうした人間のポーズが自然と動物に似通ってくるのが興味深い。

 アイサ・ホクソンは、もともとバレエを習っていたが、ポールダンサーとして活躍。日本ではホステスなどのサービス業における身体を分析するなど、男性を意識した女性の身体表現をインストールし続けている。

 最後に政治的な問題を提示しつつ、性的なイメージを連想させる場面もあり、人間も動物ではないか、などの思考も促す。結局、誰が動物で、誰が飼育員なのか――想像をかきたてる公演であった。

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【★ひーろ🥺の腹ぺこメモ】劇場の近くには、横浜中華街があり、迷うところ。海にでてカフェ、レストランも落ち着きます。

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