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都会の音、人間を写す★「写真家ドアノー/音楽/パリ」展

 芸術の都パリと、現在の東京・渋谷の街には案外、共通点がある。バレエやミュージカルを上演している劇場があり、映画館、ライブハウス、ファッションブランドが充実し、酒場もある。どちらの街も賑(にぎ)やかで、音楽があふれている。

 パリを舞台に多くの写真作品を残した写真家ロベール・ドアノー(1912~94)の回顧展「写真家ドアノー/音楽/パリ」を、東京・渋谷にあるBunkamuraザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura地下1階)で見た(3月31日で終了)。10月から京都で開かれる。

 Bunkamura ザ・ミュージアムは、複合文化施設 「Bunkamura(文化村)」 内にある美術館。Bunkamuraには、ほかに映画館、劇場などがあり、劇場のBunkamuraオーチャードホールでは近年、熊川哲也Kバレエカンパニーが拠点としてバレエの公演活動を行っている。さらに渋谷には、ミュージカルなどを上演している東急シアターオーブも近年開館しており、大人が集う劇場の街として変貌を遂げている。

 ロベール・ドアノーが活躍した20世紀のパリもまた、劇場文化が大きく花開き、街には音楽があふれていた。本展では、シャンソンやオペラ、ジャズなどの音楽シーンを題材に、ロベール・ドアノーが主に戦後から1990年代にかけて撮影した写真作品約200点を展示している。その中に登場するのは、シャンソン歌手のエディット・ピアフ、イヴ・モンタン、オペラ歌手マリア・カラス、作詞家でもあった詩人ジャック・プレヴェールなど、有名人ばかりである。

 その一方で、ロベール・ドアノーは、パリの街に生きる無名の人々も数多く撮影している。アコーディオンを携えながら、パリの下町の大衆食堂や酒場を舞台に歌う、無名のシャンソン歌手。

【1】流しのピエレット・ドリオン 1953年

ロベール・ドアノー 《流しのピエレット・ドリオン》
1953年 ゼラチン・シルバー・プリント
©Atelier Robert Doisneau/Contact

 「どんなにあなたを愛しているか、あなたにわかりはしない」――シャンソンの歌声に、じっと耳を傾けるのは、エプロンをつけたままの肉屋の主人など、市井(しせい)の人々である。そうした写真からは、パリの街角に流れる音楽、都会で懸命に生きる人々の息遣いが聞こえてくるかのよう。人々の飾らない日常の暮らしを見つめる眼差しから、ロベール・ドアノーが、ありのままの”人間”の姿を追い求めていたように思える。

シャンソン歌手ら有名人の自然な姿

 ロベール・ドアノーは、シャンソンやオペラ、ジャズなどの音楽シーンで活躍する有名人のポートレート写真を、数多く撮影している。ただ、その撮影スタイルは、無名の歌手など市井の人々に対する姿勢と、ほとんど変わらない気がする。舞台上ではスポットライトを浴びる有名人たちも、ロベール・ドアノーが撮る写真の中では、舞台上の緊張した姿ではなく、普段のリラックスした表情をみせている。

 例えば、20世紀最高のソプラノ歌手マリア・カラスを撮影した写真では、パリのスタジオでレコーディングをしていた合間の、リラックスした表情を捉えている。フランスのバレエ・ダンサーであるジジ・ジャンメールが、バレエ「カルメン」(ローラン・プティ振付)の衣装合わせを、ファッションデザイナーのイヴ・サン=ローランと行っている姿など。華やかな舞台の裏側を撮影するのは、有名人の素の姿、すなわち”人間”そのものに迫ろうとしているからに違いない。

【12】≪バレエ「カルメン」の衣装合わせ、イヴ・サン=ローランとジジ・ジャンメール≫1959年

ロベール・ドアノー 《バレエ「カルメン」の衣装合わせ、イヴ・サン=ローランとジジ・ジャンメール》 1959年 ゼラチン・シルバー・プリント ©Atelier Robert Doisneau/Contact

 被写体となった有名人たちもまた、強烈な個性を放つ。とりわけ歴史に名を残すほどの人物においては、もはや演じたり踊ったりというよりも、その職業・役柄そのものを”生きている”ほどの人間的魅力がある。だから、日常の姿であっても、その人物特有の個性が、写真からにじみ出る。もちろん、そうした素の状態をさらけ出してもらうには、撮影者との間に強い信頼関係がなければならない。そうした相互作用があって完成した写真作品は、あたかも映画のワンシーンを切り取ったかのように、耳を澄ませば、写真の人物の声が聞こえてきそうだ。さらに、その背景から当時の音楽が流れてくるように感じる。 

 本展の会場内では実際に、当時のパリを象徴する音楽が流れている。第二次世界大戦後、ナチス・ドイツの支配から解放されたパリには、自由を謳歌(おうか)する民衆の喜びがあり、その自由を象徴する歌や音楽があった。「街角から聴こえる口笛は、やさしい空気となって私を勇気づけてくれる」と語ったロベール・ドアノーの言葉は、パリの人々が音楽とともに戦後復興を歩んだことを象徴づける。

 1950年、パリの雑踏で二人の男女が口づけを交わす劇的な瞬間を捉えた「市庁舎前のキス」(本展では未出展)は、ロベール・ドアノーの代表作。時代の空気を切り取ろうしたのか、または先取りしようとしたのか。この作品はのちに演出であると騒がれ、彼を良くも悪くも有名人に押し上げたが、彼は商業写真家でもあった。

 ロベール・ドアノーは1912年、パリ郊外のジャンティイに生まれた。工芸学校で学び、石版彫刻師として働いた後、1931年に写真に転向。自動車メーカー「ルノー」のカメラマンを経て、『ヴォーグ』誌や『ライフ』誌のファッション写真などで活躍した。ただ、彼が撮影した写真から感じるものは、過度な装飾よりも、やはり”人間”そのものである。

奇跡の瞬間は日常の中に

 ロベール・ドアノーが撮影した人々は、写真の中で力強く生きており、輝いている。そこには会話があふれ、音楽があふれている。だから、写真を見ると、何か生きる力が伝わってくる。「日常生活の中で偶然出会う、小さな種のような瞬間をカメラに収め、それが人々の心の中で花開くことを思うと大変うれしい」(ロベール・ドアノーの言葉)。単調にみえる日常にも、じっと目を凝らせば、人間がみせる”生”の一瞬の輝きがある。その奇跡ともいうべき瞬間は、人間の中にある。

 パリの街には、そんな人々の声が賑やかに響いていたはずだ。だが、感染症の影響で、パリの街も今は静かなのだろう。展覧会場を後にして、渋谷の街を歩いているとき、この街もまた声を潜めているのだと感じた。息を殺すかのようにマスクをして、足早に歩く人々――。

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東京・渋谷のスクランブル交差点付近 (筆者撮影) ©hi-ro

 筆者は、あえて渋谷の街を遠い位置から撮影してみた。遠すぎて街の音がほとんど届かない静寂。その静けさの中で、この街がかつての喧騒(けんそう)を失っていることを、より一層強く感じるためだ。この渋谷の街も、パリの街も再び、賑やかさを取り戻すことを信じながら。

▲上のリンクが公式サイトです▲
【★ひーろ🥺の腹ぺこメモ】Bunkamuraは東急百貨店とつながっていて、美味しくてカジュアルなフランス料理店がありますが、ちょっと高め。渋谷駅直結で、新しくできた「渋谷スクランブルスクエア」に「つるとんたん」ができていたのは、驚きました。なんか六本木のイメージしかない。


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