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なぜ旅をするのか

ベトナム縦断1,800km終盤

2022年12月9日 現地時間19時50分
僕はいまベトナム統一鉄道の寝台列車のベッドの上で、やる事もなくただただ暇つぶしにこのノートを書き始めた。

ダナンからホーチミンまで、19時間の電車旅だ。

電波が不安定だからネトフリは止まるし、本は日本に忘れてきたし、ツレは体調不良で寝ている。

ベトナム統一鉄道の寝台車両。2段ベッドは割と快適。3段は耐えられなかった。

とっても暇なのだ。こんなに暇なのはいつぶりだろう。あぁ、暇だ。
そうだ、せっかくだし旅についてノートを書いてみよう。といった感じである。

旅についてノートを書くと決めたものの、何を書くかなかなか思いつかない。

3分くらい死ぬほど考えた結果、今回の内容はこれに決まった。

なぜ僕は旅をするのか、考えてみよう。

ベトナム 中部の街ダナン 路上の名もなきお粥屋

おいおい、まじか、今更なぜ旅するのか考えるのか。
自分でツッコミを入れたくなる。

正直に言うと、全然いいネタが思いつかなかった。
縦断のルートまとめとかはめんどくさくてやる気にならない。今回旅をしてみての感想だとなんかつまらない。

だったらいっそのこと、そもそも何で旅するんだろうってところから考え直してみようじゃないか。
文章にしたら何か発見があるんじゃないか。そう考えた。
なのでこのノートは、今日の僕の思考整理のためのノートと言っても良い。

前置きが長くなったので、そろそろ本題に入ろうと思う。
他人の文章の細かいところなんて、みんなそんなに興味ないだろう。

遊び?仕事?それとも??

寝台列車で食べたフォー。いい具合にぬるいし伸びているけど、それが良い味だったりする。

旅に行ってきます。

と言う度にかなりの頻度でこう聞かれる。
遊びで行くの?仕事で行くの?

答えは、どちらでもないし、どちらでもある。
何とも言えない。

その場では適当に、半分遊びで、半分仕事です。とか何となく答える。それは確かな答えではなくて、本当に何となく。

自分でも何と答えて良いかわからなくて、上手く言語化できない感覚があった。
仕事柄、捉え方次第な部分もあるし。

なぜ僕は旅をするのだろうか。 

改めて考えてみて思ったのは

ちゃんと生きるためだと言う事。

カメラを片手に、ハノイの街を散策する。

ちょっと意味わかんねぇし、何だその臭い台詞はって言われそうで怖い。

ただ、これが結構まじなのである。

日本で仕事をしていると、少しずつ何か良くないものが溜まってきて、次第に苦しくなってくる。精神的にも、身体的にも。
リアルに息苦しくなる。動機、息切れってやつ。

それが溜まると反比例するかのように、自分の中の気力やアイデアはどんどん枯れていく。

2020年の半ばくらいから仕事を始める前は、結構色々な所へ旅をしていた。沢山の人に会って、様々な話を聞いたり刺激を受けたりした。
いわるゆインプットが多かった。それも、選択的ではなく偶然受け取るインプットが。

そこから2年半〜3年くらい仕事をして、メディアの立ち上げに参加したり、映像制作の仕事を伸ばしたり、カフェを開業したり、割と色々な経験をした。

そこで得るインプットももちろん多かったけど、それ以上にアウトプットしまくった。

これまで溜め込んでいた色々を吐き出して、繋ぎ合わせて形にしていった。

日本茶カフェroom’z tea

それが最近辛くなってきた。
何かが足りない。
学びが足りないのはもちのんなので、日々選択してインプットしている。
でも足りない。

それになんとなく気づいたのが、9月にタイに行った時だった。

そのなんとなくの気づきが、今回のベトナムで確信に変わった。と言うか、今考えたらどうやらそう言う事だったらしい。

僕には旅が必要だった。

僕には旅が必要なわけ

路上で当たり前に洗い物をする。衛生観念とはって感じ。それで良い。

多分、わかる人には説明しなくてもわかると思う。
旅人は特に。

今の僕の生き方には(フリーランス&経営者)どうやら定期的な旅が必要らしい。
ガス抜きと、充填を同時にするイメージだ。

溜まったよくないものを取り除くためと、これからの気力やアイデアを貯めるため。

そもそも、一般的な会社員は絶対に無理だなと思って今のスタイルをなんとか作り上げてきた。
まだまだこれからだけど、とても性に合っている生き方だ。

ただ、誰も何も教えてはくれないし、安定した給料はないし、基本的には自分で考えて、実行して、失敗したり、成功したりして、成長する。

この動き方をするのはとても気力がいるし、訳のわからんストレスも溜まる。常にアウトプットの連続。
まともな休みも普段はあんまりない。
休んでいても仕事のことを考えているから、体感的に脳みそは常時60%くらい稼働している。

ただ、いざ旅になるとそうもいかない。
言葉は通じないし、飯もいちいち考えないとだし、移動するにもとても手間がかかる。
ベトナムはまともに英語が通じないから特に手間がかかった。それが楽しい。

でだ、そんな旅の環境にいると、常に仕事に向けて稼働している脳の割合が下がる。
そうすると、自然と溜まったものは解放されていくし、息苦しさも感じなくなる。

それと同時に、普段思いつかないアイデアや、今後のビジョンがふっと湧いてきたりする。

日本で通常運転の生活をするよりも、遥かに刺激が多いし、常に前向きになれるからだ。

さらにさらに、今みないな時間ができることで、ゆっくり物事を考えたり。何も考えずに気づいたら眠りに落ちていたりする。
こんな感じで思考をぶちまける系のノートも書けるわけだ。とても良い。

日本にいたら、結局仕事をしてしまう。
本当のオフなんてほとんどない。性格的にオフれない。こればっかりは仕方がない。
オフれるのは登山とスキーの時くらい。

てな感じで旅をするから生きていられると言っても過言じゃないわけだ。

最後に

ハノイの茶寮。ベトナムの物価で考えたらかなりの高単価だった。これも良い学び。

とてもまとまりのない文章を書いてしまった。
そもそも思考がまとまってないのに書き始めたのだからそりゃそうなのだけれど。

結局、僕は旅をしていないと今の生き方が続けられないし、続けられないのであれば死んでしまうかもしれないと言うわけだ。ちょっと大袈裟だけどそんな感じ。  

遊びが仕事になっていたり、仕事のプライベートの境目がなかったりする僕としては、ある意味では仕事と言ってもいいかもしれない。

だから、その旅は仕事?遊び?と聞かれた時の答えは。
「どっちも!」が正解かもしれない。
ちゃんと遊ばないといい仕事はできないし、仕事のために遊んでいる。そんな感覚。

わざわざ海外のお茶屋さんに寄ったりもするから、そこは仕事比重が高めかもしれない。視察なのだ。

僕のパフォーマンスを落とさないための、常にアウトプットし続けるための、今後も成長を続けていくための、健全に生きていくための旅なのである。

旅っていいね。万歳。
明後日からは台湾に行ってくる。

PS. 
旅をするために協力をしてくれている人達には、心の底から感謝しています。
旅の経験を活かして恩返しするので、どうぞこれからもよろしくお願いします。
𠮷田を旅させてください。
ありがとう。

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