見出し画像

弱気のコスト

コスパということが言われ始め久しいが、コスパの議論において完全に忘れられているのが弱気のコストである
人が金を使う理由を強気か弱気かで分けると圧倒的に弱気が多い
保険などは最たる例で、ほとんどの商品は使う人の弱気を煽ることで商売が成り立っている
これがないと不安になりますよ、これを使わないのは遅れてますよ、これを使わないと損をしますよ
大量の広告費を使いそんなふうに言い続け、そもそも必要のなかったものを必要と思わせるのが今の商売の基本となっている

そういったことに惑わされないためには、弱気を吹き込む相手に対して、お前馬鹿なのか?と見下すくらいの強気な姿勢と、煽られている不安が現実のものとなった時、実際にかかるコストを把握することが必要である

煽られている最悪の状況のうち、死ぬこと以外は実際のところ、煽られているほど最悪ではない
そんなことを思うようになったのは、山でハンターに出会ったからだ

彼は銃も使うが、専門は罠だ
罠を仕掛けて猪を獲る
年間で3頭罠にかかれば一年分のタンパク質を確保できるという
肉なら、山にいくらでも転がっている
そう言って快活に笑う彼は痩せているが、肌艶がいい
多分40歳くらいだが、目を合わせた時に感じるのは、彼の底知れぬ落ち着きだ
何者にも奪えない平安が、瞳の奥で輝いている

心の平安というが、食うに困らないという絶対的な自信があれば、そんなものは自然についてくるのだろう
肝心なのは罠を仕掛ける場所と、それを見に行くタイミング
その二つさえ間違わなければ、彼は死ぬまで食うに困らない

もちろん、それは簡単な話ではない
仕組みは簡単だが、やるとなったら大変だ

まず、山に入らねばならない
人が歩く道ではなく、猪の歩く道を見つけなければならない
猪が罠にかかったからといって、それで終わりではない
罠にかかった猪は自分の気配を消すという
だから、近づいたところで襲われることもある
それが罠にかかった動物の戦い方だ
気配を消して、相手が自分の間合いに入って来たら一気に襲う
その勝負に負けてしまうと大怪我だ
山の中で動けなくなれば、人の場合、死んでしまう

だから注意が必要だ
猪に勝る注意を払うことができたら、猪の肉にありつける

しかし注意は必要だが、それは弱気になることとは違う
弱気とは不安だ
山に入って道に迷ったら出てこられないのではないか、猪が罠にかからなかったら自分は餓死する、罠にかかった猪に近づいて襲われたら無事でいられるか
そんなことを不安に思う

だが、不安に対しては、その不安にのみ対処すればいい
道に迷わないようGPSを持ち、猪が罠にかからなくても餓死しない程度の金は確保し、猪が罠にかかっていても油断することなく近づけばいい
これだけできればいいわけで、これ以上のコストは必要ない
これ以上のことが必要だと感じるなら、そ
れは弱気に支配されている
そうなると、要らないものが増えていく

弱気に支配されるのは、必要なことがわからないからだ
必要なことがわからないと、やるべきこととやってはいけないことの線引きが曖昧になり、本当の意味での決断ができなくなる
そうなると、常に何かに煽られ、煽られるままに流される

会社勤めをしている人が会社で働く理由とは、ほとんどの場合、将来への不安からだ
安定した収入がなければ全てのことが不安になる
だから自分の時間を売って金に変える
だがそのハンターは、一年で3頭、猪が罠にかかれば、それで不安は解消する
遠方に小さな家を買い、そこから週5回通勤するサラリーマンより彼が幸せなのは、顔を見れば明白だ
その幸せは、弱気に支配されることなく、必要なことがわかっているからもたらされる

やるべきこととやってはいけないことの線引きは、彼の場合、自然が教えてくれる
その線は、天候の兆しを読み、野生動物の気配の兆しを読み、自分の体調の兆しを読むことで浮かび上がってくる
一方で、都会で暮らすサラリーマンにとって、やるべきこととやってはいけないことの線引きは何よってなされているのだろう?
法律、常識、会社の規則
多分、そんなものだ
ならば、都会で暮らすサラリーマンが、常に弱気に支配されるのはなぜか?
やるべきこととやってはいけないことの線引きがなされていないからだ
法律、常識、会社の規則
それらは自分で引いた線ではない
自分で判断した線引きがなされていないから、弱気が際限なく入ってくる
つまり、飼い慣らされ、商売の餌にされる

自分にとって、要るものと要らないものがわかっていない人間は、商売の餌にされる
必要ないものを欲しいと思っているなら、あなたはすでに罠にかかっている
気配を消したハンターが風下から近づいてくるように、広告は本来の目的を隠して、その商品があなたにとって必要だと訴えかける
トドメを刺される前にあなたができるのは、要らない、と気づくことだ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?