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[旅行記] 坂道のマデイラ島

「なんだこれ……」

窓から見える姿に、浮かんだのはそんな言葉。

ようやくたどり着いた今回のハイライト、マデイラ島は、一見すると南国のリゾート風。でも、島の姿はとんでもないものだった。

海岸からすぐに山がそびえる地形で、その間は急激な坂道。その所々に引き裂かれたかのような崖がいくつもあり、そこを無理やり橋を渡してつなげたようにも見える。

こんなに生活しにくそうな場所だったのか。もちろんある程度は情報として知ってはいたつもりだったのだけど、それでもマデイラ島というのはリゾート的なイメージがあったので、この姿はまったく想像していなかった。

ポルトガルからは空路で2時間弱。緯度としてはモロッコと同じくらい南にある、大西洋に浮かぶ島、マデイラ。佐渡ヶ島と同じくらいの大きさの島は、大航海時代に発見され、その後は寄港地として、砂糖のプランテーション拠点として、そしてワインの産地としても有名になっていく。

今回のポルトガル旅行では、一番訪れたいと思っていた場所。その理由は、マデイラワイン。

ウイスキーが好きな自分は、これまで主にウイスキー蒸留所を訪れる旅をしていた。スコットランドを中心に、いろいろな蒸留所を訪れてきた。ウイスキーの製造でも特に重要なのが、樽で寝かせる熟成。その樽は主にバーボンやシェリーの樽が使われるけど、少ないながらもポートワイン、マデイラワインの樽も使われる。

以前からなんとなく気になっていたポルトガルという国、そこに行くのであれば、マデイラワインとポートワインを作っているところもぜひ訪れてみたい。その酒が、どんな場所で、どんな人達が、どんな風にして作っているのかを知ること。それが、これまでも旅をしてきた主な目的だったから。

そうして訪れたマデイラ島は、とりあえずポルトガルや日本とも違ってとても暖かかった。

常春の島というだけあって、2月でも15℃以上はある。夏はさぞかし暑いだろうと思いったけど、実は30℃に到達することはほぼ稀らしい。なんだその羨ましい気候。リゾートとして人気があるのも頷ける。

とりあえず街の中をふらふらと歩く。リスボンとはまったく違う、南国感のある街の風景。特に街を彩る植物たちにそれを感じる。明らかに南国の植生で、本土とは全然違う雰囲気。

教会で行われていたミサに参加してみたり、市場でどんなものが売られているのかを見てみたり、あてどなくふらふらと路地を歩いてみたり。

そうこうしているうちに昼が近づいて、おなかがすいてきた。朝一番のフライトでマデイラに渡ったので、今日は何も食べていない。どんな店が良いかな、どんな食べ物が良いかな、と思ってあちこちを見てみるけれど、観光客向けなのかはたまた中心街だからか、ちょっと値段がハイクラスな店が多い。

どことなく Not for me な雰囲気を感じる店ばかりでどうしようか、と思いながら路地を歩いていると、立ち飲みスタイルでビールやワインを手にテレビを見ているおじさんが数名。小さい店で、Snack Bar と書かれている。表には軽食的なメニューの絵が。

飲んでいるおじさんたちはどうみても地元の人たち。こういう人たちが通っている風の店は、たぶんハズレがない。それに、地元の人がどんなものを食べているのかを知ることが目的のひとつでもあるので、入るならこういう店の方が良さそう。ちょっといろいろ悩んだけど、最後は思い切って入ってみた。

メニューについて分からなかったので訊いてみると、なんでもボーロ・ド・カコ(Bolo do Caco) というパンが、マデイラでは定番かつ昔ながらのパンらしい。その丸い形状と小麦粉にサツマイモが入っているというところが昔ながらのスタイル。そのパンを使ったハンバーガー的なプレーゴというものを頼む。大きさ的にもう少し食べられそうだったので、トーストサンドのトスタ・ミスタもお願いする。

厨房が見えたので、作っているところ眺めてみる。プレーゴというのは牛肉で作るものらしい。肉を取り出して、それを叩いて薄く伸ばしている。かなりしっかり叩いていて、大きな音が響いている。食べやすさと火の通りを良くするためだろうか。ひき肉を使わないところがこだわりなのかもしれない。

パンの方には何やらいろいろとペーストを塗って、野菜レタスやトマト、肉のパテとハムに目玉焼きも挟んで完成。

食べてみると、やや硬めのカリッとした食感のパンで、柔らかい部分がほとんどない。日本のふんわりしたバンズなどとは全然別ものの、質実剛健といった趣き。しっかりと噛まないといけないので、食べごたえがある。そして、肉は意外にもかなりジューシーに仕上がっていて、薄めに見えるものの肉感が結構ある。ちょっと驚き。

味つけは、なにかピリッとした感じがする。後で調べると、ガーリックバターを使うのが定番ということで、おそらくそれかな。かなりシンプルな味付けだけど、しっかりとした美味しさ。

そしてもうひとつ、トスタ・ミスタ。ミックスサンド、という意味のこのトースト、カフェだとほぼどこでも見かけるのだけど、基本的にハムチーズのサンド。一見なんの変哲もないのだけど。食べてみて驚いた。

サクッ!!

えっ? と思うくらいサックサク。何だこの軽さ。とっても軽い。そしてチーズはちょうどいい感じにとろけていて、シンプルなのにすごく美味しい。

シンプルなトースト、なのだけれど、なんだかとても極上なものを食べている気がする。なんだか凄い。

このサクサク感、最後のひとつになってもほとんど変わらないのに更に驚いた。パンのもともとの生地がこういうものだから、なんだろうな。ベトナムでバインミーを食べたときも、日本のフランスパンとは違うその軽さに驚いたのだけど、ここの食パンも全然違う。作るときの水が硬水だからとか、そういう理由なんだろうか。

思わず意外な体験ができた。こういうちょっとしたことだけれど、日本と違うところを見つけていくのが楽しい。

その後も少し街中を見てまわってから、今晩からマデイラで泊まる場所へ向かう。
少し街から外れたところにあるその場所に向かう間には、この後何度も苦しめられることになる坂道が。

とにかく斜度がきつい。10%、いや15%くらいはあるだろうか。1kmほどの距離なのに、やたらと時間がかかる。足がひどく重く感じる。

マデイラでの生活というのは、本当に大変だ。今は自動車があるから良いけれど、昔は歩くのが基本だったはずで、本当に大変だったのでは。いや、山に暮らす人々というのは、どこでも昔からそうだったのかもしれない。ある程度運動しているつもりだったけれど、現代の都会に慣れすぎた身にはかなり厳しい。

息を切らせながら、宿に到着する。宿といっても、今回選んだのは民泊のようなホームステイのような、そんなスタイルのアパートメント。自分ひとりで過ごすのではなく、ホスト側のおふたりと共に過ごす。とはいえ、ベッドルームはシャワートイレつきの個室だし、キッチンも自由に使ってOK。彼らは普通に仕事があるし、基本的にはこちらの生活には干渉しないスタイル。

お互いの自己紹介の後はすぐに打ち解け、友人の家に泊まりに来た、という気分になった。現地の暮らしの隅っこにいさせてもらっているようで、ちょっと嬉しい。

何より、アパートの中が素敵すぎて、ここを離れるときにはもっともっと滞在したかった。この場所で、このあと数日を過ごすことになる。


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