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着実に破滅へと向かっているアメリカ。なるべくしてなった"これまで"と"これから"を赤裸々に描いたマイケル・ムーア渾身のドキュメンタリー【映画『華氏119』】

偶然ではなく必然だった、第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプの誕生。

ヒラリーの圧勝と思われた裏側で、およそ日本人では想像できない働きかけが起こったことにより、本人すら望んでいなかった逆転当選が起こった2016年アメリカ大統領選挙。しかしこの事態が起こる素地がアメリカには確かにあり、アメリカ国民にとっては意外(そう、トランプ支持派ですら意外であったはず。何故ならば本人が意外だと思っていたからだ)ではあった結果も、歴史になぞらえて見ると"成るべくして成った""起こり得るべくして起こった"結果だった。

予兆は、2016年の何年も前、アメリカの各地で起こりつつあった。"ラストベルト"(錆びついた工業地帯)と呼ばれるミシガン州の小さな街フリントでは、正体不明の汚染によって一般家庭に利用される水道水に異常が発生。血液検査から市民の体内から基準値を超える鉛が検出されるが、その報告を受けたミシガン州はその数値を改ざん、「何も異常はない」と揉み消しを図った。

ミシガン州知事を務めるリック・スナイダーはビジネスマンとして鳴らした人物で、知事就任と同時にさまざまな事業の民営化を推進。水質汚染については未だ原因が判明していないが、彼の改革がこの事態を引き起こしたであろうことに疑いの余地はなく、明るみに出れば当然辞任もありうる。地位を失いたくないがゆえの揉み消し工作だった。

フリントを生まれ故郷とするマイケル・ムーアが長年追求し続けているこの事態に、"二人の大統領"が関わっている。ひとりは当時二期目を務めていたバラク・オバマ。そして同じ頃、共和党から候補者のひとりとして名乗りを上げていたドナルド・トランプである。

事態を深刻に受け止めたホワイトハウスから駆けつけたオバマ大統領。フリント市民は救世主の来訪を心から歓迎したが、彼は何もせずに帰っていってしまった。本来であれば災害指定区域に指定すべき事態に陥っているにも関わらず。

そしてドナルド・トランプは、スナイダー州知事とビジネスマン時代の友人でもある。そう、彼はスナイダー知事を激励に来ていたのだ。

オバマが何もせず、現大統領が激励をした災害地域は今、住民に断りなくアメリカ軍の訓練地域とされ、廃墟と化してしまっている。

全米で下から数えた方が早い待遇とされるウエストバージニア州の教職員は一斉ストライキを起こし、銃乱射事件に見舞われたフロリダ州パークランドの高校生たちは「もう大人は信用できない」とSNSを駆使して新たな波とともに抗おうとしている。ニューヨークでは「誰もやらないのなら私がやる」と立ち上がった"バーニー・サンダースの愛弟子"である29歳女性議員が初当選を飾った。

2016年アメリカ大統領選挙における投票率は、ヒラリー6600万人、トランプ6300万人、未投票1億人という数字に。国民の半数近くがアメリカの政治に対して諦め、そして「選挙人制度」という古い体質を利用した"アメリカを動かしている影の人間たち"によって、ドナルド・トランプという怪物が生まれてしまった。

2018年11月に行われたアメリカ中間選挙では、投票率が48.5%と1966年以来の高さに至った。

抗う力は、着実に大きくなっている。

それに相対するように、ホワイトハウスは「移民受け入れの拒否」「貿易摩擦に端を発する諸外国との対立」「強権的なメディアの締め出し」など、かつてのナチスドイツを彷彿させる動きを見せ、世界の緊張感を一層高めんとしている。

「国難を理由とする大統領令を発動させ、2020年の大統領選挙を延期、2024年以降まで続くトランプ国歌を生み出すやもしれない」

劇中で語られたマイケル・ムーアの言葉に戦慄を覚えずにはいられない。

今、あの広大なアメリカという国を覆っている"嵐"はさらに大きくなっていき、"分断"によって生まれた溝はさらに深く大きくなっていくだろう。

旧態依然としたバックボーンを持つトランプ政権が"21世紀のファシズム"へと変貌していくのか、それとも”これからのアメリカ”を担う若者たちが生む新たな力の波が"新しいアメリカ"を生み出すのか。

今はまだ小さいが、2019年、そして2020年に向けてそのうねりは間違いなく肥大化する。そんな"今のアメリカ"に向けて、

「我々アメリカ人は、どうあるべきか」

とマイケル・ムーアが全身全霊で問いかけてくるのが、この『華氏119』だ。

"アメリカの今"は、決して他人事ではない。一党政治になりつつある日本もまた、その存在意義を問われる日がやってくる、必ず。そのためにも、この『華氏119』は観ておくべき作品だと感じ入った。

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