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【建築】ルーヴル・ランスに似合う空(SANAA)

その日、滞在中のベルギー・ブリュッセルは雨だった。市内の美術館は一通り巡ったし雨の建築探訪は煩わしいし、どうしようか…。しかし近隣の天気予報を調べると、少し遠いが晴れている場所があった。しかも有名建築もある!

ヨシ、そこ行こう!


ベルギー国鉄からフランス国鉄に乗り継いでランス駅(Lens)で降りる。建築ファンであれば、ここが何処なのかお分かりになるだろう。


そう、あのルーヴル美術館の別館、ルーヴル・ランスがある街だ。


2003年、フランス文化省とルーヴル美術館は芸術文化の一極集中を避けて地方にも展開するため、ルーヴルの分館をつくることを決めた。そして翌2004年、各都市が名乗りを挙げる中、建設地がランスに決まる。

ランスは19世紀半ばに石炭が発見されて以降発展してきたが、1960年代に入ると炭鉱産業は衰退し、1986年には最後の鉱山が閉山された。最盛期に42,000人だった人口は誘致が決まる頃には35,000人と減少の一途をたどり、失業率も労働人口の20%を超えていた。ランスが選ばれたのは、そんな斜陽の地方都市を復活・活性化させるためである。


駅からしばらく歩くと、美術館まで続く遊歩道の入口がある。


この道は、炭鉱からランス駅まで資材や石炭を運搬していた線路跡に沿って設けられている。周囲は住宅街だが、遊歩道沿いには木々が植えられ、市民の散歩道としても利用されている。街灯がオシャレ!


遠くにランスの象徴でもあるボタ山(炭鉱からの土石を集積した山)が見えた。


10分程歩くと開けた場所に出た。ココは炭鉱跡の一つ。


目の前には絵に描いたような美しい青空が広がっている。雨を避けて、わざわざ遠出した甲斐があった。


美術館の設計は日本の建築家ユニットSANAA。工事は2009年に始まり2012年に完成、その年の12月にオープンした。
広大な敷地には景観に配慮した低層の建物が数百mに渡って連なっている。都市の真ん中にあり、かつての宮殿だった威厳に満ちたルーヴル本館とは対照的だ。


外壁はアルミパネル。パネルにぼんやりと周りの風景が映り込み、建物と風景との境界が曖昧になっている。これぞSANAA建築!

この表情がとても面白い。


よく見ると、建物は敷地に沿ってわずかにカーブしている。


もしこれがカーブではなくビシッとした直線の四角い形状だったら、印象はまた違っていたかもしれない。


中央に配置されたガラスパネルの建物がエントランスホールとなる。このホールを中心に、常設展示棟、企画展示棟、常設企画展示棟、講堂と5棟の建物が角を接して連なっている。


エントランスホールには、Glass Bubblesと呼ばれる曲面ガラスで囲われた受付やショップ、カフェ、メディアライブラリーが点在している。


これはSANAA建築ではよく使われる手法。金沢21世紀美術館やロレックス・ラーニング・センターもそうだった。ただし金沢では円形の建物に四角いブースだったが、こちらは四角い建物に円形のブースとなっている。


(まさか雨漏り? 見なかったことにしよう…)


ところで今回のルーヴル・ランスは実は二度目の訪問だった。前回は2015年秋に訪れている。これはその時の写真だが、スッキリとして、少なくとも建築的にはこちらの方がSANAAらしくて良いのではないか?


前回との違いはホールの使い方にある。今回はホールのあちこちに案内用のカラフルなボードやパネルが置かれているが、それらはSANAAの建築には合わない。というか、やめてくれ! やはり建築を活かすも殺すも使い方次第だと思う。


さて、気を取り直して展示室に行こう。
ルーヴル・ランスはコレクションを持たず、本館のコレクションから貸与される作品を展示しており、定期的に更新されている。


見所は、仕切りのない大きなワンルームの展示空間「時のギャラリー」。幅25m×奥行き120mもある。


紀元前3500年から19世紀半ばまでの美術品を彫刻や絵画といった分け方をしないで混在させ、年代順に展示している。大きな美術館では画期的な展示方法で、「文化の歴史の中を歩く」とも言える。

壁にはその年代が刻まれている。


展示室の壁もアルミパネル。そこに映る作品や鑑賞者を眺めることも興味深い。


作品は壁に掛けず(というか掛けられず)、床に分散して置く方式。


展示室は調光可能なルーバーを通して光が入る。自然光の中で作品を展示することはスタッフ側からの要望でもあったらしい。


美術の授業だろうか? 床に座り込んでお話を聞くのがいいね。


「時のギャラリー」の奥は常設企画展示棟「ガラスパヴィリオン」へとつながる。こちらは文字通りガラスパネルによる建物で、アルミパネルとは対照的。


展示されている作品は少なめだが、おかげでボタ山や周りの風景がよく見えた。


エントランスホールに戻って今度は地下へ。
ここに降りる階段がSANAAらしい。天窓からの自然光も効果的。


地下には収蔵庫と修復工房がある。最近はこうした"見せる倉庫"も増えているね。


再び屋外へ。

周辺は炭鉱当時の運搬用線路や掘削穴の跡をモチーフとした庭園が整備されている。ランドスケープアーキテクトはCatherine Mosbach。建物と庭園が融合するような景観となっていた。

植栽されている植物も多様だ。炭鉱廃坑後に自生していた植物も活かし、この地域に合った風景となるように配慮されている。また低層の建物のお陰で、その向こう側の木々の緑も目に入る。


庭園は美術館の開館時間以外も開放されているので、観光客はもちろん地元の住民にとっても憩いの場となっている。


ちなみにレストランもあるが、高そうので食事はしていない。




ところでルーヴル・ランスによって、ランスの街は新たな賑わいを生み出すことが出来たのか? 私は二度しか訪れていないが、その印象からすると疑問だ。

まず美術館本体であるが、常設展は開館から2022年現在まで無料である。従って収入としては、企画展やショップ、レストラン・カフェの売上がメインとなるが、年間の来場者数は50万人程なので、僅かなものだろう。(地元のノール=パ・ド・カレー地域圏から資金援助を受けているので、運営に困ることはない)


また展示品は定期的に本館の作品と入れ替えられるが、その作品数は200点程度で、多いとは言えない。企画展もいつも開催されているとは限らない。つまり作品そのものを目当てにこの美術館を訪れる人は少ないと思われる。

ではなぜこの地を訪れるのか?
少なくとも"ルーヴル"というブランドを見ることはできる。
他には? 建築を見るため? それもあるだろう。そしてその価値はある。
しかしいずれにしても、アートを展示する場としては弱い。


最大の問題は街にお金を落とさない構造、つまり街でお金を使う機会が少ないということだ。事実、私は駅と美術館を往復したのみで、街では何もしていない。パリや近隣の大都市からの日帰りも可能なので、泊まる必要性もあまりない。


ただし周辺の「ノール=パ・ド・カレーの炭田地帯」は、18〜20世紀にかけて発展した石炭採掘の歴史を伝える産業遺産として世界遺産に登録されている。ルーヴル・ランスは設計に当たってそのことを重要視しているので、自治体がこの世界遺産も含めて一体的にPRすれば、もう少し観光客を呼び込めるかも。(とはいえ炭鉱遺産の方は"映える"とは言い難いし、見学ポイントも地域全体に散らばっているからなあ)


途中でも書いたが、今回のルーヴル・ランスは2度目の訪問だった。


前回は生憎の曇天だったが、そこには建物と空との境界がますます曖昧になった景観が広がっていた。「建築探訪は晴天に限る」という信条を持つ私でさえ、意外にも「これは悪くない」と思った。


しかしやはりどこか物悲しさは感じてしまう。
もしかしてあの時の曇り空はランスの現状を象徴していたのかもしれない。



SANAAらしい建築 其の一

SANAAらしい建築 其の二


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