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【建築】爽やかな高原の森に抱かれた八ヶ岳美術館(村野藤吾)

日本列島のほぼ中央に位置する八ヶ岳。標高2,899mの最高峰・赤岳をはじめ多くの山々が南北に連なるが、その山麓には比較的なだらかな高原が広がり、自然豊かな森林の中に畑や別荘地が点在している。


快晴の初夏の高原はハイキングしても気持ちいいし、

ドライブしていても「快適」という言葉以外思い浮かばない。


そんな森の中に、ある美術館が佇んでいる。


八ヶ岳美術館。
地元の諏訪郡原村出身の彫刻家・清水多嘉示から自身の作品の寄贈を受けて、1980年に開館した村立美術館である。

清水多嘉示は当初画家を志していたが、フランス留学中にアントワーヌ・ブールデルの作品と出会い、彫刻家に転身した。八ヶ岳美術館では彼の生涯に渡る作品を、彫刻を中心として展示している。


美術館の駐車場は建物から少し離れたところにあり、エントランスまではカラマツ林の中を数分歩く。これが山の中の美術館という雰囲気を高めてくれる。

何より清々しい気持ちになれるのが良い。


やがて木々の向こうに建物が見えてきた。


ドーム型の屋根が連なる姿は、八ヶ岳や日本アルプスの峰々を思い起こさせる。


ハヶ岳美術館の設計は、あの巨匠・村野藤吾が手がけた。なんと88才の時の建築で、晩年の傑作ともいわれている。


この美術館の特徴は内部空間。
ドームの天井にはレースのカーテンが絞り吊りされている。


一般的に"建築家"は素材や工法を見せたがる傾向にあると思うが(←個人的偏見)、ここではそれを隠している。いや、カーテンが素材であり、絞り吊りが工法なのだろうが、ドレープの仕上げなんて普通の建築家は採用しないだろう。


カーテンの裏に仕込まれた照明や窓からの自然光により、館内は柔らかい光で満たされていた。



作品の配置についての建築家のコメントも興味深い。

先ず縄文土器の保存と研究の場所を決めてから、その他はすべて彫刻の陳列に当てることになるのだが、その時ふと私の脳裏に浮かんだことは、故朝倉先生から伺った話である。岡田信一郎先生が設計された東京都の美術館の彫刻の陳列についてのお話であったが、彫刻を陳列する所に建物の線が出るのは困るという主旨であったように記憶している。そう言えば朝倉先生のアトリエ、即ち現在の朝倉美術館には線というものがない。壁はすべて曲面のように見える。そのことを思い出したので今度もそんなものにしたいというのが私の発想のもとである。曲面のところに彫刻を、線の出来るところに清水先生の絵画を、というのが大体の考え方である。

昭和55年開館時のことば 八ヶ岳美術館図録より

ちなみにハヶ岳山麓は縄文時代の遺跡が多数発掘されていることもあり、この施設は原村の歴史民俗資料館としての役割も果たしている。国の史跡に指定されている阿久遺跡をはじめ村内の遺跡から出土した縄文士器や石器なども多数展示されており、文中の「先ず縄文土器の保存と研究の場所を決めてから」とは、そのことを示している。


それにしても天井の点検や手入れは大変に違いない。
カーテン裏の照明はどうやって交換しているのだろう?
クリーニングはどの程度の頻度でどんな方法で行なっているのだろう?


これは2010年に行われたカーテン交換の様子だが、確かに面倒な作業だ。


展示室に目を向ければ、窓から見える森の緑も美しい。


そんな森に誘われて、建物周りを巡ってみる。

建設にあたっては、この豊かな自然をなるべく残すようにして建てられた。また景観に配慮して、建物の高さは低く抑えられている。


伐採する木も最小限に留め、建物ギリギリまで森が迫る。


屋根をドームという曲線の形状にしたのは、山や森という環境の中で直線の箱体ではそぐわないということもあったと思うが、現地での工期短縮のためという理由もあったそうだ。何しろこの地は標高1,350mの高原だ。冬の寒さは厳しく、積雪もある。なので工期は出来るだけ短い方が良い。


円形の外壁はセメントブロックを素地のまま使用している。その上に、予め東京の工場で作られたプレキャスト・コンクリートのドーム屋根を載せて取り付けている。この工法により現地での作業量を減らすことが可能となった。


屋外にも彫刻作品が展示されている。


今回は初夏の訪問だったが、冬の様子も見てみたい。でもやっぱ寒いか?






実は見学後に建築家のお孫さんであり、写真作家のアバロス村野敦子さんと話させて頂く機会があった。
彼女の祖父は人間が人間らしく居られる場所を心がけていたという。自然の中にある八ヶ岳美術館は地面から生えているような建築だが、カーテンには「人間と自然をつなぐという意味があるのでは?」という敦子さんの解釈が興味深かった。



● 写真について
この美術館では作品の撮影はNGですが、建築の撮影はOKということになっています。その境界は微妙なところであり、今回の記事ではあまり清水さんの作品がハッキリと写らないようにしていますが、それでも「この写真はNGでは?」ということがございましたら、コメント欄などを通してご連絡下さい。

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