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【街】自動車が走れない村 ヒートホールン

「 ◯◯のヴェネツィア 」
日本人が好んで使いそうな表現に思われるが、海外でも使われている。例えば「Venice of the North(北のヴェネツィア)」でググると出るわ出るわ…。

有名な街を挙げるとデンマーク・コペンハーゲンとか、


ベルギー・ブルッヘ(ブルージュ)とか、


オランダ・アムステルダムとか。


いずれもわざわざ「北のヴェネツィア」と呼ばなくても充分に魅力的な街だが、運河が張り巡らされた景観は確かにヴェネツィアを思い起こさせる。



オランダにはさらにもう一箇所「北のヴェネツィア」がある。
アムステルダムから北東へ約120kmの村、ヒートホールン(Giethoorn)だ。Giethoornとはオランダ語で"山羊の骨"という意味で、1200年頃に入植した村の開拓者たちが高潮で死んだ山羊の骨をこの地で発見したことに由来している。

ヒートホールンに行くにはオランダ鉄道のSteenwijk駅からバスに乗り換える。
幹線道路のバス停で降り、土産物店やレストランが並ぶ道を歩いていくと、


個性的な家と丁寧に手入れされた庭、そして運河が印象的な村が姿を見せる。


小さな運河が張り巡らされたこのエリアには、自動車が通ることが出来る道路は見当たらない。運河に沿って遊歩道のような小径があるだけで、交通手段は歩くかボートとなる。まさに「北のヴェネツィア」だ。


村には小さな博物館もあるが、観光名所となるような大きな施設はない。なので散策するか、土産物屋やカフェやレストランに行くか、ボートに乗って過ごすことになる。ボートは水路が狭いこともあって、漕ぐのに苦労している人たちも見かける。いずれにしても、日常から離れて美しい景色を愛でながらノンビリすることがベストだ。


それにしても写真を撮るのが恥ずかしくなるほどインスタ映えする景観ばかり。
一軒一軒が島のようになっている民家など特に美しい。


この独特の景観は地質や成り立ちにある。
ヒートホールンはNationaal Park Weerribben-Wiedenという国立公園の端に位置している。周辺は北西ヨーロッパ最大の低湿地帯であり、沼地、湿地林、葦原、牧草地が広がっている。また泥炭の産地でもある。


かつてのヒートホールンはこの泥炭が主要産業だった。
泥炭の採掘により溝ができ、運搬のためにそれらを運河として整備した。"島"となった土地には家が建てられ、それらを橋で結んでいる。そのため176以上ある橋のほとんどは個人所有である。

橋は、荷物を載せた船やはしけが通れるように、高くなっている。


(どうでもいい話だが、私は軒天に反射する水面みなもが好きで、こういう光景を見ると無条件に写真を撮ってしまう)


18世紀になると、村は泥炭産業から畜産を中心とした農業産業に切り替えた。 当初は泥炭採掘のために掘られた運河だったが、農業をする上でも人や家畜の移動、作物の運搬などに重宝された。


20世紀には、この村にもモータリゼーションの波が到来した。しかし自動車が通る道路を整備するには、村を根本からつくり直す必要がある。結果、住民は運河や家を古い形のまま残すことを投票により決定した。



その家にも特徴がある。屋根をよく見ると、高さが途中で異なっている。これは農業時代に家の裏にあった納屋の名残だ。今は農業も行わなくなり、家と納屋を一体的につなげて住居としているので、少し歪な形をした屋根になっている。


この屋根が茅葺きだということも素晴らしい景観を保っている理由の一つだろう。多くの農村がそうであるように、以前のヒートホールンも貧しかった。したがって屋根は必然的に茅葺きとなった。周りは湿地帯なので、材料となるヨシを育てやすかったということもあるかもしれない。


軒先のギザギザカットも個性があって面白い。


現在では経済的にもメンテナンスの上でも瓦葺きの方がメリットがある。 しかしこの村では景観を維持するために茅葺き屋根の伝統を守り続けている。 そのため40年ごとに屋根を葺き替えているそうだ。



ヒートホールンは今やオランダ屈指の観光地であり、世界中から毎年100万人以上の観光客が訪れている。「自動車は通れない」と書いたが、実は直ぐ近くに大きな駐車場があるので、アクセスは悪くない。訪れた日は偶々観光客は少なかったが、自分も訪れておいてなんだが、この狭いエリアに多くの人が訪れたらオーバーツーリズムという問題も発生する。いや、既に問題になっている。



そもそもだが、この伝統的な家には普通に人が住んでいる。住民はある程度観光客に寛容かもしれないが、限度もあるだろう。何しろ家の前の小径を1日何千人もの人が歩き回る。しかも家をジロジロ眺められ、写真まで撮られてしまうのだ。プライベートも何もあったものではない。(ゴメンなさい)


景観を損なうものは屋外に置けないし、洗濯物も干せない。庭も綺麗にしなければならないし、家を修繕する時の材料や工法も規制がある。住むのは大変だ。


観光は村の産業になっているので、土産物屋・カフェ・レストラン、ホテル、ガイドとして生計を立てている人もいるが、そうでない人も多い。ここに住む以上、ある程度そのことは覚悟していると思うが、頭の痛い問題に違いない。



この村を見て、デンマークのDragørを思い出した。
コペンハーゲンから車で30分の距離にありながら、昔ながらの伝統的な街並みが残り、今でも普通に人々が暮らしている。が、コチラも景観を維持していくのは簡単ではないことは想像できる。


もっともヒートホールンもDragørも住宅価格は高いと思われる。金のことを気にするような人間が住んではいけない土地なのかもしれない。




17〜18世紀頃の古い街並みが残るDragør

近隣にある石上純也さんらの設計による森林公園のパビリオン


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