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沼津駅前の郵トピア記念ポスト?

何十回と歩く街中でも、まだまだ発見が有ると思いました。
「ぬまづ歴たび」として、街中を歩きながらの着地型観光を生業として2か月を経過、昨日も新たなるものに興味を惹かれました。

普段何気なく、沼津駅南口から歩いて程ない街中に立っている郵便ポスト。
ふと見やると、少し古ぼけた見慣れない文字が、書かれておりました。

それが、タイトルにも書いた「郵トピア記念ポスト」でした。

深堀してみると「郵トピア記念ポスト」とは
・旧郵政省が1987年から展開した「郵トピア構想」のモデル都市
・第一次指定都市:全国「20都市」
・第二次指定都市:全国「24都市」
・具体的な内容は「絵入り葉書の発行」「観光パンフレットの作成・紹介」
 「記念ポストの設置」など22項目。

つまり、沼津駅南口から歩いて程ないところにあった「郵トピア記念ポスト」は「郵トピア構想」の第一次指定都市の一環で設置されたものでした。

「郵トピア記念ポスト」は指定された第一次、第二次指定都市、合計44都市全てに設置された様ですが・・・
沼津市の「郵トピア記念ポスト」は、外見にはこのプレート以外には、若干のデザインの違いはあれど、大きな記念!となる様な外見では有りませんでした。

どうやら、本来はポストの上にご当地ものの像が乗っていたり、「音が出て、夜は照明がついた」りしていた様です。

音が出て、夜は照明がついた
謙信像ポスト設置の除幕式の様子を、当時の上越新聞が1989年1月19日付の紙面で伝えている。

それによると、ポストは郵便物を投函すると「ピンポン」と音が出る仕組みで、中央部には次の収集時刻がデジタル表示されるほか、台座の内部に蛍光灯が付けられていて夜間でもポストの位置が分かるようになっていた。高さ42cm、横52cmのブロンズ製の騎馬姿の謙信像は上越の観光に配慮して飾られ、富山県高岡市の日展作家、田端功氏が制作した。除幕式では、記念投函に招かれた市立高田幼稚園の園児らがはがきを投函し、「ピンポン」という音に歓声をあげたという。当時、ポストの前にあったのは長崎屋高田店だった。

その後いつしか音は出なくなり、デジタル表示も消えたままだった。

上越タウンジャーナル
【TJ調査隊】上越市本町5の上杉謙信像のご当地ポスト撤去される
2018年8月13日 (月) 18:02


沼津市の「郵トピア記念ポスト」には何が乗っていたのだろう?
後日、更に深堀をしてみたい(;^_^A


参考資料)総務省
平成2年版 通信白書(資料編)
資料2-20 郵トピア構想モデル都市におけるサービス展開状況
(5)郵トピア構想

ぬまづ歴たび 代表:白妙博明(しろたえひろあき)

”日常”の何気ない風景の中に 富士山や沼津港(駿河湾)は溶け込んでいるのが沼津市の”あたりまえ” 沼津市や近隣の静岡東部地区の ”あたりまえ”のものにフォーカスした着地型観光や 体験型観光のツアーを企画、実施しております。