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青春ドロップキック【2.もう恋なんてしない】

武道場という場所は人が過ごすには最悪の場所だ、と思う。

夏は暑くて、湿気で蒸し蒸しするうえに風通しが悪い。冬は冬で尋常じゃないくらいに冷え込み、板氷のような床が足の裏を突き刺す。

はあ、と軽い溜息を吐き、僕は武道場に入り一礼する。夏の熱気と汗と防具のむせかえる匂いが僕を待ち構えていた。

む、と少し息を呑んだ後、足早に全ての窓を乱暴に開け放ち、空気を入れ替える。更衣室で手早く剣道着に着替え、防具の準備をする。進学校は部活に割ける時間が短い。授業が終わってから、如何に早く部活を始められるかが肝要なのだ。

続々と部員が道着姿で集まり、準備運動の隊形を取る。先輩たちが引退し、新キャプテンとなった僕は部員全員と1人向かい合う。全員が揃ったことを確認し、短く息を吸い、声を上げた。

「準備運動!!!」


・ ・ ・

青春、というものには色んなバロメータがある。「勉強」もそうだし、「部活」もそう。無論、「恋愛」もである。

高校2年生になった僕の青春は、「部活」が中心となりつつあった。他の2つをないがしろにしたわけではない。勉強は進学校である以上嫌でもすることになるし、恋だってしていた。

ただ、恋愛沙汰に関しては、せめて部活動引退までは勘弁だ、と思っていたのだ。

――今になって思えば、自分で言い訳を見つけて、隠れ蓑にしていただけなのかもしれない。

高校生活も1年あれば色々なことが起こる。どこの部活も、その狭いコミュニティで恋愛沙汰が起こると波が立つようで、1年の頃にはそんな悩みをいくつか聞かされていた。

大変だな、と他人事のように流していたのだが、ある日、他人事ではなくなった。

入学して1ヶ月後、剣道部には男子4名、女子3名が本入部した。女子は凛として少し気の強そうな高坂さん、目鼻立ちがくっきりしているが、大人しそうな印象の百田さん、色白で明るい性格で、女子で唯一同じクラスの草野さん。

私は、その中で草野さんにいつしか恋心を抱いていた。クラスでも明るく接してくれる、彼女のくしゃりとした笑顔にいつしか惹かれていたんだと思う。

メールのやり取りも頻繁に行うようになった。帰り道でも携帯が震える度に片手で自転車を操作しながら返事を打っていた。

ある日の帰り道、いつも一緒に帰っていた東島先輩に「お前、草野さんのこと好きやろ?」と突然言われた。自分では隠してたつもりだったのだが、あからさまに様子に出ていたらしい。

違います、と嘯いていたのだが、結果としてばれてしまった。先輩のチョークスリーパーには勝てなかったのだ。

それから当然のごとく話のネタにされたりもしたのだが、それだけで僕の恋には何ら影響がなかった。そのはずだった。

ある日、僕は先輩に呼び出された。いつもの様子とは少し違い、まじめな顔をしている。何か怒られるのかな、と寒いものが背中を伝った刹那、意外な言葉を聞いた。

「すまん」


部員みんなでカラオケに行った際に、草野さんから告白された。お前が好きなこと、知ってたんだけど、ごめん、付き合うことにした。



ひとり、自転車を漕ぎながら幾度目かの溜息をついた。いくら息を吸って、息を吐いても空気が足りない気がした。

胸ポケットの携帯が震える。胸ポケットに伸ばそうとした手を、ハンドルに戻す。

これからのことを思うと、ペダルが重くなるのを感じた。面倒くさい、何もかも面倒くさい。ああ面倒くさい!
立ち上がり、足に力を込めて、ペダルの回転を上げる。


もう恋なんてしない。


その時はそう思っていた。

【登場人物】

・僕(私):主人公(hinote)
・高坂さん:部活の同級生。凛として少し気の強そうな女子。
・百田さん:部活の同級生。目鼻立ちがくっきりしているが、大人しそうな印象の女子
・草野さん:部活の同級生。色白で明るい性格で、唯一同じクラスの女子。僕の恋の相手
・東島先輩:部活の先輩。草野さんと付き合う。

この話に登場する人物はすべてモチーフがいます(リアル友達・先輩)が、名前は変えております。小説風に体裁を整えておりますので、多少の脚色はありますが、基本的なところはノンフィクションです。

相変わらず挿絵作れませんでした(笑)





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