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内部留保増加から見えるモノづくり産業における問題の本質

 2022年9月1日に財務省が発表した法人企業統計で、企業の内部留保が10年連続で過去最高を更新したということでした。近年、こうした企業の内部留保増加ニュースをよく目にします(※1)。
 ところで、こうした内部留保増加の話題に合わせてよく話題となるのが「内部留保が過去最高であるにも関わらず、従業員の給料は増えない」という“誤解の意見”です。
 この内部留保が増えているのに給料が増えないという指摘は本質を踏み外しています。内部留保とはストックであり、人件費(給料)はフローの話です。フローの結果としての積み上げであるストックが増えたからといってフローを増やせという指摘は間違っています。それは、この企業の内部留保増加から考えるべき問題の本質ではありません。
 以下、法人企業統計調査のデータを使って、筆者が関わっているモノづくり産業(データ上では「製造業」)に絞って問題の本質を考察してみました。なお、以下のデータは、図5以外は全て製造業に限定したものです。

■内部留保とは何か
 分析の前に、まずは内部留保とは何を意味しているのかを解説いたします。

図1:貸借対照表(B/S)

 図1は貸借対照表です。企業は何らかの方法で資金を調達して、それを運用することで事業を営んでいます。この資金調達方法が右側の貸方であり、それは銀行からの借入金等による他人資本のケース(負債)と、株式発行による資金調達や自社利益で賄うといった返済の必要がない自己資本のケース(純資産)があります。そうして調達した資金の運用結果が借方である資産です(なぜ借金である負債が「借方」ではなく「貸方」なのかといった疑問は横に置いておき、そういう名前だと認識頂ければよいです)。資金の運用結果である資産は、日常の事業を賄うために使用する流動資産のケースもあれば、投資の結果が反映される固定資産のケースもあります。
 実は内部留保という会計用語はなく、利益の蓄積、つまり税引き後の当期純利益から配当を差し引いた後の最後に残った利益が利益剰余金となります。内部留保とは利益剰余金を意味すると理解いただければよいです。
 図2に示す通り、「内部留保が過去最高」とは、フローである損益計算の最終結果である利益剰余金の積み上げ結果であるストック(貸借対照表)金額が過去最高になったということです。

図2:内部留保(利益剰余金)とは

■内部留保は何に使われているか
 これは2015年のレポート(※2)でもあったように、内部留保はM&Aの資金として活用されているものと考えられます。
 筆者が改めて最新データである法人企業統計調査より、製造業に限定して直近20年間の利益剰余金と投資有価証券、現金・預金の推移を図3の通りプロットしました。2001年度を1として変化の推移をみたのが図4です。

図3:製造業のB/Sにおける投資有価証券,利益剰余金,現金・預金の総額推移
〔財務省 法人企業統計調査より〕
図4:製造業のB/Sにおける投資有価証券,利益剰余金,現金・預金の総額変化推移
〔財務省 法人企業統計調査より〕

 現金・預金も増えていますが、それ以上に利益剰余金とぴったり寄り添うように増加しているのが投資有価証券といえます。この投資有価証券とは長期間保有を目的とした株式であり、子会社の設立やM&Aにより会社を買った場合に増える資産です。図5(※3)は中小企業における(製造業以外も含む)一例ですが、近年は子会社設立よりもM&Aが活発に行われており、このデータからも企業は内部留保(利益剰余金)を使って積極的にM&Aを行っていると読み取れます。
 長期保有を目的とした投資ですから、借金のような返済義務がある資金や、配当のような資金調達コストを要する株式発行ではなく、リスクの小さい内部留保を原資にした投資は健全経営といえるのではないでしょうか。

図5:買収・新設別の子会社・関連会社が増加した企業数の推移(※3)
〔経済産業省企業活動基本調査より〕

■資金調達方法の変化

図6:製造業のB/Sにおける流動負債,固定負債,純資産の比率推移
〔財務省 法人企業統計調査より〕

 図6は法人企業統計調査より製造業の貸借対照表における貸方の構成比を分析した結果です。2001年度には6割強あった他人資本の割合が2020年度には5割程度にまで低下しています。製造業における資金調達手段の主体が他人資本から自己資本にシフトし、それによって積極的にM&Aを仕掛けているといえます。ただし、リスクの小さい(※4)内部留保を原資とすることは、前述のとおり健全経営といえますが、一方で企業がそれだけリスク回避傾向にあるのだともいえます。

■問題の本質
 図7は同じ法人企業統計調査より製造業における売上高と単年度内部留保額(フロー)の推移をみたものです。この20年間で売上高は殆ど増えていません。売上高が増えない中でフローベースである毎年の内部留保額については増加傾向にあります。
 つまり企業はM&Aによって連結ベースでの売上高を増やすとともに、管理業務の統合や資材調達の一元化などにより効率化を行うことでコストを削減し、利益を増やして企業価値を高めてきたといえます。その結果として単年度の内部留保額(フロー)が増加し、ストックである内部留保額は過去最高を更新し続けたといえます。
 ここで問題といえるのは、資金力(内部留保)のある企業はM&Aによって企業グループとしての売上高を増やしてきたかもしれませんが、産業全体のパイの大きさは何も変わっていないといるところです。
 本来、モノづくり企業(製造業)であれば、M&Aによってシナジーを発揮して社会に対し新しい価値を提供し、新しい市場を創出していくべきですが、M&Aの効果がコスト削減だけで新しい付加価値の創出には殆ど寄与していないことになります。もちろん、M&Aによるシナジーを発揮すべく様々な取り組みをされているかと思われますが、結果として売上減少を食い止めるレベルでしかないといえます。スケールの大きな新しい価値を創り出すには至っていないといえます。

図7:製造業における売上高と単年度内部留保額の推移
〔財務省 法人企業統計調査より〕

 なるほど確かに、買収する側の企業については利益が増えれば企業価値は高まり株価は上がります。また買収された側である中堅企業、中小企業については、大手企業に買収され傘下企業になることで信用力が高まり、経営が安定するというメリットがあります。しかし、その一方で産業界における多様性が失われてきている可能性があります。
 大手企業の傘下に入れば、その企業グループのルールに適合する必要があり、企業規模が大きくなるほどルールは複雑になり、ルールの浸透とともに独自の文化が失われていきます。
 この考察は、M&Aを否定する訳ではなく、M&Aの目的が「効率化のみ」になっていないか警鐘を鳴らすものです。繰り返しになりますが、本来、モノづくり企業(製造業)におけるM&Aの主要な目的の一つはシナジーを発揮してグループ企業としての“新しい価値を生み出す力”を底上げしていくことにあります。

■M&Aの効果検証を
 前述の通り、内部留保によってM&Aを行っていることは筆者が発見したものではなく、過去(※2)から言われてきたことです。改めて最新のデータで検証することで現在も同様であることを確認しただけです。
 日本でもM&Aが増えてきたのは良いのですが、問題はM&Aによってグループ企業としての新しい価値を生み出す力は底上げされたのかどうかです。
 現代のような変化の速い時代は、M&Aによって時間を買うとともに、異分野技術・異文化の融合によって新しい価値を生み出す必要があります。
 「会社を買って効率化して終わり」となっていないでしょうか。内部留保を原資とすることは比較的リスクが小さく、それゆえに安易なM&Aが連発され、本来なら価値のある異質な組織を同質化し、結果的にM&Aの効果が効率化だけになっているということはないでしょうか。
 もしそうだとすると、日本の製造業における多様性が失われただけで、図体だけが大きくなって変化に対応する動きが遅くなり、日本のモノづくり産業における新しい価値を生み出す力が逆に低下しているかもしれません。
 モノづくり企業(製造業)には、今一度、M&Aによって企業を買った結果、新しい価値を生み出す力が“1+1=3”となったのかどうかを検証して頂きたいと考えます。


※1:例えば、朝日新聞2022年9月1日「21年度の企業の内部留保500兆円超 10年連続で過去最高更新」という報道記事あり
※2:2015 年12 月17 日の大和総研レポート「内部留保は何に使われているのか」より
※3:買収・新設別に子会社を増加させた企業数の推移について見たものである。2006年度に比べると、子会社・関連会社の新設を行った企業数は減少しているのに対して、買収により子会社・関連会社を増加させた企業は約1.8倍と増加傾向にあることが見て取れる。中小企業において、新設による企業グループ化よりも、他社の買収を選択することが増えているといえる。〔経済産業省「M&Aの現状」より〕
※4:内部留保であればリスクゼロではなく、多額の資金を使えば、株主への説明責任は生じるので、借入金や社債発行、株式発行などと比較してリスクが小さいと位置付けた

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