「緋呂式〇〇ネットワーク」を創る宣言/天下泰平への道
今日は新月だそうです。
無頓着なので、たいていいつも、誰かの投稿で新月とか満月とか、知ります。
新月に願い事を書くと叶う
なんてワークが昔流行しました。
今もしているのかな。
わたしは、やらない派でした。
逆張りとかではなくて、単に「いつも忘れる」うえに
「わたしの月の神様は個人の願い事にイチイチ関心を払わない」
ので、やる意味がね...
あ、これはあくまでも、わたしの場合です。
何しろ、わたしにとっての新月満月は
「狼男が変身する日」だったり
「狼男が死ぬ可能性がある日」なので。
ところが。
無頓着で、月の力なんてまるで考えてないにもかかわらず。
大事なことを決めたり、何かを発表するなどのタイミングが、なぜか新月や満月に重なることが多いのです。
今回も、そんな感じ。
わたしは、これから本格的に、
緋呂式の〇〇ネットワーク
っていうものを、創っていくよう動きます。
〇〇=伏せ字ではなくて、まだピッタリするフレーズが見つかってないのです。
シンプルに言えば「神様」なんですけど。
それじゃあね...あんまり芸がないっていうかね…
要は。
わたしの作品を、有料無料・有形無形に関係なく手元に持ってる人は、うちの神様のネットワークにもれなく繋がりますよ。
っていう、ことです。
イメージしてもらいたいのは、「里見八犬伝」とか。
八犬士たちは、共通のシンボルを持っています。
彼らの「伏姫の玉」にあたるものとして、自分の作品を世に放っていく。
明確に、その具体的なモノとして
「龍の鱗」を創ってお渡しする!
という構想はずっと持っているのですが、未だにいいカタチに創れておりません。
けど、そういう定型品ではなくても、創るモノには全て、御魂が入ります。
この前、くまちゃん(おりられオジさん)から、
「どんなモノにも魂を入れられる」
って、太鼓判いただきましたしね。
そこはもう、ちゃんと自覚することにしました。
わたしは、大きな大きな流れの中から、一雫の分霊をお預かりして、作品に宿らせます。
それを持つ、ということは。
つまり。
その先に在る大きな大きな流れの、そのまた先。
そこに、繋がるってことです。
別にね。
作品は神殿だから神聖なモノとして扱え!
みたいなことを言うつもりは、ないです。
モノは、モノだから。
けれど、同時に、「モノではない」のです。
わたしのヴィジョンは、
ひとりひとりが自分の「泰平」を創っていくことで、
世界全体が...つまり、天下が、泰平になる。
そんな世界を、創ること。
その一助となる。
その道への、旗を振る。
万象は、流転していく。
変わらないものなど、ない。
あらゆるものは、いずれ風化していく運命にある。
いつかは、この人類も、歴史の終焉を迎える時がやってくる。
でも。
それまでの間ずっと、今のように絶えずどこかで争って血が流れているような世界のままを続ける必要は、ない。
心を潤し
新陳代謝させ
抑圧ではなく協調して、個々の違いを活かし合う。
そういう「在り方」を創る。
そのチカラが、芸術/エンターテイメントには、ある。
欠点ばかりの人間です。
納期は異様に遅いし。
指定のモノは作れないし。
あちこちに気が行くから、次から次へと違うことやり出すし。
その時取り組んでいることによっては性格まで変わっちゃったり。
年々...刻々と、記憶力低下しているし。
ちゃんとする、とか、もう無理だし。
アラカン年齢になった今、もう、それを修正することは不可能。
だから、
「こんなヤツでごめんね。こんなヤツだけど仲良くしてね」
って、言うしかないんだけれども。
でも。
この野望は、ずっと、持ち続けてきました。
あんまり大きな声では言えないな。
だって、そんな大したヤツではないし。
そこまでのチカラがあるわけでもないし。
アートの世界じゃ、塵以下だし。
って。
思ってきた。
けど、アラカン年齢になってきたからこそ。
そんなこと言ってる場合じゃないです。
あとどれくらい、持ち時間があるのかも定かでないのだから。
このまま奥底で思ってるだけだったら、
また、この人生でも、
約束、反故にしてしまう。
(そしたら、また次もやるの…イヤじゃん)
来年、2024年は、辰年です。
こういう気持ちになったところで12年に一度の周期がやってきた。
いやだねー、こういう符号は。
でもほんと。
龍の鱗、そろそろ具体化してくれないかな。
そしたら、まずは「100名に、お渡しする」チャレンジをやる。
きっと、あと少しで、具体化へ到達すると思う。
そしたら。
どうぞ、あなたのお手元へ。
川口緋呂 公式サイト
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